第四十話:終結
「今度こそ、本当に策があるんだな」
迫り来る化け物たちと、その奥で凄まじい威圧感を放つククルタを見据えながら、レオンハルトは背中に張り付いたセラフィナに問うた。
「策、というほどでもありませんわ」
セラフィナは冷静に、頭の中で現状を省みていた。
敵の数は、ククルタ本体を含めて九体。ククルタが化け物を八体以上増やそうとしないことから、並行して操作・維持できる数がこれが限界なのだと思われる。
また、新たに生み出された化け物の強度は、先程培養槽で相対した個体よりも明らかに弱い。敵の性質を考えるに、時間が経てば成長し強度を増すのかもしれないが、少なくとも今すぐに対応できないレベルではない。
対して、こちらの戦力。手負いとはいえ、セバスチャンでも、今の化け物と相対しても十分に対処可能だ。
レオンハルトは、魔力の制御が効かず繊細な魔法も使えない状態だが、化け物どもを一撃で屠るくらいの規格外の火力は有している。
リタは、与えた鉤爪を想像以上に使いこなしている。戦線を一つ任せるには十分すぎるほどの適応力だ。
そして、私自身は──。
「準備できたぞ!」
リタの力強い声が響いた。
見れば、彼女は右腕のガントレットにありったけの魔力を注ぎ込み、鉤爪の射出準備を整えていた。
それは、セラフィナが鉤爪に施した奥の手の一つ。
装備者の魔力を限界まで吸収し、鉤爪を爆発的に射出する機能だ。北の遺跡で見つけた古代の遺物を流用して、元々は自分用に作ったものだったが、テスト段階ではどういう訳かセラフィナ自身の魔力のみに反応せず、お蔵入りしかけていた代物である。
この西の大砂漠で、リタという適任者を見つけたのはまさに僥倖だった。先程、セラフィナがレオンハルトの元に弾丸のように突っ込んだのも、この機能を使ってのことだ。
「レオンハルト様!」
セラフィナはレオンハルトの背中にしがみついたまま、リタの前に立つよう促した。
リタは射出孔から伸びた鉤爪を二人に押し当て、さらに魔力を注ぎ込む。すると、ミスリル合金製の鉤爪がギギギッと音を立てて展開し、二人を包み込むほどの大きさに肥大化して、カゴのように優しく二人を握りしめた(奥の手2つ目)。
「オッケー、打ち出すぞ!」
「リタ! 化け物どもは任せましたわ!」
セラフィナが叫ぶと同時、リタは返事代わりにそのまま二人を射出した。
凄まじい圧縮空気の破裂音と共に、二人は弓なりの放物線軌道を描き、広間の奥に陣取る怪物の元へと一直線に飛翔していく。
空を飛ぶ二人を、八体の化け物どもが逃がすまいと目で追いかけ跳躍しようとしたが、リタのワイヤーとセバスチャンが瞬時に立ち塞がり、見事に敵の注目を呼び込んだ。
「おい、セラフィナ! 俺はこのまま攻撃していいのか?」
風を切り裂きながら、レオンハルトが叫ぶ。
「はい! レオンハルト様は、そのまま敵へ攻撃することのみを考えてくださいませ!」
宙を舞いながら、セラフィナは自問した。
私にできること。
前世からの機械オタクであり、機械いじりが得意。魔力量自体は多くないけれど、構造さえ理解すれば大抵の魔法は使える器用貧乏。
少しだけ他人より賢い自覚はあるが、別に歴史に名を残す天才と言われるほど頭が良いわけではない。
そんな自分が、今この場でどうやって、絶対的な質量と速度を誇る難敵を倒すのか。
科学者の基本は、トライ・アンド・エラーだ。
失敗を重ねて、泥臭く積み上がった上にようやく成功がある。
魔法で相手を拘束することも、タイミングを合わせて魔力を注ぎ込むことも失敗した。
さて、次はどうしよう。
セラフィナの胸の奥が、ざわざわと波打つ。
彼女の中にあるのは、強敵を相手にすることへの絶望でも、死に直面することへの恐怖でもなかった。
あるのはただ、未知への純粋な好奇心。
一体どうやって、この難題を解き明かすのか。
さながら、今まで見たこともない難解な数式に挑戦するような興奮。そして、その難問を解き明かした時に得られる、何物にも代えがたい快感を求めて——セラフィナは、口角が上がるのを抑えきれなかった。
(攻撃のタイミングに私の魔力が合わないのであれば、彼を私に合わせればいい!)
セラフィナは、レオンハルトに繋いだ神経のバイパスへ、自身の頭脳から直接強制的な信号を送った。
彼の拳を振り上げ、魔力を込め、撃ち込むという一連の動作を、セラフィナ自身が手動し魔力操作のタイムラグと完全に「同期」させる。
「そこだッ!」
着地と同時、レオンハルトの拳がククルタの胸元へ向かって突き出される。
先程までは、いくら当てても殆どダメージを与えられなかった拳打。
しかし今回は——。
ククルタの強固な漆黒の外皮に、ピキッ、と明確なひび割れが走った。
「おお、成功したぞセラフィナ!」
レオンハルトが、己の拳の確かな感触に無邪気に喜ぶ。
「そのまま続けてください!」
セラフィナの指示に、レオンハルトが怒涛の追撃を開始する。
それを背後で支えながら、セラフィナは次の数式を展開した。
(私の放つ魔法が当たらないのであれば、撃ち込んだ彼の拳に直接魔法を込めてしまえばいい!)
セラフィナは、自身の『魔法構築回路』を、クロス・リンクを通じてレオンハルトの魔力パスへと魔力的に移植した。すなわち、繊細な魔法が使えない大公に、擬似的に彼女の魔法を使えるように設定を書き換えたのだ。
「はああっ!」
レオンハルトが拳を叩き込む。
ドガッ!という衝撃と共に、彼の拳の接触面から眩い白い魔法の鎖が弾け飛び、ククルタの腕にグルグルと巻き付いた。
『ギ、ガァァァッ!?』
打撃を受けるたびに、無数の鎖が生み出され、ククルタの巨体を拘束していく。
「なんだこれは!? 俺の拳から魔法が……!?」
「そのままどんどん撃ち込んでくださいな!」
レオンハルトがククルタを打ち据えるたび、敵の四肢に鎖が巻き付き、その圧倒的なスピードと動きを完全に抑え込んでいく。
そして、ついに幾重もの魔法の鎖に縛り上げられ、ククルタは完全に動きを止めた。
完全に沈黙した異形の怪物と相対する、レオンハルトとセラフィナ。
「……強敵だったな」
レオンハルトが、荒い息を吐きながらぽつりとこぼした。
「ええ。ですが……これで最後ですわ」
セラフィナの言葉に応え、レオンハルトは右腕を大きく引き絞った。
生成器官から溢れ出すありったけの魔力を、最大限に込めた漆黒の拳。
それが、幾重にもひび割れたククルタの胸の装甲を、今度こそ完全に貫いた。
メチャッ!と嫌な音を立てて、レオンハルトの腕が怪物の胸部を貫通する。
彼はそのまま、怪物の心臓部——体内に格納されていた鈍色のペンダントを鷲掴みにし、力任せに引き抜いた。
『…………』
動力源を失い、断末魔の叫びすら上げることもなく、ククルタの巨体が崩れ落ちる。
同時に、リタとセバスチャンと交戦していた八体の化け物どももピタリと動きを止めたかと思うと、サラサラと、砂が風に舞うように崩れ去り、跡形もなく消えていった。
遺跡の最深部に、ついに静寂が戻った。




