第三十九話:適応進化
「なっ……また変身するのか!」
驚愕するレオンハルトの前で、怪物は血走った複数の眼球をギョロリと動かし、地の底から響くような不気味な呪文を唱え始めた。
「どうやら、状況に合わせて身体を変化させるのですね……」
それはさながら、生物の進化の軌跡を凝縮するかの如く。
この環境に『適応』するため、肢体を生成変化させていく。
その意味するところは、戦闘が長引けば長引くほど、セラフィナ達の勝ち筋の消失を意味する。
怪物の足元に広がる巨大な黒い影が、まるで自立した意思を持っているかのように蠢き、地面を這って無数に枝分かれしていく。
ボコボコと沸騰する影の泥濘の中から這い出してきたのは――ドロドロの粘液を滴らせた、醜悪な肉の塊のような化け物たちだった。
「あれは……」
セラフィナも気がついた。間違いない。先程、遺跡の地下にある培養槽で遭遇した、あの人工的な化け物たちだ。
その数は、ざっと数えて8体。
飢えた獣のような咆哮を上げ、8体の化け物が一斉にセラフィナとレオンハルトに向かって襲いかかってきた。
「チッ、数の暴力で押し潰す気か!」
万事休すかと思われたその時、2人の前に、二つの影が飛び込んできた。
「……やれやれ。『必ず助ける』と仰ったから送り出したのに、セラフィナ様には完全に騙されましたな」
「文句言ってもしゃーねぇだろ、思ったより強かったってだけさ」
そこに立っていたのは、執事長セバスチャンと、右腕に装着したワイヤーアンカーを携えたリタだった。
「それに……あいつは俺の元お頭だ。身内の不始末は、俺がつけなきゃなんねぇしな!」
リタが闘志に満ちた目で、巨大な怪物――ククルタを睨みつける
「セバスチャン! リタ!」
「お怪我はありませんか、大公閣下」
襲い来る化け物の1体に対し、セバスチャンが滑るような足捌きで懐に潜り込み、完璧な体術で関節を極めて動きを抑え込む。
「セラフィナ様!」
「わかっていますわ!」
セラフィナがすかさず魔力の糸を射出し、セバスチャンが押さえ込んだ化け物の四肢を床に縫い付けるように強固に拘束する。
「おらっ!」
そこへリタが鉤爪を射出し、敵の密集陣形へと投げ飛ばす。
「レオンハルト様! ありったけの魔力を!」
「ああ!」
レオンハルトが、宙に浮いた化け物と地上の化け物を直線上に捉え、極大の漆黒の魔力波を放とうとする。
だが――それよりも早く、完全な怪物へと変貌を遂げたククルタが、中空より圧倒的な質量による理不尽な突進を仕掛けてきた。
地面に振り下ろされる拳打は、さながら爆発のような衝撃波を生み出した。
ククルタの無慈悲な一撃は、レオンハルトが放つはずだった魔力波を強引に相殺し、あろうことか味方の化け物ごと、セラフィナたち4人を広間の壁際までまとめて吹き飛ばした。
「ぐはっ……!?」
「きゃあああっ!」
壁に激突し、激しく咳き込む4人。
巻き添えを食らった8体の化け物たちは、ククルタ自身の規格外の攻撃の余波で四肢が千切れ、完全に戦闘不能の肉塊と化して床に散らばった。
(……相打ち? いや、違う!)
セラフィナが痛みに耐えながら顔を上げた瞬間、絶望的な光景が目に飛び込んできた。
怪物の胸元で、再びペンダントが毒々しく光り輝く。すると、床に散らばった化け物たちの残骸が黒い影にズルズルと飲み込まれ、次の瞬間には全くの無傷の状態で、再び8体の化け物が床から召喚されたのだ。
「これでは、きりがありませんな」
セバスチャンが絶望の声を漏らす。
物理的な破壊も、魔法による拘束も意味を成さない。無限に湧き出す駒と、全てを薙ぎ払う圧倒的質量のボス。戦術の前提が崩壊している。
しかし、セラフィナの血走った瞳から、エンジニアとしての狂気と闘志の火は消えていなかった。
鼻から血を流し、満身創痍の状態で立ち上がった彼女は、極めて論理的かつ、常軌を逸した結論を導き出した。
「セバスチャン! リタ!」
2人に激を飛ばすセラフィナ。
「兎に角、私とレオンハルト様をあの化け物のど真ん中へと『直接投擲』してくださいませ! 送り届けてくだされば、一撃で何とかしますわ!」
「……ちぃ、考えている暇はないかっ」
再び凄まじい殺意と共に襲いかかってくる無傷の8体の化け物たち。
もはや一寸の猶予もなかった。




