第三十七話:勝機
土煙が晴れた後、レオンハルトは目を丸くして驚愕の表情を浮かべていた。
「……何をしている」
「何って、もちろんレオンハルト様のメンテナンスにきたんですよ」
「こんな時に、いったい何を……」
セラフィナは煤だらけの顔でむっと唇を尖らせた。
「ふふん、せっかく私が取り付けてあげた制御装置、乱暴に引きちぎっちゃったんですね」
「いや、それは……」
「せっかく私が、レオンハルト様のために徹夜で取り付けて差し上げたのに」
不満げな彼女の口調に、怒りで我を忘れていたはずのレオンハルトも思わずたじろいだ。
「……いや、そうだな。すまん」
「ふふん、反省しているのなら構いませんわ」
得意げに鼻を鳴らすセラフィナを見て、レオンハルトは深い溜息をついた。
「それで、どうするつもりだ?」
「ん? どうするとは?」
「この状況をなんとかする秘策があるから、わざわざ俺のところへ飛び込んできたんだろ?」
「ひさく? ああ、秘策ね。んー、もちろんありますわよ。秘策」
言葉を濁し、わずかに視線を逸らすセラフィナ。その態度に、レオンハルトの顔が引きつった。
「おい、まさか考えなしに飛び込んできたのか?」
「んふふ。だって、そうでも言って『何とかできる』ってハッタリをかまさないと、セバスチャンさんが私を解放してくれなさそうでしたから」
「おい……!」
「こんな時ですからね。一緒がいいんですよ。私は、レオンハルト様と一緒が」
真っ直ぐに見上げてくるその瞳には、いつもの狂気じみた打算はなく、ただ純粋な想いが宿っていた。
「……どうなっても知らんぞ」
「はい! どこまでもついていきますわ」
その時、瓦礫の向こうで怪物が立ち上がった。異形の獣は二人を見定め、再び低く身を沈めて攻撃態勢に移る。
「セラフィナ、しっかり掴まっていろ」
「はい!」
セラフィナが彼の腰にしっかりと抱きつく。
戦闘中に重荷を背負うようなものだが、レオンハルトの身体は先ほどまでとは別次元の軽さに包まれていた。それどころか、先ほどまで脳を蝕んでいた魔力汚染の霞が嘘のように晴れ、頭の中が恐ろしいほどクリアになっていく。視界も、思考も、極めて良好だった。
敵の筋肉の収縮、重心の移動、次に繰り出されるであろう攻撃の軌道までもが、手に取るように分かる。
「レオンハルト様、私が魔力の出力を調整しますから、好きなように動いてくださいな!」
『クロス・リンク』
セラフィナは細かな工学的説明を省いたが、現在、レオンハルトと彼女の思考は完全に同調していた。前世から引き継いだ生粋の機械エンジニアとしての卓越した演算能力をもって、彼女は自身のニューロンを彼と同期させていた 。
レオンハルト自身では不可能な、緻密な魔力生成量の調整を彼女が肩代わりする。入力と出力を完璧に一致させることで、彼の活動能力は暴走の危険性なく最適化されていた。
「グルルルアアァァッ!」
怪物が地を蹴り、砲弾のように飛び込んでくる。
レオンハルトは最小限の動きで怪物の凶刃を躱し、空いた胴体に漆黒の魔力を凝縮した拳を連続で叩き込んだ。
ドガガガガガッ!
強烈な衝撃波が広がるが、怪物は怯むことなく体勢を立て直し、再び襲いかかってくる。
「セラフィナ、どうする。攻撃をいくら当てても、まるでこたえた様子がないぞ」
敵の外皮は異常なほど硬く、強大な魔力を帯びた打撃すらも完全に弾き返していた。
「それに関しては、考えがありますわ」
セラフィナはレオンハルトの背中にしがみついたまま、彼に見えるように一つの機械を掲げた。
「何だこれは」
「この遺跡を調査するために持ってきていた、古代兵器の魔力を探知するための計測器です。ほら、リタさんに盗まれたやつですわ」
「なるほど、それで何が分かるんだ?」
「これで、あいつの急所がわかりますの!」
セラフィナが計測器のダイヤルを回すと、盤面の針が怪物の胸元を激しく指し示した。
「どうやら、変身に使ったペンダントから、魔力が淀みなく放出されているようです。あれをどうにかしなければ、彼の攻撃が止むことはないでしょう」
「なるほど、ペンダントを壊せばよいのだな」
「ええ、分かりやすいでしょう!」
二人は再び迫り来る異形の獣を見据え、確かな勝機に向けて力強く笑みを浮かべた。




