第3話:冷え切った居城
「……到着、いたしました」
馬車の扉が開いた瞬間、凍てつくような冷気と、それ以上に冷え切った城の空気が私を包み込んだ。
目の前にそびえ立つのは、シュヴァルツェンベルク大公の居城。
黒い石材で造られたその姿は、城というよりは巨大な墓標のようにも見える。
「……セラフィナ・フォン・ローゼンベルク様ですね」
出迎えたのは、燕尾服を完璧に着こなした老執事だった。セバスチャンと名乗ったその男は、しかし、どこか幽霊のように生気がない。
「私は執事長のセバスチャンです。……お気の毒に。王都を追放され、このような『死の城』へ来ることになるとは。貴女様のような麗しい令嬢に、この城の冷たさは酷でしょう」
「ご丁寧にありがとうございます。……セバスチャンさん、一つ伺ってもよろしいかしら?」
「はい。遺言の準備でしたら、後ほど書斎をご案内いたしますが」
「いえ、遺言ではなく。……この城の外壁に使われている黒石、これ、もしかして『古代ゼニス製』の重力加工石ではありませんこと?」
私はセバスチャンの脇をすり抜け、城の壁に抱きつくようにべったりと身体を押しあてた。
「な……!? セラフィナ様、お召し物が汚れますからお離れください!」
ガレスが慌てて駆け寄るが、私は無視した。
手のひらから微弱な魔力を流し、石の内部構造を探る。
「……やはり! 表面はただの石に見えますが、内部には極微細な魔導回路が刻まれているわ! これ、城全体が巨大な『魔力伝導体』になっているのね!? なんて贅沢な構造……! 王都の王城なんて、これに比べればただの砂細工ですわ!」
「セラフィナ様、お願いですから令嬢としての矜持を思い出してください! 城の壁を撫で回して頬ずりするなんて、いかなるご乱心ですか!」
ガレスの絶叫が響く中、執事長のセバスチャンは呆然と立ち尽くしていた。
「……せ、セラフィナ、令嬢、様? 先ほどから、何を……? 我が主の呪いを、あるいはこの城の不気味さを恐れるのではないのですか?」
「恐れる? 冗談ではありませんわ! この構造、この素材、そして……」
私は鼻をくんくんと鳴らし、空気の流れを読んだ。
「地下から漂ってくる、この圧倒的な『魔力飽和』の匂い! 高出力のエネルギーが、今まさに臨界点に達しようとしている……。セバスチャンさん! 大公閣下は今、地下にいらっしゃるのね!?」
「え、ええ。閣下は現在、発作が近く……隔離されておりますが。……まさか、行かれるおつもりで?」
「もちろんですわ! 挨拶は鮮度が命ですから!」
私は馬車から下ろさせていた、巨大で重厚な工具箱を自ら掴み取った。
「セバスチャンさん、ガレス卿! 私は地下へ行ってまいりますわ! 素晴らしい出会いの予感がしますの!」
「セラフィナ様!? 死にに行くのとご挨拶を混同しないでください!!」
ガレスの制止も虚しく、私はドレスの裾をたくし上げ、魔力の「匂い」が最も濃い方向——すなわち、地獄へと続く階段に向かって猛ダッシュを開始した。
背後でセバスチャンが「……追放のショックで、正気をなくされたか?」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。




