第2話:狂気の馬車旅
ガタゴトと、車輪が凍った土を鳴らす。王都から北へ向かう馬車の揺れは、日を追うごとに激しくなっていた。
「……セラフィナ様。お加減はいかがですか?」
向かいの席に座る騎士、ガレスが沈痛な面持ちで私に声をかける。
彼は王太子殿下の直属だったが、今回の「追放」の護衛に選ばれた不運な男だ。道中、彼は私に毛布をかけたり、温かいスープを差し出したりと、驚くほど甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「ええ、とても気分が良いですわ。空気の乾燥具合も、精密機器の保管には最適ですもの」
「乾燥……? ああ、そうですね。北部は肌を刺すような寒さですから。……どうか、無理に微笑まないでください。王都を離れて二週間、あなたは一言も殿下への恨み節を口にされない。その潔さが、かえって痛々しいのです」
ガレスは大きな溜息をつき、窓の外の荒野を見つめた。
「婚約破棄、そして辺境への追放。公爵令嬢として育てられた貴女が、あのような魔境で……。しかも、行き先はあの『シュヴァルツェンベルク大公』の居城。私は、貴女をお守りできる自信がありません」
「大公閣下……レオンハルト様の城、ですよね? 私、楽しみなんです」
「楽しみ……!? セラフィナ様、貴女は大公の恐ろしい噂をご存知ないのですか?」
ガレスが身を乗り出し、声を潜める。
「彼は『化け物大公』と呼ばれているのですよ。生まれた時から異常な魔力を持ち、その力で周囲を破壊し尽くす。噂では、城の地下に巨大な鎖で繋がれ、夜な夜な獣のような咆哮を上げているとか……」
「……鎖で? 鋼鉄製かしら。それとも魔力抑制用の特殊合金?」
「そこですか!? 注目すべきはそこではありません! 彼は近づく者すべてを、その呪われた魔力で引き裂いてしまうと言われているのです。かつて彼の身の回りの世話をしていたメイドは、一夜にして正気を失ったとか……」
ガレスの必死な警告をよそに、私の脳内では別のスイッチが入っていた。
「ねえ、ガレス卿。その『暴走する魔力』というのは、具体的にどのような現象を引き起こすのかしら? 衝撃波? それとも熱変換? あるいは空間の歪み?」
「え……? あ、いや、城が震えるほどの地響きが起き、黒い霧のような瘴気が溢れ出すと聞いていますが……」
「地響き……。つまり、物理的な運動エネルギーへの変換が起きているということね。しかも瘴気が溢れるということは、魔素の密度が飽和状態にある……。ああ、素晴らしいわ。それだけの出力があれば、外燃機関を通さずとも直接タービンを回せるかもしれない……」
「セラフィナ様? さっきから何をブツブツと……」
「ガレス卿! その大公閣下の『暴走』は、何分間くらい続くのかご存知!?」
食い気味に問い詰める私に、ガレスは引き気味に体を引いた。
「さ、三十分ほどだと聞いていますが……。セラフィナ様、まさか恐怖で理性を失ってしまわれたのですか? 大丈夫です、私が命に代えても、その……地下室には近づかせませんから!」
「三十分! 長いですわね! それだけあれば、蓄電用の魔石が三つは満タンになりますわ。ああ、なんて贅沢な……。王都のボッタクリ魔石商人に金を払うのが馬鹿馬鹿しくなりますわね」
私は膝の上で広げていた『超弩級ゴーレム・試作型設計図』をペンで叩いた。
「見てください、ガレス卿! このゴーレムの右脚! 関節部の駆動に膨大な魔力を消費するせいで、これまでは理論上の数値でしか動かせなかったんです。でも、その『化け物』……いえ、素敵な大公閣下がいれば、すべて解決しますわ!」
「……設計図? ゴーレム? セラフィナ様、それは刺繍の図案では……いや、どう見ても複雑な歯車と魔導回路ですね。なぜ貴女がそのようなものを……?」
「趣味ですわ」
私は満面の笑みで言い切った。
「淑女の嗜みとして、週末には時計を分解し、祝祭日には小型ゴーレムの自律歩行プログラムを組んでおりましたの。王都では『はしたない』と没収されてばかりでしたが……。辺境なら、誰にも邪魔されず、最高の動力源(大公様)を使って実験し放題ですわ!」
「…………」
ガレスは口を半開きにしたまま、私と設計図を交互に見つめ、やがて静かに天を仰いだ。
「……殿下。貴方は大変な勘違いをされていたようです。セラフィナ様は、嫉妬に狂って聖女を階段から突き落とすような方ではありません。……もっと、こう。根本的に、別の次元に生きておられる方だ……」
「ガレス卿? なんですか、その哀れむような目は。失礼ですわよ」
「いえ、なんでもありません。ただ……私は大公閣下の身の安全を祈りたくなりました。……御者! 出せるだけ速度を上げろ! このお方を、一刻も早くあの『実験場』へ届けるんだ!」
「わかってますわね、ガレス卿! さあ、急ぎましょう! 古代遺跡と、極上のバッテリーが私を待っていますわ!」
雪混じりの風が強くなる中、馬車は私の歓喜とガレスの諦観を乗せて、北の最果てへと爆走していった。




