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婚約破棄されて辺境に追放されましたが、前世が機械エンジニアなので古代魔導具いじり放題で大歓喜です!  作者: 紅茶


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第二十四話:セバスチャン

「絶対に捕まえて、全パーツきっちり回収してやりますわーっ!!」


 血走った声で叫ぶなり、私はバザールの人混みを縫って猛ダッシュを開始した。


「レオンハルト様、右の路地を塞いで! セバスチャンさんは屋根伝いに先回りして、目標を区画Dの袋小路へ誘導してくださいな!」


 私の脳内に瞬時に構築されたオアシス都市の立体マップと、少年の逃走ルートの予測計算。その完璧なアルゴリズムに基づき、二人に的確な指示を飛ばす。


「ええい、人使いの荒い令嬢だ!」


 レオンハルト様が呆れながらも漆黒の魔力を足に纏わせて右の路地へ駆け込み、セバスチャンさんは燕尾服の裾を翻して音もなく建物の屋根へと跳躍した。

 私の予測通り、少年は入り組んだ路地を曲がり、高い壁に囲まれた袋小路へと逃げ込んだ。


「チェックメイトですわ!」


 私が勝ち誇って袋小路へ踏み込んだ、その瞬間。

 少年が壁際に張られていた細いロープを、足先でスッと引っ張った。


 バサァッ!!


「きゃっ!?」


 頭上の日よけ布に隠されていた重りが落ち、滑車の原理で引き上げられた巨大な麻網が、大量の砂煙と共に私の上へ降ってきたのだ。

 見事に網に絡まり、砂まみれになって転ぶ私。

 少年はその隙に、壁の僅かなひび割れに足をかけ、猿のような身軽さで壁を乗り越えて姿を消してしまった。


「……あのセラフィナが、ただのガキの罠にハメられるとはな」


 遅れて合流したレオンハルト様が、網の中でもがく私を見て、どこか感心したような、面白そうな声を上げた。


「むぐぐ……っ、閣下、笑っていないで助けてくださいまし!」


「まあ、どうせ金目のものは入っていなかったのだろう。怪我がなかっただけマシだと思って、諦め……」


「諦めませんわ!!」


 網から抜け出した私は、ポカンと頭上の滑車を見上げた後、バッとレオンハルト様を振り返った。


「あの即席の罠……あのロープの張力と摩擦の計算、私の動線を一瞬で予測した空間把握能力……! あの年齢で、なんというポテンシャル!」


 私の目に、再びギラギラとしたマッドエンジニアの光が宿る。


「おいセラフィナ、なんか目的変わってないか?」


「追いかけますわよ! あの子、絶対に逃がしませんわ!!」



 ***



(……はぁっ、はぁっ、はぁっ)


 迷路のようなスラムの路地裏で、俺は冷たい土壁に背中を預けて座り込んだ。

 息を整えながら、周囲を見回す。追手の気配はない。どうやら完全に巻いたようだ。


「……あー、焦った。なんだよあの女、ドレス着てたくせに尋常じゃない速さだったぞ」


 スリとして生き抜いてきた俺のカンが「ヤバい奴らだ」と告げていた。だから、念のために用意していた路地裏のトラップを使って逃げ切ったのだ。


「まあいい。こんだけ重いカバンだ、さぞかし上等な宝石でも入って……」


 期待に胸を膨らませて、盗んだ革のカバンを開ける。

 しかし、中に入っていたのは。


「……なんだこれ? 変な形の鉄の棒ばっかりじゃねえか!」


 金貨も宝石もなく、入っていたのは先端が十字やマイナスになった奇妙な金属の棒(精密ドライバー)や、油臭い歯車、そしてよくわからないレンズのついた機械だけだった。


「クソッ、ハズレかよ……!」


 俺が落胆してカバンを放り投げようとした、その時だ。


「おいネズミ。随分と景気の悪い顔してやがるな」


 路地の入り口を塞ぐように、体格の良い二人の悪漢が現れた。

 この区画を仕切っているゴロツキだ。


「今日のショバ代、払ってもらうぞ」


「……ねぇよ。今日はハズレだったんだ。ほら、こんなガラクタしか入ってなかった」


 俺は苛立ち紛れに、カバンに入っていた鉄の棒を悪漢の足元へ投げ捨てた。

 カランッ、と乾いた音が路地裏に響く。


「あぁ? ふざけやがって、ガキの分際で舐めた真似してんじゃねえぞ!」


 悪漢の一人が顔を真っ赤にして激昂し、俺に向かって太い拳を大きく振り上げた。

 マズい。殴られる。

 俺が反射的に身をすくめて目を閉じた、その直後だった。


「——お嬢様の大切な工具を粗末に扱うとは、感心しませんね」


 静かで、冷え冷えとした声が降ってきた。


「あぁ!? 誰だてめ——ぐはァッ!?」


 目を開けると、先ほどまで俺を殴ろうとしていた巨漢が、空中で一回転して壁に叩きつけられていた。

 そこに立っていたのは、砂漠には全く似合わない、漆黒の燕尾服を完璧に着こなした初老の男——先ほどの女と一緒にいた従者だった。


「な、なんだこのジジイ! やっちまえ!」


 もう一人の悪漢がナイフを抜いて飛びかかるが、執事は表情一つ変えず、手に持っていたステッキで悪漢の手首を軽く叩いた。それだけでナイフが宙を舞い、流れるような足払いで悪漢は地面に沈んだ。

 ほんの数秒。魔法すら使わず、一切の無駄のない洗練された体術で、二人の大男がこてんぱんにされてしまったのだ。


「……ヒッ!」


 俺は恐怖で後ずさった。


「わ、わかった! 観念する! 盗んだものは返すから、見逃してくれ! どうせ大した価値もないガラクタだったんだろ!?」


 命の危険を感じた俺は必死に命乞いをするが、執事は冷ややかな目で俺を見下ろし、俺の細い腕をガシッと拘束した。


「それは私の一存では決められません。お嬢様の目的は、すでに『そのカバン』から『貴方自身』へと移っておりますので」


「は……? な、何するんだ! 離せ!」


 暴れる俺の耳に、路地の奥から、ズルッ……ズルッ……という、やけに重々しい足音が聞こえてきた。

 振り返った俺は、絶望に目を見開いた。

 路地裏の暗がりから、まるで地獄の底から這い出してきた悪霊のように、おどろおどろしいオーラを滾らせたあの銀髪の女が姿を現したのだ。


「ふふふ……見つけましたわ……私の、可愛いネズミちゃん……」


 ギラギラと血走った瞳。その異様な執着と熱量に、俺は「絶対に敵対するべきじゃないヤバい奴を怒らせてしまった」と本能で悟った。

 殺される。いや、それ以上の恐ろしい目に遭わされる。


「ご、ごめんなさい! 罠にかけたりして本当に悪かった! な、なんでもするから命だけは——!!」


 俺が涙目になって咄嗟に謝罪を叫んだ、その時だった。

 女は俺の目の前でしゃがみ込むと、俺の両手をガシッと握りしめ、満面の、それはもう太陽のような笑顔でこう言い放った。


「貴方! 私の工房の『一番助手』になりませんこと!?」


「…………はい?」


 西の大砂漠の路地裏で。

 俺——ただのスリの孤児の運命が、よくわからん思考回路の気まぐれによって、予想だにしない方向へと強制的に捻じ曲げられた瞬間だった。


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