第二十三話:熱砂のオアシス
照りつける強烈な日差しと、見渡す限りに広がる黄金色の砂の海。
北の雪原から一転、私たちは過酷な熱と乾燥に支配された『西の大砂漠』へと足を踏み入れていた。
「ふぅ……やはり、砂漠の気候は機械にとって過酷ですわね。この細かい砂塵、防塵処理を甘くすれば一発でギアの間に噛み込んでしまいますわ」
私は口元を覆う薄絹のストール越しに、熱い息を吐き出した。
現在、私たちは砂漠地帯特有の強い日差しと砂嵐を防ぐため、現地の民族衣装である、ゆったりとしたローブとフードを身に纏っている。通気性の良い麻の布地は、北の分厚い防寒具とは打って変わって軽やかだ。
ふと隣を見ると、同じように砂漠仕様のローブを羽織り、フードを目深に被ったレオンハルト様が、魔導具で冷やした水筒の水をあおっていた。
普段のきっちりとした軍服や貴族の装いとは違う、少し着崩したワイルドな異国の装い。フードの奥から覗く氷色の瞳と、日焼けを避けるためか首元に巻かれた黒い布が、妙に色気を放っている。
(……くっ、相変わらず顔が良い極上バッテリーですわ……。砂漠の背景が似合いすぎでしょう)
私は少し早くなった心鐘を誤魔化すように、わざとらしく咳払いをし、以前から気になっていた疑問を口にした。
「それにしても、レオンハルト様。大公閣下ともあろうお方が、こんな護衛もつけずに遠出しちゃってよろしかったんですの?」
今回の遺跡探索の同行者は、私、レオンハルト様、そして執事長のセバスチャンさんの三人だけだ。いくら「お忍び」とはいえ、辺境の絶対領主の護衛としては手薄すぎる。
「問題ない」
レオンハルト様は水筒の蓋を閉め、果てしなく続く砂丘の先を見据えた。
「この西の大砂漠は、複数の遊牧民族が点在して暮らす土地だ。王都や俺たちの領地のように、明確な『国境』や『領土』という概念が薄い。だから、軍を率いて大々的に乗り込むようなことをしなければ、特段問題はおきない。……まあ、俺が大公だとバレれば、それはそれで大騒ぎになるからな。とは言え、誰も近隣の領主が単身で出歩くとも思わんだろう」
「なるほど、だから少人数なんですのね! でも、クラウス様をお留守番にして正解でしたわ。あの『超高出力魔導義手』の精密な関節部にこの砂漠の砂が入ったら、魔力パスがショートして文字通り自殺行為になりますもの」
クラウス様を泣く泣く城に置いてきた理由は、純粋な「メンテナンス上の物理的リスク」であった。義手を砂まみれにして壊されたら、私の徹夜の苦労が水の泡である。
「お前のその、人間より機械の寿命を心配する思考回路はどうにかならんのか……。だが、護衛の心配はいらん。いざとなれば俺の魔力でどうとでもなるし、何より、頼れる男がいるからな」
レオンハルト様の視線の先では、分厚い外套の下にいつもの燕尾服をキッチリと着込んだセバスチャンさんが、現地のラクダ……に似た四つ足の魔獣使いと、何やら流暢な言葉で交渉を行っていた。
「——ハムディ ファル ゾ。クゥ マセク デ、シャイン マデ ティオ ヲ アル・タフ カ?(素晴らしい獣ですね。こちらの魔石で、オアシス都市までの案内を頼めないでしょうか)」
「——オオ、ヌア ガリブ ナノニ カルマ ガ アル・ハサ ナ! アル・ゼイン、アル・リダ ヨ!(おお、アンタ、よそ者なのに言葉が上手いな! いいだろう、乗りな!)」
「セバスチャンさん、現地の言葉までペラペラですのね」
「ああ。セバスチャンは六カ国語を完璧に操る。よほどの辺境の部族でなければ、大抵の交渉や手配は彼一人で事足りるのだ。身の回りの世話から情報収集まで、これほど頼りになる執事はいない」
主君の称賛の言葉通り、セバスチャンさんは瞬く間に私たち三人の移動手段を確保し、完璧なルートで砂漠の旅を先導してくれた。
超絶有能な執事のおかげで、私たちは砂漠の過酷な環境に疲弊することもなく、目的地である巨大なオアシス都市、トゥルフォンへと無事に到着した。
***
「まあっ……! 素晴らしい活気ですわ!」
砂漠のど真ん中、まるで大海に浮かぶように小島のように、オアシス都市はそこに生じる。
砂漠において、飲水を確保することは文字通り死活問題であり、砂漠に生じる『オアシス』に街が形作られるのは必然なのだ。
ここ、トゥルフォンは、そんなオアシス都市のなかでも随一の繁栄を誇る。
オアシス都市を繋ぐ交易路の中継地点であり、あらゆる路がこの都市へと通じている。
巨大な湖を中心に広がるこの街は、日干し煉瓦と色鮮やかなタイルで彩られ、異国情緒に溢れていた。
市場には様々な部族の商人たちがひしめき合い、スパイスの強烈な香りと、熱気、そして絶え間ない喧騒が渦巻いている。
何より私の目を引いたのは、街の至る所で見られる独自の『水利魔導具』だ。
少ない水を循環させるための木製のポンプや、太陽光の熱を魔力に変換する冷却装置。北の辺境とは全く異なる技術体系での進化に、私のエンジニア魂は激しく刺激された。
「ああ、あのポンプの歯車構造、気になりますわ! 少し分解して中を見ても——」
「ダメだ。他人の売り物をバラすな。ほら、はぐれないように手を出せ」
人混みの中、レオンハルト様が自然な動作で私の手をギュッと握った。
大きな手から伝わる体温に、私は先日のコントロールルームでの出来事を思い出し、途端に顔がカッと熱くなる。
「あ、歩けますわ! 子供じゃありませんのよ!」
「うるさい。迷子になったら面倒だ」
彼も彼で、少し耳の先を赤くしながら視線を逸らしている。
私たちは手を繋いだまま、セバスチャンさんが手配してくれた宿屋へと向かって、活気あふれるバザールのメインストリートを歩いていた。
事件が起きたのは、宿の看板が見え、少し気が緩んだまさにその瞬間だった。
「——どけっ!」
人混みを縫うようにして、不自然なスピードでこちらへ突っ込んでくる小さな影があった。
すれ違いざま、その影——ボロボロの服を着た現地の少年が、私の肩から下げていたカバンに手を伸ばした。
パンッ! という音と共に、カバンの紐が鋭利な刃物で鮮やかに切断される。
「え?」
私が気付いた時には、少年はすでに私のカバンを抱え、猿のような身軽さで路地裏へと駆け出していた。
ひったくりだ。
「おい、待て!!」
レオンハルト様が即座に動こうとしたが、市場の人混みが壁となり、少年の姿はあっという間に建物の陰へと消えようとしていた。
「ああっ!? 私の、私のカバンが!!」
私は、信じられないものを見たという顔で、自分の手元を凝視した。
ひったくられたことへの恐怖でも、お金を盗まれたことへのショックでもない。
「わ、私の『携帯式魔力波長探知機』が!」
ロマンの詰まった古代遺跡探検に欠かせない、命の次に大事なエンジニアの七つ道具。
北の遺跡で見つけた兵器の、特徴的な魔力波長を記憶した対古代兵器用の探知機だ。
「あれがないと、夢の大砂漠チキチキ遺跡探索ができなくなりますわっ!」
西の大砂漠に到着して早々。
私の血走った怒号が、オアシス都市の青空に響き渡った。




