第二十話:老執事の回顧録
……私、このシュヴァルツェンベルク辺境伯城で執事長を務めております、セバスチャンと申します。
我が主君であるレオンハルト大公閣下と、王都から追放されてきた(と自称する)マッドエンジニア令嬢……もとい、セラフィナ様が、城の者たちを引き連れて『ゼニスの大穴』へ遺跡探索に向かい、そして無事に帰還されてから数日が経過いたしました。
無事に、と言って良いのかは分かりません。
何しろ彼らが遺跡から持ち帰ってきたものは、常識の範疇を遥かに超えていたからです。
現在、我が辺境伯城の裏手にある広大な雪原には、全高数十メートルに及ぶ『古代の超巨大兵器』が、まるで忠実な番犬のように鎮座しております。
聞けば、セラフィナ様が機内の中枢コントロールに直接アクセスし、ご自身で開発された『自律制御OS』なるものをインストールして、完全に手懐けてしまったとのこと。
それだけではありません。
セラフィナ様が遺跡の祭壇から引っこ抜いてきた直径二メートルの『超大型動力炉コア』は、すでに城の地下に設置され、閣下の魔力を貯蔵・増幅する無尽蔵のエネルギー源として稼働し始めています。
さらに、クラウス殿の義手と閣下の脳波を繋いだ『クロス・リンク(生体魔力間ネットワーク)』。この技術を騎士団全体に応用すれば、大公閣下の意志と魔力を共有した、絶対無敵のサイボーグ部隊すら編成できてしまうでしょう。
……恐ろしいことです。
王都は現在、セラフィナ様による「こっそりメンテナンス」が途絶えたせいで、結界崩壊の危機に直面していると聞きます。
一方でこの北の辺境は、大公閣下の底知れぬ魔力と古代のオーバーテクノロジー、そしてセラフィナ様の異端の頭脳が結びついたことで……国家を相手にしても鼻で笑えるほどの、圧倒的かつ暴力的な軍事拠点を確立してしまったのです。
かつて「死の城」と呼ばれた我が領地は、今や世界で最も恐ろしい魔導要塞へと変貌を遂げました。
しかし。
そのような国家の根幹を揺るがす事態以上に、現在、この城の者たち……特に私たち使用人を戸惑わせている『異常事態』が進行しております。
「……おはようございます、セラフィナ様。本日のスープは冷製コーンポタージュでございます」
朝の食堂。私がうやうやしく頭を下げて配膳を行う中、長テーブルについたセラフィナ様の様子が、どうにもおかしいのです。
「あ、ありがとう存じますわ、セバスチャンさん……」
以前の彼女であれば、食事中であろうと何であろうと、隣に座るレオンハルト大公閣下にピタリと張り付き、「閣下! 今日の魔力も極上ですわ!」と耳元で囁きながら、怪しげなシリンダーで魔力吸引を行っていたはずです。
しかし今日の彼女は、閣下の隣の席ではなく、わざわざ一つ席を空けて座っています。
そして、コーンポタージュを掬う銀のスプーンを持つ手が、微かに震えているのです。
「……セラフィナ」
見かねたように、主座に座るレオンハルト様が声をかけました。
「ひゃ、ひゃいっ!? ななな、何でしょう閣下!?」
「……いや。今日のメンテナンスだが、まだ行わなくていいのか。魔力が少し、滞っているのを感じる」
大公閣下がそう仰ると、セラフィナ様はビクッと肩を跳ねさせ、顔を、それこそ耳の先から首筋に至るまで真っ赤に染め上げました。
「きょ、今日のメンテナンスは、こちらの『全自動吸引パッド』を置いておきますので! 閣下ご自身で胸元に貼っていただいてよろしいでしょうか!?」
「……俺が自分でやるのか?」
「そ、そうですわ! 私も少し、その……別の研究で立て込んでおりまして! では、私はこれで失礼いたしますわーっ!」
ガタッ! と勢いよく立ち上がったセラフィナ様は、半分以上残ったスープにも目もくれず、逃げるようにして食堂を飛び出していってしまいました。
残されたのは、机の上にポンと置かれた無機質な魔導具と、不完全燃焼のような、どこか寂しげな顔をした大公閣下だけ。
「…………」
大公閣下は無言のまま、気まずそうにコホンと一つ咳払いをし、自分の胸元にペタッと吸引パッドを貼り付けました。
……一体、何が起きているのでしょうか。
あれほど「閣下は私の専用バッテリーですわ!」と豪語し、嬉々として閣下の生肌を弄り回していたあの「魔力ジャンキー」の令嬢が、まるで純情な乙女のように閣下を避けているのです。
「セバスチャン様、見ましたか……!」
食堂の隅で、メイドの一人が興奮したように私に耳打ちしてきます。
「あんなに情熱的だったセラフィナ様が、急に奥ゆかしくなられて……。きっとあの遺跡の奥底で、お二人はついに『一線』を越えられたに違いありませんわ! だから急に意識し合って、あんなに初々しい態度を……尊すぎますわ!」
メイドたちは両手を組んで黄色い悲鳴を上げていますが、私には分かりません。
共に遺跡の深部へ向かい、途中で囮として置いてけぼりにされたクラウス殿にこっそり事情を聞いてみても、「俺が知りたいですよ……」と遠い目をされるばかりでした。
あの致死のレーザーとミサイルが飛び交う超巨大兵器の内部で、いったい何があったのか。
なぜ、狂気のマッドエンジニアが、恋を知った少女のように変貌してしまったのか。
執事長である私の胃痛の種は、技術的な暴走から、今度は「若君たちの拗れた恋愛事情」へとシフトしつつあるようです。
どうか神よ、我が辺境伯城に、真の平穏が訪れる日をお与えください……。
一旦、セバスチャン視点での総括と「よそよそしい二人」の日常パートを執筆いたしました!




