第十九話:そして伝説へ⋯
白煙と業火が立ち込める雪原の中、隻腕の騎士クラウスは、死神の鎌のように振り下ろされる巨神の腕を紙一重で躱し続けていた。
「おおおおおっ!!」
背負わされた古代のコアから義手へと、レオンハルトの漆黒の魔力が怒涛のように流れ込んでいる。クラウスは義手のブースターを限界まで吹かして巨神の足元へ潜り込むと、隙を突いて渾身の力を込めた大剣を振り抜いた。
——ギガァァァンッ!!
超高密度の魔力を纏った全力の一撃が、巨神の脚部装甲を強打する。
さすがの超巨大兵器もこれには耐えきれず、激しい金属音と共に大きく体勢を崩し、雪原にドスンと膝をついた。
「……やったか!?」
クラウスが荒い息を吐きながら叫ぶが、期待はすぐに絶望へと変わった。
よろめかせることには成功したものの、強固な古代の装甲を完全に断ち切るには至らない。巨神はすぐさま体勢を立て直し、その真紅の単眼を足元のクラウスへと向けた。
『——局地防衛力ニテ排除困難ト判定。脅威度ヲ「特大」ニ更新。広域殲滅兵装、チャージ開始』
無機質な音声と共に、巨神の胸部装甲が展開し、太陽のような眩い光が集束し始めた。周囲の雪が一瞬で蒸発し、空気が陽炎のように歪む。地響きが大地に轟き、空間が極点に収束するような錯覚を覚えた。
このまま撃たれれば、クラウスはおろか、背後の地形ごと広範囲にわたって灰燼に帰すだろう。
「やらせるかぁっ!!」
クラウスは最大のチャージを阻止すべく、再び大剣を構えて突進しようとした。
しかし。
——プスゥゥゥゥ……。
突如、クラウスの右腕の義手が鉛のように重く沈み込んだ。
「なっ……!?」
背負わされた巨大コアから黒い煙が上がり、義手への魔力供給がプツンと途切れたのだ。レオンハルトから預かっていた魔力がついに底を突き、突貫工事で繋いだ接続部もオーバーヒートを起こして完全に沈黙してしまった。
「嘘だろ……こんな時に……っ!」
動かなくなった右腕を引きずりながら、クラウスは歯噛みした。
目の前では、広域殲滅兵装のチャージが臨界に達しようとしている。回避不能。防御も不可能。
万事休す。クラウスが静かに死を覚悟し、目を閉じた、その瞬間だった。
『——緊急停止プロトコル、受諾。全システムヲ、スリープモードニ移行スル』
耳を劈くような高周波の駆動音が、ピタリと止んだ。
巨神の胸部で輝いていた破壊の光がスゥッと消え去り、関節部から排熱の蒸気が吹き出す。
数十メートルの鋼鉄の巨人は、電源を落とされた操り人形のように雪原に突っ伏し、完全に機能を停止したのだ。
「……と、止まった……?」
クラウスは呆然と巨神を見上げた。
「成功したのか……! あの令嬢、本当にやりやがったんだな!」
全身から力が抜け、雪の上にへたり込むクラウス。
クラウスの決死の戦いは、こうして幕を閉じたのだった。
しばらくすると、静まり返った巨神の装甲のハッチが開き、中から二つの人影が降りてきた。
間違いなく、セラフィナとレオンハルトだ。
「セラフィナ様! 大公閣下!」
クラウスは重い身体を引きずって二人のもとへ駆け寄った。
「やりましたね! あのバカでかい化け物を見事に止めてみせるとは、さすがは……え?」
声をかけて、クラウスは違和感に気づいた。
いつもなら「最高のテストデータが取れましたわ!」と狂喜乱舞して特大のドヤ顔を披露するはずのマッド令嬢が、今はうつむいたまま、モジモジと両手をもじっているのだ。
よく見ると、彼女の顔は煤汚れの下からでも分かるほど、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「せ、セラフィナ様……? 一体、中で何があったんです?」
「な、ななな、なんでもありませんわ!!」
セラフィナはビクッと肩を震わせると、パニックを起こしたように甲高い声を上げた。
「わ、私、この機体を持ち帰るための回収の段取りを考えなければいけませんので! 先にお城に戻りますわーっ!!」
「えっ!? ちょ、セラフィナ様!?」
クラウスが止める間もなく、セラフィナはドレスの裾をひるがえし、顔を両手で覆い隠しながら、凄まじいスピードで雪原を走り去ってしまった。
「……一体、どうしたんだあの人」
クラウスが唖然としていると、遅れてレオンハルトが気まずそうに歩み寄ってきた。
「大公閣下。機内で何があったんです? セラフィナ様の様子が……」
「…………」
レオンハルトはクラウスからスッと視線を逸らした。
彼の顔もまた、いつも以上に赤みを帯びている。彼はコホンと不自然に咳払いを一つすると、低くくぐもった声で短く答えた。
「……何も、ない。気にするな」
「はあ……」
クラウスは首を傾げた。
機械のこととなると見境がなくなるあの令嬢を、あそこまで動揺させるような出来事とは一体何だったのか。
詮索するのは野暮かもしれないと、クラウスは疲労困憊の息を吐き出して天を仰いだ。
何はともあれ、戦いは終わったのだ。
雪原に鎮座する、全高数十メートルの古代の超巨大兵器。
セラフィナの言っていた「自作のOSをインストールする」という野望が達成されたのだとすれば、この無敵の兵器は今や、辺境伯領の完全な支配下にあるということだ。
(……王都の連中がこれを見たら、泡を吹いて気絶するだろうな)
クラウスは、少しだけ同情まじりに苦笑した。
ひとまず。
王太子から追放された一人の「機械オタク」な公爵令嬢。彼女の並外れた執着心と狂気が、この北の地に信じられない技術革新をもたらした。
古代のオーバーテクノロジーと、無限の魔力を持つ大公。そして、それらを結びつける異端の頭脳。
北の辺境伯領は今や、超巨大兵器を手に入れ、国家を相手にしても全く意に介さないほどの、恐るべき軍事力と魔導技術を手に入れてしまったのである。
この先の辺境伯領の苦難と、巨大兵器の中でレオンハルトとセラフィナ両名に、一体何があったのか。
クラウスには、知る由もないことであった。




