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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第48話 それは勇者か英雄の

■研究棟4階


 長道博士は顎に手を当てながら、サイクロプス……その装着者の正面に立つ。

 装着者の男が初老の研究者を睨み、同時に渡良瀬中佐が注意を呼び掛けた。


 「長道博士、危険です。さがって下さい」


 だが、長道博士はそのどちらも意に介さず、装着者の男に何事か語り掛ける。


 ……変化は一目瞭然だった。


 無言を貫いてはいるものの、装着者の男はその顔を紅潮させ、額に青筋を浮かべたのだ。

 これ以上ないくらいの怒りの表情を浮かべた男は、長道博士に飛びかかろうと自身を固定するハーネスを取り外そうとし……、そして警備班に銃口を突き付けられ動きを止めた。


 渡良瀬中佐以下、銃口を突き付けている警備班の隊員も皆一様に驚く中、長道博士は自身の顎を撫でながら呟いた。


 「どうやら間違いないようだなぁ……」


 「長道博士、今のは?」


 渡良瀬中佐が尋ねる。


 「さっきこの男が口にした『グァイウー』ってのは、『化け物』という意味の中国語だ。で、今私がとんでもなく口汚い中国語のスラングで挑発してみたんだが、効果はバツグンだった……というわけだ」


 その答えを聞いた渡良瀬中佐の胸中に、呆れと新たな疑問が湧き上がった。


 「……博士、危険ですので以後そういう事は控えて下さい。それにしても、中国語ですか? 正直この男は東洋人っぽくも見えますが……、偽装の可能性は?」


 「『とんでもなく口汚いスラング』と言っただろう。『言葉のお勉強』では絶対にやらんような類のモノだ。アズー君を見て咄嗟(とっさ)にグァイウーなんて口走った事と言い、母国語レベルで中国語を使っているのは間違いないさ」


 警備班の一人が恐る恐る口を開く。


 「中国軍……人民解放軍には、中国籍を持つ多民族で構成された汚れ仕事(ウェットワーク)専門の部隊が存在するとの噂がありましたが……、こいつらが?」


 さらに別の隊員が口を開いた。


 「そうだとするとコイツ等、サイクロプスを何処から手に入れたんだ?」


 それらの疑問を引き取るように、長道博士が語り始める。


 「そこまでは分らん……。だが、こいつらが中国軍であれば腑に落ちることがある。……あの培養槽に入れられた人体実験の被験者達だがな、骨格の特徴から全員が東洋人だと判明しとる。だが、国内の行方不明者データベースに照会をかけても、身元が判明したのは半数だけでな」


 渡良瀬中佐の眉間に深い皺が刻まれた。


 「まさか、残りの半数は……」


 「ここからは憶測だ……。さっき『汚れ仕事専門の外人部隊』の噂が出たが、中国を拠点にして活動する人身売買シンジケートの話も聞いた事があるだろう? 少し前にどこぞの人権団体が告発しとったヤツだ。香港じゃぁ、民主独立派の活動家が相当数行方知れずになっているそうだな」


 そう語る長道博士の表情、その目元や口元に怒りの片鱗が見て取れる。

 『憶測』と前置きはしたものの、己が語る言葉にすら嫌悪感を覚えているようだ。


 「もしこれが事実なら、逮捕された暁製薬の連中はテロ幇助に特別背任。略取誘拐に人身売買、その他諸々の累計で無期懲役もあり得るだろうよ……、私に言わせりゃ極刑が至当(しとう)だがな」


 そこで長道博士は『フンッ』と鼻を鳴らす。


 「話を戻すが、あの国の黒社会は政府や軍部と強い繋がりを持つとも聞く。向こうのお偉方が犯罪組織を窓口にしてビジネス(・・・・)をしていても、私は驚かんね」


 その場に居合わせた全員が息を呑んだその時、渡良瀬中佐の統合情報端末に5階の司令室から通信が入った。


 『こちらHQ(ヘッドクォーター)。渡良瀬中佐、最後のサイクロプスの撃破を確認しました』


 「こちら渡良瀬、了解した。屋外の隊員は周辺の警戒を続行、屋内で手が空いている者は死者及び負傷者の収容とその手当てにあたるよう指示を出せ」


 『了解しました』


 通信を終えた渡良瀬中佐は、その場に居る警備班の隊員の顔を見渡しながら口を開く。


 「事実が何であれ、背後関係を詮索するのは我々の仕事ではない。それは司法や政治のステージの話だ。差し当たり君達がやるべき事は……」


 そこで、サイクロプスの装着者を指さす。


 「こいつ等の拘束だ。一か所にまとめず個別に収容しろ、1人に対して最低2名の監視をつけるようにするんだ……。自決などされんよう、丁重に(・・・)な」


 「「了解!」」


 警備班の隊員達は揃って復唱すると、サイクロプスから男を引きずり出し連行してゆく。

 それを見届けた渡良瀬中佐は、長道博士とアズーに向き直る。


 「博士、(シエラ)作戦の実施についてなのですが……」


 何かを決意したようなその重々しい声音に、長道博士とアズーはお互いに顔を見合わせた。



■倉庫内


 地下5階から帰還したリューカを、研究班の職員達が歓声と共に迎えた。

 既に『変身』を解除している彼女の耳朶(じだ)を直接震わせるその歓声は、倉庫内に反響しキンキンと響く。

 しかしそれは彼女自身が成した事を称える声だ、不快では無い。

 (むし)ろ心地良く、疲労した身体の奥から自信と活力が(みなぎ)ってくるようだ。


 そんな中、リューカの心を最も揺さぶったのは京子の一言だった。


 「さあ、我らの勇者が凱旋(がいせん)したわよ!」


 「え? 勇者? あの、何を? わッ! わぁッ!!」


 京子の言葉を切っ掛けに、職員達がリューカを取り囲みワイワイと騒ぎ始めた。


 「スゲェっす! マジリスペクトっす!!」「崇め奉っても良いですか?」「超美少女変身ヒロイン爆誕ヤッター!」「お前等! 栄養ドリンクで乾杯すっぞ!!」「じゃあ俺チャリでコンビニ行って来る!」「イェーイッ!!」


 「いや、その……、どうも」


 徹夜続きで妙なテンションの職員達に若干頬を引き()らせつつ、リューカは京子の前に歩み寄る。


 「キョーコ、さっきの『勇者』というのは……?」


 リューカは自身がトーラス王国の末姫である事と、聖剣を担う勇者である事を話していない。

 京子達を信用していないのではなく、リューカ自身が王女である事を証明できる物を持っていなかった為であり、そもそもお仕着せの勇者でしかなく、更に聖剣を手放した今の自分を勇者だと言うのは(はばか)られた為だ。


 だがそれでも……いや、だからこそリューカにとって『勇者』は特別な意味を持つ言葉だ。


 「ん? ぶっつけ本番の新兵器でピンチを切り抜け大勝利……ってのは、勇者か英雄の(たぐい)がやる事って相場が決まってるのよ。貴女はそれに相応しい事をした。さあ、もっとしゃんとして、胸を張って!」


 彼女の心中など知る(よし)もない京子はあっけらかんと、満面の笑みを浮かべてリューカの背中を叩く。

 しかし、その表裏の無い言葉と周囲の職員達の歓声が、リューカの中のわだかまりを溶かしていった。


 銀髪の少女はこの瞬間、やっと『勇者』になれたのだ。

 お仕着せではなく、他者の思惑の産物としてではなく、求められ、それに応えて……。


 「あ……、その……。ありがとう……、キョーコ」


 頬を紅潮させ、言葉を詰まらせながら頭を下げるリューカ。

 京子は笑ってひらひらと手を振った。


 「お礼をしなきゃいけないのはこっちよ……。あら?」


 ふいに、京子が疑問の声を出す。

 リューカや周囲の職員達もその声に釣られ、京子の視線の方に目を向けると、倉庫の入口から渡良瀬中佐が入って来たところだった。

 数名の警備班と長道博士、そしてリューカの見た事が無い緑色の巨人を連れている。


 「何だ?」


 緑色の巨人を警戒し、口元に左手首の起動(イグニッション)ドライバを寄せるリューカだが、そんな彼女の行動を京子が止めに入った。


 「安心して、あれはアズー君よ」


 「は!? あれがアズー!?」


 この数日、リューカはEOS(エーオース)の訓練と調整にかかりっきりだった。

 同時並行して進められていた、アズーの『新しい身体への移行』を知らない彼女は目を丸くして驚く。


 そうこうしている内に、リューカ達の目の前までやって来た渡良瀬中佐は単刀直入に用件を切り出した。


 「ウィクトーリアさんは負傷していないか? EOSも損傷していないのであれば、この後すぐにS作戦を実行に移したい」


 京子達は驚き、研究班の一人が渡良瀬中佐に問い返した。


 「この状況で、ですか!? サイクロプスは撃破しましたが、まだ安全が確認されたわけでは……」


 渡良瀬中佐は眉間に皺を寄せ、重々しい口調で答えた。


 「『こんな状況だからこそ』だ。逆に、今を逃せば作戦を実施出来なくなる可能性がある」


 リューカ達の間に緊張が走った。


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