第49話 強行
■倉庫内
長道博士とアズーを引き連れた渡良瀬中佐が『S作戦の即時実施』に言及し、勝利に沸いていた倉庫内には打って変わって張り詰めた空気が漂っていた。
渡良瀬中佐は困惑するリューカ、京子、そして研究班の職員達に、自分たちが置かれている状況を説明し始める。
「現在、襲撃してきたサイクロプス6機全ての撃破に成功し、死者・負傷者の収容と周囲の警戒を行っている。しかし、未だ通信妨害は続いており、官邸や国防省とのデータリンクはおろか、警察や消防の無線もブロックされたままだ。ご丁寧に、民間の電話回線も何処かで物理的に切断しているらしい」
渡良瀬中佐は『ゴホン』と1つ咳払いをして続ける。
「さらに、麓の街を含む非常に広範囲な停電も未だ回復していない。これ程の長時間、広範囲に影響が出ているという事は、発電所か変電所を攻撃された可能性が高い……。つまり、通信妨害、発電所又は変電所への破壊工作、そしてサイクロプスの回収……、これらを担っている別動隊が潜伏しているはずだ」
そこまで説明した渡良瀬中佐に、研究班の職員から質問が投げかけられた。
「それであれば、少なくとも安全が確保できるまで待つべきではありませんか? サイクロプスもまだ居るかもしれませんし……」
「いや、サイクロプスはこれで打ち止めだろう。アサルトフレームは連中にとって『虎の子』だ。小出しにして逐次投入などする意味がない。それに、どうやって日本国内に持ち込んだのかは知らんが、入管や海保も居眠りをしている訳じゃない、連中は少数を秘密裏に運び込んだはずだ……必要最低限の機数をな」
「つまり、残存する敵勢力は通常戦力のみと考えて良い訳ですね? しかし、それでも作戦実施を急ぐ理由が今ひとつ分らないのですが……」
職員の疑問に、渡良瀬中佐は眉間に皺を寄せて答える。
「私が警戒しているのは永田町や霞が関の動きだよ。『芹沢陸士長の救出も含めた、一連の芹沢事案の完全解決』が官邸の意向だが、これだけの騒ぎだ、妙な横槍が入るのは間違いない。件の官僚グループの事もある。通信妨害が解除されたら何を言って来るか分らん……つまり、今しかないんだ」
先にこの話を聞いていたのか、長道博士とアズーはうんうんと頷いている。
京子とリューカは顔を見合わせてから、渡良瀬中佐に答えた。
「私ならば問題ありません。むしろ、予定が早まるのは望むところです」
キリリとした表情でリューカ。
次いで、京子が口を開く。
「EOSに損傷はありません。サイクロプスとの戦闘結果から調整も問題ないと判断します。諸々の物資の準備等で……20分ほど時間を頂ければ、S作戦実施可能です」
その報告を聞き、渡良瀬中佐はその場に居る全員に命令を下す。
「よし、では30分後にS作戦を開始する! 総員準備を始めろ!」
『了解ッ!』
その場の全員が復唱する。
次いで、京子が研究班の職員に指示を飛ばした。
「皆、ホライゾンゲートのモニターよろしく! リューカちゃん、アズー君は私についてきて!」
「了解した」
「分かりました。……しかしアズーよ、お前随分と厳つくなったなぁ」
その声を皮切りに研究班の全員が動き始め、京子はリューカとアズーを連れて倉庫を後にした。
■研究棟2階、多目的ルーム
「慌ただしくなっちゃってごめんなさいね」
この多目的ルームに3人が揃うのは久しぶりの事だ。
そして開口一番、京子がリューカとアズーに頭を下げた。
「お気になさらず、我が心中は先程チューサ殿に語った通りです」
答えるリューカは、トレーニングウェアから王国軍正式の軍服と鎧に着替えていた。
兜に関しては輪に結んだ顎ひもを首に通し、頭の後ろにぶら下げている。
「それに、先程のチューサ殿の話……。殆ど理解できませんでしたが、この国の政に関する事と推察します。他国の政に口を差し挟むような事をするつもりはありませんし、我らの事を思って取り計らおうとしてくれているのに、異論などありませんよ」
その言葉にアズーが続く。
「リューカ殿に同意する」
「……貴方達ニンゲン出来過ぎよ、言葉も無いわ」
二人の答えを聞き、ため息と共にそんな言葉を吐き出した京子だが、次の瞬間には表情を引き締めた。
「ふぅ……時間が無いからチャッチャと行くわよ。まずリューカちゃん、もう着てるんだけど貴女の装備を返却するわ。着た感じ違和感があると思うけど、服の方は強化繊維で要所要所を補強してあるわ。鎧はそのまま、まあ手入れはさせてもらったけどね」
「確かに、少々ゴワゴワした感触ですね。動くのに問題はありませんが」
腕をグルグルと回しながら答えるリューカ。
「防刃繊維って言ってね、刃を通さないようになってる。ただし、衝撃までは吸収できないの、殴られたダメージ自体は通るから気をつけて」
「分かりました」
次に京子は、傍らに用意された箱の中からリューカが腰に提げていた鞘を取り出す。
そして、その鞘には甲太郎のヒートマチェットが収められていた。
「次に、このヒートマチェットを持って行って。これが甲太郎の居場所を割り出すカギになるわ」
「カギ……ですか?」
首を捻るリューカ。
京子は大きく頷いて説明を続ける。
「EOSは主要な装備を残置した時とかに、後からその装備を回収するためにお互いに探査波を出すの。簡単に言うと装備の紛失を防ぐ安全装置ね。この機能は変身を解除していても有効で、甲太郎の起動ドライバとヒートマチェットの間で『呼び合う』ように出来てる。そして、貴女の起動ドライバに逆探知の機能を付けておいたわ」
「それは……つまり?」
「このヒートマチェットを持って甲太郎にある程度近付けば、貴女の腕の起動ドライバが反応して道案内してくれるって事。状況にもよるけど、大体半径5キロ程度をカバー出来るわ。反応があればアラームが鳴って知らせるから、そしたらEOSを装備すれば甲太郎の位置がレーダーに表示されるわ」
「それは有難い!」
喜ぶリューカだが、そんな彼女に京子は声を低くして注意を促す。
「EOSについて1つ注意があるわ。EOSは『サーバー』っていう外部装置のバックアップを受けて最大の性能を発揮する装備なの。ホライゾンゲートを潜ったら、もちろんそのバックアップは無くなるわ。サイクロプスと戦った時より、3割ほど性能が落ちるからそのつもりでいて。『魔界』に着いたら、向こうでEOSの動きを改めてチェックする事!」
「わ、分かりました」
京子の雰囲気に押されコクコクと頷くリューカ。
しかし、そもそも元の性能が非常識なまでに突出しているのだ、多少性能が落ちて動きが鈍っても、誤差の範囲でしか無いだろうと、リューカはそれほど悲観していない。
「次にアズー君だけど……。長道博士から聞いてると思うけど、貴方のその身体、動力源はバイオリアクターよ。食事をすることで摂取した有機物を体内で分解、発電するわ」
「聞いている。しかし、この身体でまでわざわざ口から食物を取り込むようにせずとも良かったのでは? 直接バイオリアクターとやらに食物を放り込めば済むように思うのだが」
疑問を口にするアズー。
彼の円盤状の頭部……その下部に取り付けられたパーツが、人間の顎の様にカパカパと開閉している。
「身体を機械化した人物が元の身体とのギャップに悩む……ってSFがあってね。貴方もいきなり『食事は出来ません、寝る事も出来ません』って言われても困るでしょ? ちなみに、映像を切って疑似的に睡眠を取る事も出来るようにしてあるからね」
「成程、気遣い感謝する」
『ギィ』とお辞儀するアズー。
京子は『気にするな』と、ひらひらと手を振りながら続ける。
「アズー君にはこれを運搬してもらうわ」
そう言って、京子はやはり傍らに置かれている冷蔵庫大のコンテナを指し示す。
人間が運ぶには大きすぎる代物だが、今のアズーであれば片腕で軽々と持ち運べるだろう。
「この中にはアズー君と甲太郎の分も含め3人分の食料が2週間分と、野営用の道具一式。それから応急処置用の医薬品と、念のために甲太郎用の装備を入れてあるわ……、これは使わないに越したことは無いけどね」
「2週間分の食料……。つまり、その期間で甲太郎殿を発見する必要があると?」
「そうよ、それ以上時間をかければ……甲太郎の生存率はガクンと下がるし、危地での探索任務で最優先すべきは探索する側の安全よ。甲太郎を助けてほしいのは山々だけど、貴方達をわずかな可能性の為に彷徨わせるわけにはいかないわ。補足すると、貴方は大抵のものは食べられるから、現地調達すれば食料には余裕がでるけれど、だからと言って探索期間を延ばさないように」
「しかし、それでは……」
京子の説明にリューカが異議を唱える。
しかし、京子はその声を掌を突き出して遮った。
「それにね、甲太郎は魔界側のゲートからそれほど離れていないはずよ。未知の土地で闇雲に動くような向こう見ずじゃないわ。もう一度言うけど、自分の安全を優先する事。そもそもこんな作戦に巻き込んでおいて言えた義理じゃないけど、それでも……ね」
「…………はい」
京子の真摯な瞳を見て、リューカは『否』と言えなくなってしまう。
室内に沈んだ空気が流れる。
だがそんな時、多目的ルームの扉が開く。
「ブリーフィング中に失礼。少々お邪魔するよ」
白衣姿の老化学者、長道博士が姿を現した。




