第19話 地下牢にて
トーラス王国は『武』を尊ぶ国家である。
50年周期の魔族の侵攻という、『定期的な脅威』に晒されたために、その様な社会的風潮が醸成されたのだと、歴史家は口を揃える。
魔族との戦いはもちろん、他国との戦争や盗賊団等の掃討、そしてラプテイルを始めとする害獣の討伐……、そういった戦いの場で手柄を立てた兵は、領主や国王から褒美を賜り、その活躍は吟遊詩人の歌や、書に記された物語として、長く称えられ、語り継がれる。
そういった『英雄譚』が多くの人々を魅了し、魅了された人々の中から、次代の英雄が生まれ出る。
リューカ・アルゼー・ウィクトーリア……、彼女もその『英雄譚に魅了された人々』の一人だ。
女性……、それも王侯貴族のご令嬢ともなれば、英雄を目指すのではなく、英雄との恋物語を夢見る者が殆どなのだが、リューカは英雄になる事を夢見た『変わり者』だった。
持ち前の強固な意志と行動力で、周囲の反対を押し切り、王国軍に入隊した。
日夜剣を振るい掌の肉刺を潰し、汗を流し埃に塗れ、その身を危険に晒すことを厭わなかった。
そんな彼女が、フォーデンにおいて甲太郎への褒賞に拘り、そして現在、拘束されている彼の身を案じ、その処遇に憤るのは自然な事と言えた。
■アードラ要塞地下階、留置場
この異界において、懲役刑は一般的ではない。
能力が存在するこの世界では、囚人を『継続的に拘束する』事が非常に困難だからだ。
相手の能力を封じるような、都合のいい道具など存在しない。
その為、この世界での刑罰は『短時間で終了するもの』が主に採用される。
ムチ打ち刑や資産の没収、そして死刑。
強いて言えば、『目には目を』のハンムラビ法典の理念に近い。
つけ加えれば、同じく『人を継続的に拘束する事が困難』である為、この世界に奴隷制は存在しない。
ともかく、懲役刑が一般的ではない社会であっても、所謂『牢屋』には一定の需要があった。
事件が起これば、取調べの間どうしてもある程度は被疑者を拘禁する必要が出てくるし、軍隊においては問題を起こしたものを隔離し閉じ込める、『懲罰房』としての用途が求められたのだ。
リューカは警備の兵士に挨拶すると、独房が並ぶエリアに踏み入る。
現在、使用されている独房は一つだけだ。
彼女はその独房の前に立ち、鉄格子の向こう側で何やら思索に耽る甲太郎に声をかけた。
いや、声をかけようとしたが適当な言葉が思い浮かばず、その場に立ち尽くしてしまう。
すると、リューカに気付いた甲太郎が口を開いた。
「へ? 姫様!? なんでこんな所に?」
一国の王女が留置場に姿を見せるとは夢にも思っていなかった甲太郎は、目を丸くして驚きを露にする。
「う、うむ。心配で様子を見に来たのだが……」
甲太郎の処遇について、将軍への陳情を退けられたリューカの返答は歯切れが悪い。
「それはありがたいのですが……。こんな所に来て大丈夫ですか? またフランさんに黙って部屋を抜け出てきたとかじゃないですよね?」
この数日である程度リューカの人となりを知った甲太郎は、彼女の様子がおかしい事に気付き、場を和ませようと冗談めかして答える。
「む、失礼な! 私は子供では――――」
そこで急に言葉が途切れ、彼女は視線を足元に落とす。
「いや……。子供なのだろうな、私は。何も分からず、何の役にも立てない、無知で無力な子供だ」
一つため息をつくと、リューカは言葉を続けた。
「すまない、お前の拘束を解くよう将軍に掛け合ったのだが、聞き入れてもらえなかった……。逆に諭されたよ、お前が王国軍の指揮を尊重してくれるかどうか試す為に、必要な措置だったとな」
「ああ、やっぱりそうだったんですね」
甲太郎の返答に、リューカが固まった。
「…………『やっぱり』?」
「え、ええ。自分を本当に『怪しい人物』で、『EOSを脅威』だと思っているのなら、あの軍議の場で『すまないが拘束する、良いね?』なんて言わないでしょうし、それに……」
甲太郎はガッツポーズのようなゼスチャーで、右手首の起動ドライバを示す。
「あの場でこの腕を切り落としていたでしょう。なので、それをせずに自分を拘束したのは、何か思惑があっての事じゃないかと思っていました」
リューカは『ギギギッ』という擬音が聞こえてきそうな様子でその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。
その長い流麗な銀髪が床に着くが、本人は全く気にしていないようだ。
彼女のくぐもった声が響く。
「……すると何か? 私だけ事情を理解せずに、一人で空回っていたのか?」
「いえ! あの、そのお気持ちは大変ありがたいと言いますか、もったいないくらいでしてッ!」
甲太郎もリューカと視線を合わせる為に、独房の床に座り込む。
もちろん正座だ。
「はぁ……。まったくもう、まるっきり道化ではないか」
再度、先程よりも深くため息をつくリューカ。
本気で落ち込む彼女の姿を見て、甲太郎は申し訳なく思い、同時にそこまで気にかけてくれる事にくすぐったさも覚える。
「その……、すみません。しかし、何故姫様はそこまで自分を信用してくれるのですか?」
自覚しては居ないが、父の一件があり世間一般から爪弾きにされる事が多かった甲太郎は、他者からの信頼や好意に敏感になっている所があった。
その為、何気なく口にした疑問だったのだが、リューカは目を丸くしている。
「む!?」
「え? あの、何か……変な事を、聞いてしまいました……、か?」
しどろもどろになる甲太郎。
リューカはやわらかく微笑むと、言葉を続けた。
「いや、先刻将軍にも同じ事を聞かれたのでな、驚いただけだ。……そうだな、フォーデンでのやり取りを覚えているか? お前と村長の会話だ」
「んん? 村長と?」
首を捻る甲太郎。
リューカは『覚えていないのか、まったくお前らしい』と笑う。
将軍から甲太郎を信頼する理由を問われたリューカは、この地下牢に来る道すがら、その理由を考えていた。
そして思い至ったのがフォーデンでの一件だ。
「あの時、お前は礼を言う村長に、『人が食い殺されるのはあんまりだと思った』と言ったのだ。……わが国は武を尊ぶ、多くの勇者・英雄は富や名声と共に在ったが、それを求める事無く、お前はまず村民の身を案じた。異国人、いや異世界人のお前が、わが国の民を心配してくれたのが嬉しくてな」
そう言うと、リューカはすまなそうに目を伏せる。
「お前には恩があると言うのに、こんな事になってしまって本当にすまない。将軍の言うことも勿論分かるのだがな……。私が偽者ではなく、真の勇者、人々を惹き付ける英雄であれば、こんな事にはならなかったのかもしれん。我が身の無力が恨めしいわ……」
「……偽者、ですか?」
リューカの言葉の中に、気になるワードがあった。
甲太郎は思わず疑問を口にする。
リューカは膝を抱えたまま甲太郎を見ると、自嘲気味に笑った。
「ああ、そうだ。……この際だ、少しばかりこの小娘の泣き言を聞いてくれるか?」
甲太郎は黙って頷く。
茶化してはいけないような気がした。




