第20話 父と子
■アードラ要塞北門付近
数人の兵士が要塞北側の通用門に向かって歩いている。
アードラ要塞守備隊に所属する彼らは、周辺の哨戒任務を終え、現在帰還の途上にあった。
彼らの手には松明が握られ、その炎が周囲を照らしている。
「大分遅くなっちまったな」
兵士の一人が誰にともなく話し始めると、周囲の兵士達が次々に口を開く。
「いきなり『警戒を厳重にしろ』ったってなぁ……。非番の連中も駆り出されてたようだが、何かあったのか?」
「なんでも、討伐軍の連中がやたら強い魔族と遭遇したらしいです。損害も出たらしくて、お偉いさんピリピリしてますよ」
「ンだそりゃ? 王都から来た連中は腕っこき揃いなんだろ? それがやられたなんてやべぇじゃねぇかよ」
「やべぇのは俺の腹の虫だ。さっさと帰って飯食って寝るぞ」
『異議なし』とばかりに、兵士達は歩みを早める。
だが、歳若い兵士が一人、急に立ち止まると背後を窺い始める。
「おい、どうした?」
前を歩いていた兵士達も立ち止まり、若い兵士に話しかける。
「いえ、今なにか居たような気がしたんですが……」
壮年の兵士が若い兵士の横に並び、周囲を松明で照らす。
アードラ要塞の周囲は草原になっており、この北門付近もヘレネア山の山道など、人の往来で土が踏み固められている所以外は、膝丈程度の草が広く群生していた。
「特に何も無いな……、どうせ穴ネズミか何かだろ。行くぞ」
周囲を照らし確認するも特に異常は見つけられず、彼等は先を急ぐ。
明かりが無くなり夜闇と静けさに包まれた草原。
暫くすると『ガサリ』という音と共に、その草むらの一部が盛り上がる。
一つ、また一つと数を増やすその草の塊は、じりじりと要塞に向かって移動を始める。
■アードラ要塞地下階、留置場
「勇者の選定方法は知っているか?」
膝を抱えてしゃがみ込んだまま、リューカは甲太郎に尋ねる。
「確か、王都で剣技大会が開かれるんですよね?」
甲太郎の答えに、リューカは首肯する。
「そうだ。まあ、聖剣の担い手を決めるから剣技大会と言われているが、言ってしまえば聖剣は『魔界の門』を閉じる『鍵』でしかないからな、剣だけでなく槍や弓、それに能力など、得手とする武器・能力の別を問わず、国中の猛者が集まり王国一の戦士を決める大会だ」
「その大会で優勝して、勇者になったのでは?」
甲太郎の問いに、リューカは首を横に振って答える。
「……本当にそう思うか? 私も腕に覚えはあるが、それでも私より強い者は両手で余るほど居るぞ」
「それは……、姫様が何か強力な能力を持っているとか?」
「ああ、まだ言っていなかったな。私の能力は『結界』でな、私の周囲、極限られた範囲にあらゆる攻撃を弾く結界を張るんだ。今まで試したものに限るが、剣であれ弓であれ能力であれ、防げないものはない」
リューカの能力を聞き、甲太郎は驚く。
「いや、かなり強力な力だと思いますが……」
「確かに、非常に稀有で強力な力だが、防御一辺倒な力であるし、そもそも能力はその行使にエーテルと能力者の体力を消費する。つまり、体力の勝る相手には押し切られやすい、腕が立つ相手であれば尚更だ。そして……、大会の決勝で当たったのが、正しくその様な相手だった」
リューカは苦笑しつつ続ける。
「……なんてな。もったいぶっても仕方ない、アーベルだよ、決勝で当たった相手は」
「え? 彼ですか!?」
甲太郎は思わず声を上げる。
アーベルが見せた『身体能力強化』の能力も確かに強力なものだ、瞬発力はEOSに匹敵するものがあった、筋力なども相応に強化されているのだろう。
だが、問題はそこではない。
「つまり、彼が姫様を勇者にする為に、わざと負けたという事ですか?」
アーベルはリューカを守ることに必死になっていた、そのために甲太郎にも警戒心を露にしていたのだ。
で、あれば、彼女に『勇者』などという危険な役目を負わせるだろうか?
それに、何よりも一番の違和感は……。
「自分はアーベルさんとは反りが合いませんが、それでも、彼がそんな不正を働くような人物には思えません」
多くの人の目の前で甲太郎に決闘を挑むような人物が、剣技大会などと言う場で、不正を行うとは思えなかった。
「その言葉、ヤツに直接言ってやれ、喜ぶぞ?」
リューカは『ニヤリ』と唇の端を吊り上げ、冗談めかして言う。
「……嫌味としか思われないでしょう、止めておきます」
「フフッ、残念だ。まあそれは良いとして、私も同意見だ、アーベルは道理の通らぬ事が嫌いだ。……証拠はないが、まず間違いなく父上の差し金だろう。クルス家は古く歴史ある家だ、その血筋にあれこれ『仕込み』が出来る人物はそう多くない」
リューカが口にした『父上』という言葉、甲太郎はその意味をすぐに理解した。
「王様……、ですか」
「この所、父上は変わってしまった。諸侯が力をつけることを恐れる様になり、王権を磐石の物とする事に執心するようになってしまった。此度の事も、私を勇者とすることで王家の威光を示そうという腹積もりだろう」
リューカは抱える膝の間に顔を埋め、続ける。
「その様な振る舞いが多くの不興を買っているのだと、悪循環だと、何度も申し上げたのだがな、一向に聞き入れて下さらん。まったく……、身内の恥と言う物が、これほど腹立たしくも情けない物だとはな。溜息しか出ん」
言葉の通り、『はぁ~』と盛大な溜息をつくリューカ。
その様子を見ながら、甲太郎はリューカに親近感と羨望を覚えた。
彼女が抱える親子間の問題は、まだ解決できるレベルに思える。
少なくとも、致命的な破局には至っていない。
だからだろうか、甲太郎は少しばかり『お節介』を焼きたくなった。
「諦めずに何度でも話をするべきです、親子なんですから」
「む? 人事だと思って簡単に言いおってからに」
膝の間から顔を上げ、頬を膨らませるリューカ。
甲太郎は後頭部を掻きながら、軽く頭を下げた。
「すみません……。自分はもう後戻り出来ないので、余計なお世話だとは思ったのですが……」
「ん? ああ! 何と言うか……、すまんな、言い難い事を」
甲太郎の言葉を『親と死に別れた』とでも受け取ったのか、しどろもどろになるリューカ。
この独房まで様子を見に来てくれた銀髪の少女、率直に内心を吐露してくれた彼女に対し、甲太郎は隠し事をせず、誠実に向き合いたいと思った。
「自分が追っている『罪人』は……、私の父親です」
「……なんだと?」
リューカは身を乗り出し、膝立ちになると両手で鉄格子を掴む。
これではどちらが独房に収監されているのか分からないな、と思いながら甲太郎は答える。
「父親であり大罪人である人物……、エイジ・セリザワを抹殺する事が、自分に与えられた任務であり、使命です」
「抹殺!? お前は、自分の父親を殺す為に今まで戦ってきたのかッ!?」
甲太郎は無言で頷く。
リューカの碧眼が大きく見開かれた。
この異界、トーラス王国においても、親族を加害すること……、特に親殺しや子殺しは忌避される大罪だ、禁忌と言っても良い。
それをあろう事か、任務として行うと言うのだ。
「お前はそれで良いのか? 他に方法は無いのか!?」
さらに問いかけるリューカ、だが……。
「『身内の恥』です、放ってはおけませんよ」
甲太郎は、苦笑しながら事も無げに答えた。
「そんな……」
今の甲太郎に、気負った様子は見られない。
己の父をその手にかけるという事に、内心の整理が『出来てしまっている』のだろう。
「そんな…………」
力なく項垂れるリューカ。
『二の句が継げない』とはこの事だろう、上手く言葉が出てこない。
「むしろ、我々のゴタゴタに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません」
そう言って、甲太郎は折り目正しく頭を下げる。
その姿を見守る事しかできず、リューカが歯噛みしたその時、留置場に一人の兵士が駆け込んできた。
その兵士は息を切らせながら、叫ぶように声を張り上げる。
「し、失礼しますッ! 魔族の奇襲あり! 将軍がお二人をお呼びですッ!!」
「「ッ!?」」
驚く甲太郎とリューカ。
兵士は右手を差し出す、その手には留置場の警備兵から受け取ってきたのだろう、独房の鍵が握られていた。




