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天より落ちし君へ 第一部 宿屋の四季  作者: puni0023


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第9話 活躍の場

宿屋での生活が始まって数日が過ぎた。

羽琉は毎日忙しかった。

そして毎日失敗していた。

「羽琉ちゃん!皿洗い頼むよ!」

「はーい!」

元気よく返事をして、十分も経たないうちに。

がしゃん。

宿中に音が響く。

「ごめんなさい!」

「けがはない?なんで割れるんだい!?」

おかみさんが頭を抱えた。

羽琉にも分からなかった。

丁寧に洗っていたはずなのに、なぜか皿が手から滑るのだ。

翌日は洗濯だった。

「干しておいておくれ」

「任せて!」

自信満々に答えた結果。

シーツが風に取られて宿の屋根へ飛んでいった。

「なんでだい!?」

「ごめんなさい、風が強かったのかも……」

「みんな同じ風の中で洗濯してるんだよ!」

羽琉はがっくりと肩を落とした。

一方で。

架は違った。

薪割り。

荷物運び。

掃除。

料理。

頼まれたことは何でもこなした。

「兄ちゃんすごいな」

「慣れているので」

そう言って架は黙々と働いた。

羽琉は少し離れた場所からその姿を見ていた。

自分は失敗ばかり。

架は何でもできる。

それが少しだけ悔しかった。

助けてくれたおかみさんと架の役に立ちたいのに。

いつも助けられてばかりだった。

ある日の夜だった。

酒場の客が帰り、宿が静かになった頃。

帳場の奥から唸り声が聞こえてきた。

「うーん……」

おかみさんだった。

机いっぱいに紙を広げている。

「どうしたの?」

羽琉が覗き込んだ。

「帳簿だよ」

おかみさんは疲れた顔でため息を吐いた。

「旦那が亡くなってから全部私がやってるんだけどねぇ」

羽琉は少しだけ言葉に詰まった。それから、机の上に視線を落とした。

数字がびっしり並んでいた。

売上。

仕入れ。

支払い。

見ただけで頭が痛くなりそうだった。

「数字苦手なんだよ」

おかみさんが眉を下げた。

羽琉は帳簿を手に取った。

一枚。

また一枚。

静かにページをめくる。

おかみさんは首を傾げた。

「分かるのかい?」

「うん」

羽琉は当たり前のように答えた。

天界では王女教育を受けていた。

歴史も。

政治も。

財政も。

数字を見ることは苦ではない。


むしろ得意だった。

数字を見ることは苦ではない。

むしろ得意だった。

「ここ、計算違うよ」

おかみさんが固まった。

「え?」

「あとこれも」

羽琉は別のページを指差した。

「この仕入れ、二回計上されてる」

「え?」

「こっちはたぶん支払い漏れ」

「え……」

おかみさんの声がだんだん小さくなった。

羽琉は首を傾げた。

「どうしたの?」

「なんで分かるんだい……」

羽琉は少し考えた。

「見たら分かるよ?」

おかみさんは机に突っ伏した。

「天才かい……」

それから二人で帳簿を整理した。

気づけば夜は更けていた。

最後の帳簿を閉じた時。

おかみさんが静かに言った。

「助かったよ」

羽琉は顔を上げた。

おかみさんは笑っていた。

いつもの豪快な笑顔ではない。

少しだけ優しい笑顔だった。

「これは羽琉にしかできない仕事だ」

羽琉は言葉を失った。

宿に来てから。

失敗ばかりだった。

皿を割って。

洗濯を飛ばして。

何度も迷惑をかけた。

だから。

その言葉が思った以上に嬉しかった。

「……うん、まかせて」

小さく頷いた。

胸の奥が少しだけ温かかった。

その夜。

部屋へ戻った羽琉は窓辺に座る架を見つけた。

「架」

「はい」

羽琉は少しだけ照れながら笑った。

「私ね」

架が顔を上げた。

羽琉は嬉しそうに続けた。

「役に立てた!」

静かな沈黙が落ちた。

それから。

架は少しだけ微笑んだ。

「知っていました」

羽琉は目を丸くした。

「なんで?」

「姫様ですから」

それだけだった。

けれど羽琉は少しだけ笑った。

窓の外では雪が静かに降っていた。

人間界へ落とされたあの日とは違う。

今は少しだけ。

この人間界が好きになり始めていた。

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