第10話 苦手なことにも挑戦しよう
それから羽琉の仕事は自然と決まっていった。
朝は帳場。
昼は受付。
夜はお会計と帳簿整理。
週末は歌。
気づけば宿の数字まわりはほとんど羽琉が担当するようになっていた。
「羽琉ちゃん、昨日の売上は?」
「まとめてあるよ」
「仕入れ代は?」
「こっち」
「今月の利益は?」
「これくらいかな」
おかみさんが感心したように唸った。
「本当に助かるよ」
羽琉は少し照れながら笑った。
宿へ来たばかりの頃は失敗ばかりだった。
それでも今は、自分にできることが少しずつ見えてきた。
それが嬉しかった。
だが。
「羽琉ちゃん!」
おかみさんの声が飛んだ。
「洗濯物取り込んどくれ!」
「はーい!」
元気よく返事をして十分後。
「おかみさん!」
「今度は何だい!?」
「白かった洗濯物がピンクになった!」
宿中に沈黙が落ちた。
「なんでだい!?」
「赤いのと白いの一緒に洗ったから?」
隣で架が静かに額を押さえた。
「姫様」
「なに?」
「次からは分けて洗いましょう」
「うん」
「今度こそ覚えてください」
「もう覚えた」
「不安ですね」
「一回したら忘れないもん……」
―
別の日。
「今日は料理も覚えようか」
おかみさんが腕まくりをした。
羽琉はぐっと拳を握った。
「任せて」
その三十分後。
「なんで焦げるんだい!?」
「火が強かったのかも……」
「弱火って言っただろ!」
「弱火だったと思うよ!」
「それ強火だよ!」
羽琉は鍋を見下ろした。
真っ黒だった。
隣では架が黙々と別の鍋で料理を作っている。
良い匂いがする。
「ずるい」
羽琉が呟いた。
「何がですか」
「架何でもできる」
架は少しだけ考えた。
「慣れです」
「私は慣れない」
「三日目です」
「もう三日もやってる」
架は小さく笑った。
「姫様」
「なに?」
「昨日より上手ですよ」
羽琉は目を瞬いた。
「本当?」
「ええ」
「焦げてるのに?」
「昨日は食べられませんでした」
「ひどい」
思わず頬を膨らませた。
架は少しだけ口元を緩めた。
―
宿へ来て数週間。
羽琉は相変わらず失敗も多かった。
宿へ来て数週間。 皿を割ることもあった。 洗濯を間違えることもあった。 料理を焦がすこともあった。
それでも。
少しずつできることが増えていた。
おかみさんが教えてくれる。
架が隣で支えてくれる。
そして何より。
今の羽琉には帰る場所があった。
「おはようございます」
朝になれば架の声が聞こえる。
「羽琉ちゃん!」
階下からおかみさんの声がする。
宿の扉を開けば村人たちが笑っている。
天界とは違う。
それでも——この場所が好きだと、羽琉は思った。




