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天より落ちし君へ 第一部 宿屋の四季  作者: puni0023


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11/14

第11話 名前

宿屋で働き始めてしばらく経った頃だった。

昼時の食堂。

客で賑わう中、羽琉は注文を取っていた。

「羽琉ちゃん、水おかわり!」


「はーい!」

元気よく返事をした。

その時。

「姫様」

架の声が響いた。

食堂が一瞬静かになった。

村人たちが首を傾げた。

「姫様?」


「なんだいそれ」


「羽琉ちゃん偉い人なのか?」

羽琉と架が固まった。

おかみさんは額を押さえた。

その日の営業後。

おかみさんが座るなり言った。

「だめだねえ」

「何がですか」

架は真面目に聞き返した。

「姫様だよ」

おかみさんが即答した。

「村で姫様なんて呼んでたら目立つだろう」

架は少し黙った。

「ですが姫様は姫様です」

「だからそれがだめなんだよねえ」

おかみさんが悩んだ。

羽琉は隣で苦笑した。

「たしかに」

「姫様」

「うん?」

「たしかにではありません」

「でも目立つよ?」

架は黙った。

それでも納得していない顔だった。

おかみさんがため息をついた。

「じゃあ名前で呼びな」

「無理です」

即答だった。

「早いね!?」

「無理です」

二回目だった。

羽琉が吹き出した。

おかみさんは頭を抱えた。

「なんでだい」

「今さらです」

珍しく困った顔で架が言った。

「十数年呼んできましたので」

羽琉は少し考えた。

それから。

「羽琉」

架が固まった。

「え?」

「羽琉でいいよ」

「……」

「命令っていったほうがいい?呼びやすい?」

羽琉が首を傾げた。

架は固まった。

羽琉が命令することなど滅多にない。

だからこそ困る。

架は人生最大級に困った顔をした。

おかみさんが笑いを堪えていた。

「ほら、呼んでみな」

「……」

「架」

羽琉が覗き込んだ。

架はしばらく黙った。

呼び慣れた名前のはずなのに。

なぜか今さら難しい。

「……羽琉」

絞り出すように、小さな声だった。

羽琉はぱっと笑顔になった。

「うん!」

その笑顔を見た瞬間。

架は何も言えなくなった。

おかみさんは満足そうに頷いた。

「決まりだね」

「……」

「返事は?」

しばらく沈黙した後。

架は観念したように息を吐いて、小さく頷いた。

羽琉が嬉しそうに笑った。

「うれしい、架!」

架は少しだけ視線を逸らした。

耳がほんのり赤かった。

その日から。

宿屋では姫様ではなく。

羽琉になった。

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