第12話 はじめてのお祭り
宿屋での暮らしにもすっかり慣れた頃だった。
羽琉は帳場に座りながら帳簿をまとめていた。
「羽琉ちゃん」
おかみさんが手を振る。
「なに?」
「祭りで歌ってくれないかい?」
羽琉が顔を上げた。
「お祭り?」
「村の収穫祭さ」
一年で一番大きな行事だった。
近隣の村からも人が集まる。
屋台が並び、夜には広場で音楽が奏でられる。
「去年までは旅の楽団を呼んでたんだけどねぇ」
おかみさんが笑う。
「今年はうちの看板娘がいるだろ?」
羽琉は少し驚いた。
「私?」
「そうだよ」
「歌っていいの?」
「むしろ歌っておくれ」
羽琉は少しだけ考えた。
それから笑う。
「うん!がんばる!」
‐
祭りの日。
村は朝から賑わっていた。
広場には屋台が並び、子供たちが走り回っている。
焼き菓子の甘い匂い。
肉を焼く香ばしい匂い。
人間界へ来てから何度も驚いてきた羽琉だったが、祭りは初めてだった。
「すごい……」
思わず呟く。
「迷子にならないでくださいね」
隣で架が言う。
「ならないよ」
「前回市場で迷いました」
「二回しか迷ってないもん」
「十分です」
そんなやり取りをしながら広場へ向かう。
やがて夕暮れ。
おかみさんが用意してくれた衣装。
そして架が整えてくれた髪。
普段より少しだけおめかしした羽琉は、どこか落ち着かない様子だった。
広場の中央に置かれた小さな舞台へ羽琉は上がった。
ざわめいていた人々が静かになる。
羽琉は深く息を吸った。
視線の先には村人たち。
宿のお客たち。
おかみさん。
そして架。
みんなが笑顔で見ていた。
羽琉はそっとハープに指を置く。
静かな音が広場に響いた。
歌が始まる。
天界の古い歌だった。
言葉の意味は誰にも分からない。
それでも。
不思議なほど心に届いた。
人々は耳を傾ける。
子供たちは走るのをやめた。
屋台の店主も手を止めた。
秋の夜空の下。
歌だけが静かに広場を満たしていく。
‐
その頃。
祭りの入り口では。
二人の旅人が村へ入ろうとしていた。
「祭りだー!」
楽しそうな声が響く。
叫んだのはルカだった。
隣を歩く零は盛大にため息を吐く。
「帰りたい」
「来たばっかだろ」
「お前が来たいって言ったんだろうが」
「祭りだぞ?」
「知ってる」
「屋台あるぞ?」
「知ってる」
「じゃあ楽しめよ」
「無理」
ルカは笑う。
零は心底面倒そうだった。
その時だった。
広場の方から歌声が聞こえてくる。
ルカが足を止めた。
零も顔を上げる。
聞き覚えがあった。
あり得ないほど。
二人は顔を見合わせる。
そして同時に広場を見る。
舞台の上。
金色の髪。
透き通るような歌声。
見間違えるはずがなかった。
零の足が止まった。
ルカがぽかんと口を開く。
「……あれ」
零の眉がぴくりと動く。
「……」
数秒の沈黙。
そして。
ルカは思い切り指を差した。
「あれ天使じゃね?」
零は何も言わなかった。
静かに額へ手を当てる。
……面倒なことになった。
そんな顔だった。




