第7話 遭難
一日が過ぎた頃には、熱はすっかり下がっていた。
窓の外では雪が静かに降り続いている。
羽琉は毛布から顔を出した。
「架」
「はい」
「治った」
架は額に手を当てた。
少し考えてから頷いた。
「熱はありませんね」
「でしょう?」
羽琉は満足そうに胸を張った。
架は思わず口元を緩めた。
「病気に勝ちましたね」
「勝った」
―
山小屋を出たのは昼頃だった。
吹雪は止んでいたが、空はまだ灰色だった。
二人は雪を踏みながら歩いた。
行き先はない。
それでも止まるわけにはいかなかった。
羽琉は何度も後ろを振り返った。
小さな山小屋は次第に見えなくなっていく。
暖炉も。
スープも。
初めて過ごした夜も。
全部そこに置いていくような気がした。
「姫様?」
隣を歩いていた架が聞いた。
羽琉は少し考えた。
「忘れないと思う、昨日のこと」
架は何も言わなかった。
けれど少しだけ優しい顔をした。
―
しばらく進んだ頃だった。
また雪が降り始めた。
最初は小さかった。
けれど次第に空が白く霞み始める。
「降ってきましたね」
「また吹雪になる?」
「わかりません」
羽琉は空を見上げた。
天界にいた頃は、雪などただの景色だった。
けれど今は違う。
寒い。
足が冷たい。
顔に当たる雪が痛い。
それでも——なぜか、嫌いではなかった。
その時だった。
木々の向こうで、人の気配がした。
架が警戒して前に出た。
雪をかき分けるように現れたのは、一人の女性だった。
背中には大きな籠。
籠の中には山菜や木の実が入っている。
雪をかき分けるように現れたのは、一人の女性だった。
背中には大きな籠。
籠の中には山菜や木の実が入っている。
笑うと目尻に優しいしわが寄る、五十代ほどの女性だった。
「おや」
そして次の瞬間。
「遭難かい?」
あまりにも自然な言葉だった。
羽琉は瞬きをした。
遭難。
羽琉には、ぴんとこない言葉だった。
代わりに架が答えた。
「そうみたいです」
女性は二人を上から下まで眺めた。
血の跡が残る羽琉の服。
雪まみれの姿。
荷物らしい荷物もない。
女性は二人をしばらく見つめた。
そして、小さく息をつく。
「こりゃ大変だ」
そして困ったように笑った。
「うちの宿屋においで」
羽琉と架は顔を見合わせた。
羽琉はまだ知らない。
その宿屋が、自分の居場所になることを。




