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天より落ちし君へ 第一部 宿屋の四季  作者: puni0023


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第3話 山小屋

どれくらい歩いただろう。


雪はやまなかった。羽琉の裸足はとうに感覚を失っていて、それでも足だけは前に出た。隣を歩く架が何度か羽琉の歩調を確かめるように、ちらりと視線を落とすのがわかった。何も言わなかったけれど。

木々の間に、小さな灯りが見えたのは、それからしばらくしてからだった。


「……姫様。」


架が先に気づいて、羽琉の歩みを手で制した。古い山小屋だった。人の気配はない。


窓から明かりが漏れているのは、誰かが置いていったランプの残り火らしかった。

中は狭かった。古い毛布が一枚、木の椅子が二つ、小さな暖炉。それだけだった。それだけで、十分だった。

架が暖炉に火を入れる間、羽琉は椅子に腰を下ろした。外套をまだ羽織ったまま、じっと炎を見ていた。背中の傷がじくじくと疼いていたが、それよりも、ようやく体が止まったことの方が不思議だった。


「手当てをさせてください。」


架が静かに言った。羽琉が答える前に、隣に膝をついていた。背中の、翼の根元。血はもう止まっていたが、架の顔は変わらず、どこか硬かった。


「……痛いですか?」


架が聞いた。


羽琉は少し考えた。


「痛いけど。」


正直に答えた。


「平気だよ。」


架を心配させないように、軽く笑ってみせた。


架は何も言わなかった。


ただ丁寧に、傷の周りを拭いていった。その手つきが、ひどく優しくて——羽琉は炎から目を離せなくなった。

しばらく、二人とも黙っていた。暖炉の火が、ぱちぱちと鳴った。


「架。」


「はい。」


「怒ってる?」


架の手が、一瞬だけ止まった。


「……何に対してですか。」


「わたしが追放されたこと。」


また、少しの沈黙。


「怒っていません。」


「じゃあ。」


羽琉は続けた。


「悲しい?」


今度の沈黙は、少し長かった。


「……処置が終わります。」


答えなかった。


羽琉は小さく笑った。答えなかったことが、答えだった。言葉より先に行動が来る人は、言葉に詰まった時だけ、黙る。


「ごめんね。」


羽琉は言った。


助けたことを後悔しているわけでもない。それでも、その言葉しか出てこなかった。

架はしばらく黙ったあと、静かに言った。


「俺が来たかったから来ました。」


それだけだった。

暖炉の火が、二人を照らしていた。外では雪が降り続けていた。羽琉は外套をきつく握った。

涙をこらえていたはずだった。


けれど一度溢れてしまえば、もう止まらなかった。


ぽたり、と床に雫が落ちる。

「……ごめん。」


自分でも何に謝っているのかわからなかった。


「架が来てくれて……うれしかったの。」


声が震える。


「安心したの。」


また涙が落ちる。


「でも……。」


言葉が続かない。


胸が苦しい。


「わたしのせいで。」


羽琉は外套を握りしめた。


「架まで巻き込むの、嫌なの……。」


涙で視界が滲む。

どうしても。


それでも。


「……帰ってって言わなきゃいけないのに。」


声が途切れる。


「わかってるのに……。」


羽琉は唇を噛んだ。


「一緒にいてほしい。」


架はしばらく何も言わなかった。


言葉が見つからなかった。


慰める言葉も。


励ます言葉も。


今の羽琉には、どれも違う気がした。

だから。


そっと羽琉を抱きしめた。

羽琉は抵抗しなかった。


ただ外套を握りしめたまま、声を殺して泣いた。

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