森の中のドワーフ村
森の街道を、エリシアたちの馬車はゆっくりと進んでいた。
幌の中で座っていたソラトが、外の景色を眺めながら言う。
「ラディを出発して三日になるのに、この森終わりませんね」
エリシアは腕を組み、淡々と答えた。
「ここはナラカム最大の森林地帯だ。
抜けるのに馬車で三、四日はかかるぞ」
ソラトは目を丸くする。
「へえ……そんなに広い森なんですか」
御者台ではアレクが手綱を握りながら、前方を見据えていた。
「ドワル樹海。昔、ドワーフが住んでいた森と言われています」
ソラトは興味深そうに身を乗り出した。
「ドワーフって、ものづくりの上手い人たちですよね」
「そうです。百年以上前は、このあたりにドワーフの村がたくさんあったそうですが……
今では村が一つ残っているだけです」
ソラトは驚いたように眉を上げる。
「ええ、なんで無くなったんですか」
アレクは少し寂しそうに答えた。
「若いドワーフたちは、ラディやブッカンみたいな大きな街に行ってしまって……
村が過疎化したのが原因です。これも時代の流れですね」
ソラトはしみじみと頷く。
「そうなんだ……
それで、残った村というのはどこにあるんですか」
アレクは遠くを見つめた。
森の街道の先――
木々の隙間から、木柵で囲まれた村がかすかに見えてきた。
「その村は……ちょうど見えてきました」
ソラトは幌内から身を乗り出し、御者台の横へ移動する。
「ほんとだ……村だ」
エリシアはソラトの表情を見て、興味津々なのを感じ取った。
「まだ時間は早いが、今日はそこで宿を取ろう」
ソラトは嬉しそうに笑った。
「やった……!」
森の旅が続く中、
ようやく人の気配のある場所が見えてきた。
馬車は森の街道を進み、
やがて木柵で囲まれた村の門の近くまで来た。
村の外側には――
光のカーテンのようなものが、
ふわりと揺れながら村全体を包んでいる。
ソラトは身を乗り出し、目を丸くした。
「この村……結界張ってますよ」
アレクは手綱を握りながら頷く。
「やはり森の中ですから魔物もよく出るのでしょう。
木柵と結界の二段構えですね」
村の中央付近には、
木製の塔が一本、空へ向かって伸びていた。
ソラトは塔のてっぺんを見つめる。
「あの塔のてっぺんが結界の発生地点みたいですね。
魔導具で結界を張ってるのかな」
馬車が門へ近づくと、
木柵の前に二人の門番が立っているのが見えた。
しかし――
門番は馬車を止めることなく、
そのまま通過を許した。
ソラトは不思議そうに振り返る。
「あれ? 門番いるのに通行証の確認とか無しですか」
アレクは淡々と答えた。
「あの門番は魔物を見張っているだけです。
通行証が必要なのは行政院のある大きな街だけですから」
ソラトは思い返す。
「ですよね……今まで行った村で通行証の確認なんてしてませんよね」
アレクは手綱を軽く引きながら続けた。
「大きな街は人が多いので治安維持のためと、
行政院が税の管理をするので入城許可が必要なんです」
ソラトは感心したように頷く。
「なるほどね……」
今まで通行証というものを深く考えたことがなかった。
さすがアレクさんは物知りだ、とソラトは思う。
馬車は村の入り口近くにある馬車止め場へ向かっていった。
森の旅の途中で見つけた、
静かなドワーフの村――
その結界は、森の中の暮らしを守る光の壁だった。
アレクが馬を馬屋へ預けに行っている間、
エリシア、ソラト、ミリィの三人は木柵の横で待っていた。
ソラトは、近くで作業員が木柵の修理をしているのに気づき、
興味深そうにじっと見つめる。
木柵は、均一な木の板を何枚も重ね合わせて作られていた。
作業員は傷んだ部分の板だけを外し、
同じ形・同じ大きさの新しい板をはめ込んでいく。
ソラトはその作業を見て、すぐに構造を理解した。
「すごいですね、この木柵。
傷んだところだけ簡単に直せる仕組みですよ」
さらにソラトは目を輝かせて言う。
「しかも、内側から簡単に取り外しができるのに
外側からは外せない構造になってます」
エリシアも木柵に目を向ける。
「ただの木柵なのに……はめ込む板の加工が随分と丁寧だな」
板は角が落とされ、表面はつるつるに仕上げられている。
どれも寸分違わぬ形状だ。
「それに、すべて同じ大きさ・形で統一しているのか……」
その時、アレクが戻ってきた。
ミリィが手を振る。
「アレク、こっちこっち!」
「お待たせしました」
アレクは少し興奮気味だ。
「いやあ、ここの馬車止め場はすごく便利でしたよ。
機能的というか……馬屋も設備が充実してましたし」
ソラトは村を見渡す。
建物の数は多くないが、
広い通りを挟んで均一に並び、
どの建物にも金属パイプが伸びて水を供給している。
「なんだか建物の配置とかいろいろ……こだわりを感じますね。
作りもすごく丁寧だし」
アレクは頷く。
「やはりドワーフだからですかね」
その時、ミリィはエリシアの手をぐいっと引っ張った。
「はやくっ、お店っ、お店っ」
エリシアは苦笑しながら周囲を見渡し、
短い商店街の並びを指さした。
「では、あそこの商店街に行ってみるか」
四人は通りへ向かって歩き出す。
村は森の中にあるにもかかわらず、
旅人や冒険者の姿がちらほら見える。
ソラトは通りを歩く装備の人々を見て言った。
「……あの装備をしてる人たちは冒険者かな」
アレクは頷く。
「おそらくそうですね。
ドワーフ村の防具は防御力が高いと冒険者の間で噂ですから」
ソラトは興味深そうに目を丸くする。
「へえ、じゃあみんな防具を買いに……
防御力が高いって、そんなに違うんですか」
アレクは少し声を落として説明した。
「ドワーフが作った木製の鎧は、鉄の鎧と同じ強度があるそうです。
仕組みはよく分からないのですが……
ドワーフが作ると“不思議な力が宿る”のだとか」
ソラトは思わず感心する。
「なるほど……軽くて丈夫な防具ということですね」
「そういうことです。さすがソラト殿。
なのでここの防具は女性冒険者に人気なんですよ」
ソラトは歩きながら、
胸元のハート型のペンダントにそっと触れた。
母が作ったアクセサリー。
それもまた、不思議な力で防御力が上がる。
(……母さんも小柄だし、もしかするとドワーフの血が流れてるのかな
もしそうなら……僕にもドワーフの血が)
そう思うと、
この村の空気が急に身近に感じられた。
その時――
ボォォォォン……
村全体が震えるような、
低く大きな音が鳴り響いた。
ソラトは肩をびくりと跳ねさせる。
「なんです、この音は……」
アレクは耳を澄ませながら西の方角を見る。
「さて何でしょうか……
西の木柵から聞こえてきますね」
エリシアは周囲の動きを素早く確認した。
武器を手にした村人が数人、
西の木柵へ向かって走っていく。
「……魔物が現れた合図ではないか」
アレクもその様子を見て頷く。
「そのようですね」
エリシアは短く言った。
「私たちもちょっと様子を見に行くか」
アレクは手を軽く握りしめ、慎重な声で言った。
「そうですね……ちょっと気になりますね」
ソラトとミリィは、逆に目を輝かせていた。
「どんな魔物なんだろう」
「魔物襲撃、わくわくっ」
エリシアは二人の反応に軽くため息をつきつつも、
歩き出す。
「はしゃぐなよ。行くぞ」
四人は西の木柵へ向かって駆け出した。
森の静かな村に響く警鐘。
その先で何が起きているのか――
確かめるために。




