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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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森の泉と隠された小屋

ラディの街が遠ざかり、

馬車は森の中を抜ける街道へと入っていった。


街道は最低限の整備こそされているものの、

ところどころ地面が波打ち、車輪が跳ねるたびに軋(きし)む音がした。


御者台(ぎょしゃだい)のアレクは、手綱を握りながら空を見上げる。

太陽はすでに真上近く――昼時だ。


「そろそろ馬を休ませないと」


アレクが言うと、荷台のほうからエリシアの声が返る。


「私たちもお昼にするか」


そう言って、エリシアはソラトへ視線を向けた。


「ソラト。このあたりに川はないか見てくれ」


「うん、ちょっと待って」


ソラトは目を閉じ、周囲の“水”の気配を探る。

水魔法で感じ取る水の流れは、森の中でも確かな指標になる。


しばらくして、ソラトは目を開いた。


「川じゃないけど……この先の右側に泉があります」


「泉か。十分だ」


アレクは前方を注意深く見つめる。

すると、右側に草が生い茂った脇道が現れた。


入口は草が腰の高さまで伸び、

長らく使われていないことが一目で分かる。


「団長殿、あの道ではないですか」


エリシアは御者台に顔を出し、前方を確認した。


「通れそうか」


「はい。馬車でも問題ないと思います」


「なら行こう」


アレクは手綱を軽く引き、馬車を脇道へと入れた。



脇道は細いが、馬車が通れないほどではない。

草を踏み分けながら進むと、前方がふっと開けた。


そこには――

木々に囲まれた小さな泉があった。


泉の水面は驚くほど澄んでいて、

底の丸い石までくっきりと見える。


馬車を停めるにはちょうどいい広さもある。


アレクが馬車を泉の横に停めると、

エリシアは泉へ歩み寄り、静かに水面を覗き込んだ。


「きれいな湧き水だな。ここなら休憩するのにちょうどいい」


ソラトも覗き込み、目を丸くする。


「ほんとだ……すごく透明」


ミリィは泉の縁にしゃがみ込み、

水面に映る自分の顔を覗いて遊び始めた。


アレクは馬の首を軽く撫で、

桶に泉の水を汲んで与える。


「ほら、飲んでいいぞ」


馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、

冷たい湧き水を勢いよく飲み始めた。


森の静けさと、泉の澄んだ水音。

ラディの騒がしさが嘘のように、

穏やかな時間が流れ始めていた。




昼食はラディで買った包み飯。

木陰に座り、皆で包みを開く。


ミリィは早くも頬をふくらませて食べ始め、

アレクは馬の様子を確認しながらゆっくりと口に運ぶ。


エリシアは包み飯を一口かじり、

泉のきらめきを眺めながら言った。


「欠片はこれで五つ集まったな。思いのほか順調に集まっている」


ソラトは頷きながら、口元を拭った。


「エリシアさんの“八英雄がそれぞれ持ち帰って隠した説”、

 見事に正解でしたね」


エリシアはソラトを見て、わずかに笑みを浮かべる。


「まあ、推測の域を出なかったが……当たってよかった」


アレクは包み飯を置き、指を折って数えた。


「残りはあと三つですか」


「そうだ」


エリシアは泉の水面を見ながら続けた。


「それで次の目的地はモルトア村。

 以前にも話したが、ここに住むエルフが、

 おそらく八英雄ヴァレリア本人じゃないかと思うんだ」


ソラトは驚いたように目を丸くする。


「えっ、それじゃあ……そのエルフさんに欠片のことを聞けば、

 謎は全部解決するんじゃないですか」


エリシアは首を横に振った。


「いや、おそらく無理だろう。

 エルフの記憶は三百年くらい前までしか残らないらしい。

 自分が魔王討伐に加わっていたことすら、憶えていないだろうな」


ソラトは手を止め、ぽかんとした顔になる。


「じゃあエルフって……自分がいつ生まれたとかも分からないんですか」


「まあ、そうだろうな」


エリシアはソラトへ視線を向ける。


「でも、それに関しては人間も同じようなものだろう。

 ソラトは自分が生まれた時を、親から聞いて知っているだけで、

 憶えているわけではないだろ」


ソラトは言われてみれば、と頷いた。


「……確かに。そう言われると、なるほどですね」



昼食を終えかけた頃、

アレクは包み飯を置きながら言った。


「でも次はすぐ見つかりそうですね。

 少なくとも、魔物が飲み込んでたりは無いと思いますし」


エリシアは軽く頷く。


「ああ。防護障壁は厄介だしな。

 あれを相手にするのは、もう十分だ」


ソラトはふと、イーラ島の戦いを思い出した。


「そういえばアレクさんの魔導具の剣って火属性なのに、

 水魔法使ってましたよね。あれって……どういう仕組みなんですか?」


アレクは少し笑い、丁寧に説明を始めた。


「属性の魔法剣を、自分の持つ剣に“重ねて出す”魔術です。

 実体の剣が芯になるので、魔力消費が少なくて済むんですよ。

 魔法剣士はみな、この魔術を使います」


ソラトは感心したように頷く。


「なるほど……そうだったんだ。

 アレクさん、その魔術式は――」


「はい、教えましょうかソラト殿」


アレクは近くに落ちていた木の枝を拾い、

泉のそばの柔らかい地面に魔術式を書き始めた。


「……属性魔法剣とそんなに変わらないのですが、

 この部分が“実体剣を芯にする”ための式です」


ソラトは身を乗り出して覗き込む。


「ふむふむ……」


アレクはさらに枝を動かし、式の流れを示す。


「で、剣に魔力を流して、全体から均一に――」


「はいはい、そういうことですね」


ソラトはすでに理解したように頷く。


アレクは補足を思い出したように言った。


「あっ、でも魔導具の剣は注意が必要です。

 柄のフェルメタルに魔力を当てないようにしないと、

 そっちが発動してしまうので……」


ソラトは「あー」と苦笑した。


「やっぱりそうなりますよね」


二人が魔術式を囲んで話している間、

エリシアとミリィは食事を終え、泉の周りを散歩し始めていた。


森の静けさと泉の澄んだ水音が、

旅の途中のひとときを穏やかに満たしていた。



エリシアとミリィは、泉の縁をぐるりと回り込み、

反対側へと歩いていった。


森の木々が影を落とし、

泉の水面は静かに揺れている。


その時、ミリィが何かを見つけて声を上げた。


「おっ、なんだあれ」


泉の縁から、

人の腕ほどの太さのパイプが一本、

地面を這うように伸びていた。


パイプは草の中をくぐり抜け、

森の奥へと続いている。


エリシアは近づき、手で触れてみた。


「……金属製のパイプだな」


冷たく、しっかりとした造り。

自然物ではない。


エリシアはパイプの延びる先へ視線を向ける。


森の入口では草が茂って見えなくなっているが、

その奥――木々の隙間から、

小屋のような影がかすかに見えた。


(……森の奥に誰か住んでいるのか)


よく見ると、

草に覆われて分かりづらいが、

人が通れるほどの細い道が続いている。


エリシアは迷わず、その小道へ足を踏み入れた。


「ミリィ、行ってみよう」


「うんっ」


ミリィも楽しそうに後ろからついていく。



草をかき分けながら進むと、

泉からはもうかなり離れていた。


やがて――

木々が途切れ、視界がぱっと開ける。


そこには、

森を切り開いて建てられた木造の小屋が一軒、

ぽつんと立っていた。


パイプはその小屋の壁へと続き、

そのまま内部へと引き込まれている。


エリシアは眉をひそめた。


「こんなところに家が……誰か住んでいるのか」


煙突からは、

ほんのわずかに煙が上がっている。


生活の気配がある。


さらに、

小屋の入り口は開け放たれており、

中には人影が動いているのが見えた。


エリシアは、慎重に小屋へ向かって歩き出した。


ミリィもその後ろに続く。


静かな森の中で、その小屋だけが“生活の音”を持っていた。

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