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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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8/10

旅立ちの予兆

夕食を終えた食卓には、温かい湯気の名残と、三人の声がゆっくりと溶けていくような静けさが漂っていた。


興奮の余韻を隠しきれない祖父が、身を乗り出す。


「いやあ、攻撃魔法はすごかったのお。だがソラト、お前が本気を出したら、あんなもんじゃないんじゃろ」


ソラトは素直にうなずいた。


「うん。もっと魔力を込めると、まだまだ強力になる感じがするよ」


「その“魔力を込める”ってのは、どんな感じなんじゃ」


問いが終わるより早く、ソラトは答えていた。


「イメージだよ。魔力の流れを頭の中で描くんだ。川みたいに、どこからどこへ流すかをはっきりさせる感じ」


「なるほどのう。考えたら実際に現れる……そういうもんか」


「うん。でも魔法はね、それぞれ魔術式があって、それを頭の中で組み上げないと発動しないんだよ」


祖父は懐かしそうに笑う。


「それは昔、わしも魔導書に書いてある魔術式を頭の中で描いたり、地面に書いたり、詠唱も試したりしたんじゃ。

……まあ、発動はせんかったがのう」


肩をすくめる祖父に、ソラトも父も思わず笑った。


「そりゃ魔力がないから当たり前なんじゃが、試さずにはおれんでのう」


その言葉に、父の手が一瞬だけ止まった。

自分も同じことをした記憶が、胸の奥で静かに揺れたのだ。


「……そういえば、ソラトは頭の中で思い浮かべるだけで魔法を発動させていたな」


父の声には、驚きと誇らしさ、そしてほんのわずかな距離が混じっていた。


「そうだけど……もしかして普通は式を書いたり、詠唱したりするのか」


「ああ、その通りだ。普通の魔法使いは、頭で描く魔術式を補助するために詠唱を唱えるんだ」


父は少し間を置き、ソラトを見つめる。


「だが、お前は詠唱なしで魔法を発動している。これは……かなりの魔法センスだ」


祖父が目を丸くし、父は信じられないような、しかし誇らしげな表情を浮かべた。


ソラトの胸に、ふと疑問が浮かぶ。


「でも……なんでぼくに魔力があるんだろう。それに、ハーフエルフっていったい何なんだ……」


父は静かに答えた。


「ハーフエルフというのはな、遠い昔にエルフと交わった人間の血が、何世代も経って突然現れる現象だと言われている。

ただ……」


父はソラトの目をまっすぐに見つめる。


「おれは、お前を見ていて思ったんだが……ただ“魔力を持って生まれた人間”なんだと感じる」


続けて、穏やかな声で言う。


「それに、ハーフエルフはそんなに特別な存在じゃないぞ。街に行けば大勢いる。

グランツの街なんて、十人に一人はハーフエルフだと聞いたことがある」


祖父も頷く。


「そうじゃそうじゃ。わしがグランツに行ったときも、よう見かけたわ。

ソラトよりもっと耳がとんがってて、見てすぐ分かったぞ」


祖父は自分の耳をつまんで誇張してみせ、ソラトは思わず笑った。


「そうなんだ。この村にいないから珍しいのかと思ったよ」


父は肩をすくめる。


「ソラトが生まれる前は、このリベッタ村にもハーフエルフはたまに誕生してたよ。

でも大人になると、みんな街に行ってしまうんだ」


「ええ、どうして」


「魔法の勉強をしに行く者、魔導具の工房に働きに行く者……理由はいろいろさ。

リベッタ村は結界に守られた平和な村だが、逆に退屈でもあるんだろう」


ソラトはさらに問いを重ねる。


「魔法の勉強って学校でもあるの? それにその魔導具って…」


「グランツには魔法の学校があるぞ。ハーフエルフが魔法の基礎を学んでいる。

いくら魔力があっても、魔導書を読んでいきなり魔法が使えるわけじゃないからな」


父はソラトを見つめ、静かに言った。


「だからお前は規格外の魔法使いだよ」


呼吸するように魔法を使っていた自分が“普通ではない”と知り、ソラトの胸がふわりと揺れた。


「それで、その魔導具って何?」


父はさらに、説明を続ける。


「魔導具は魔力で動く道具のことだ。昔は剣や盾に魔力を込めると、その武器に宿った魔法が発動したんだ」


「それって……魔法使い用の武器なの?」


「昔はそうだった。

でもな、百年ほど前にグランツの工房で“魔石”を使う魔導具が作られてから、少し変わったんだ」


「魔石……?」


「魔力がぎゅっと詰まった石だ。

これを道具にセットするだけで、魔法が使えない人間でも魔法の効果を扱える。

今じゃ明かりをつけたり、物を温めたり、部屋をきれいにしたり……服を洗う魔導具まである」


ソラトの目が輝く。


「そんな便利なのがあるんだ。でも、この村では見たことないよね」


「そりゃそうだ。魔石は魔物を倒すと出てくるんだ。

リベッタ村には魔物がいないだろ。結界のおかげでな」


「なるほど、そういうことか」


ソラトは視線を落とし、胸の奥で何かが動き始めるのを感じた。


――グランツ。

――魔法の学校。

――魔導具の工房。

――そして、地下室で見つけたあの箱。


古びた木箱の中にあった“欠片”。

皮紙に書かれていた二つの文字。


グランツ

勇者


胸の奥が熱くなる。

座っているのが落ち着かない。

何かに呼ばれているような感覚が、静かに全身を満たしていく。


気づけば、ソラトは拳をぎゅっと握りしめていた。


その様子を見て、父は静かに目を細める。

ソラトの心の動きを、まるで手に取るように察したのだ。


「……ソラト。

お前、グランツに行ってみるか」


その声は驚かせるためでも、背中を押すためでもない。

ただ、芽生えた気持ちをそっと受け止めるような、温かい響きだった。



そして祖父はいつの間にか椅子に深くもたれ、静かに寝息を立てていた。

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