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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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異国楼の夜と討伐の条件

エリシアとアレクが連れてこられたのは、

繁華街の中でもひときわ目立つ、異国風の建物だった。


看板には大きく――


《異国楼》


と書かれている。


店の扉をくぐると、薄暗い照明と、

高そうなソファ、磨かれたテーブルが並ぶ空間が広がっていた。

香のような甘い匂いが漂い、どこか異国の夜を思わせる。


領主は入るなり、身なりの整った案内係に向かって偉そうに言った。


「来てやったぞ。いつもの席だ」


案内係は慣れているのか、微笑みを崩さなかった。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


(……“来てやった”って何だ)

エリシアは心の中で呆れながらも、表情には出さない。


四人がソファに腰を下ろすと、

異国の衣装をまとった女性が四人、静かに現れた。


彼女たちは慣れた手つきでテーブルに酒の準備を始める。


領主はニコニコしながら、

その中の一人に声をかけた。


「チャナ、元気にしてたか。久しぶりだな」


チャナと呼ばれた女性は、片言で言い返す。


「なに言ってる。三日前に来てるじゃないか、麦酒野郎」


「そうだったかな、わはははっ!」


領主はまるで褒められたかのように嬉しそうだ。


(……あれが“お気に入り”の女か。

 しかも“麦酒野郎”と呼ばれて喜んでいるとは……)


エリシアは冷静に観察しながら、

女給たちの手元へ視線を移した。


グラスに氷を入れ、

透明な蒸留酒を少しだけ注ぎ、

そこへたっぷりの水を加えている。


(……水割りか。しかも領主の分はかなり薄いな。

 酒が弱いのを知っていて、気を利かせているのか)


エリシアの前にも同じような酒が置かれた。


一口飲む。


(……まずくはないが、薄い)


エリシアはグラスを飲み干し、

女給に静かに差し出した。


「次は、氷と酒だけで頼む」


女給は一瞬目を丸くし、

次の瞬間、ぽつりとつぶやいた。


「……カッコいい」


憧れのまなざしでエリシアを見つめてくる。


エリシアはその視線に気づき、

心の中で深いため息をついた。


(……なんで私が、こんなところに来ないといけないんだ)



アレクは隣に座った異国の女給に、控えめに声をかけた。


「自分は下戸なんで……氷と水だけでお願いします」


女給はアレクを見て、信じられないという顔をした。


「お兄さん、こんないい体してるのにお酒ダメなのか?」


そう言うと、女給はアレクの腕にそっと触れた。


その瞬間――女給の目が大きく見開かれる。


「お兄さん……すごい筋肉! なにこれ!」


驚きの声とともに、女給はアレクの腕から肩、胸元へと触れ始めた。


アレクは顔を真っ赤にし、固まってしまう。


(……やめてくれ……!)

心の中で叫んでいるのが、表情だけで分かる。


一方レオナードは、隣の女給が楽しげに話しかけているにもかかわらず、

どこか浮かない顔で、曖昧な返事を繰り返していた。


その様子に気づいた領主が、突然怒鳴る。


「こらっレオナードっ!

 せっかく遊びに来たんだから楽しまんかいっ!

 金がもったいないだろうがっ!」


店内に響く大声。

しかし――店の者は誰一人として反応しない。


(……いつもこうなんだな)

エリシアは冷静にそう判断した。


レオナードは困ったように領主へ言う。


「あのう、おじさん……エリシア団長に例の討伐の話をしないと……」


その言葉に、領主はエリシアの方を見る。


そこには――

不機嫌そうな顔で、酒を水で割らずに飲むエリシアの姿があった。


グラスを傾けるたび、鋭い眼光がちらりと光る。


(……怖っ)

領主は一瞬たじろぎ、すぐに視線をそらした。


「ワシはいま忙しいからな。レオナード、お前が行って話してこいっ」


そう言うと、領主は再びチャナに向き直り、

ニコニコと上機嫌で話し始めた。


レオナードは、

(……またか……)

という顔で深いため息をつき、

エリシアの隣へと歩いていった。



エリシアの隣に座っていた女給へ、レオナードは丁寧に声をかけた。


「すみません、少し席を替わってもらえますか」


女給は微笑んで席を立ち、レオナードはエリシアの隣へ腰を下ろした。


「エリシア騎士団長、少しお話いいですか」


エリシアは無言のまま、ゆっくりとレオナードへ視線を向けた。


その表情は――

明らかに機嫌が悪い。


(……怖い……)

レオナードは喉を鳴らしながら、話を続けるしかなかった。


「エリシア団長は……イーラ島に現れた新種の魔物はご存じですか」


その瞬間、エリシアは悟った。


(……船の問題は、これで解決だな)


だが表情は変えず、淡々と返す。


「昨日、港の食事処の主人から話は聞いたが……それがどうかしましたか」


レオナードは、回りくどい言い方が思いつかなかった。


(……もう単刀直入に言うしかない)


覚悟を決めて口を開く。


「エリシア騎士団長に……討伐をお願いしたいのです」


エリシアは心の中で、

(よし、船の問題は解決)

と静かに頷いた。


だが――

こちらから条件を出しやすくするため、すぐには返事をしない。


エリシアはグラスの酒を飲み干し、

ボトルから自分で注ぎ足した。


(……必要な条件は……)


飲みながら考える。


(ソラトとミリィの戦いは見られるとまずい。

 だから討伐は私たちだけで行く。

 あとは……特にないな)


しかし、黙って考え込むエリシアを見て、

レオナードは完全に勘違いした。


(……怒ってる!?)


レオナードは慌てて言葉を重ねる。


「す、すいません! 旅行中なのにこんなこと頼んだりして……

 あの、無理だったら……」


エリシアは慌てて返事をした。


「一つだけ条件があります」


レオナードは背筋を伸ばす。


「討伐は私たちだけで行ってもよければ、引き受けます」


レオナードは安堵の息をつき、深く頷いた。


「わかりました。では……お願いします」


その瞬間、エリシアのグラスの中で氷がカランと鳴った。


(……これで島へ渡れる)


エリシアはグラスを置き、レオナードに向き直った。


「私たちは明日すぐにでも島に渡りますので、船の準備はいけますか」


レオナードは姿勢を正し、即答する。


「はい、午前中には必ず」


「では、私たちは明日に備えて準備しますので……今日はこれにて失礼します」


エリシアは立ち上がり、アレクの方へ視線を向けた。


そこには――

数人の女給に囲まれ、体を触られまくって固まっているアレクの姿があった。


「お兄さん騎士なんだって?」

「すごく鍛えてる」

「たくましいねぇ」


アレクは真っ赤になり、石像のように動かない。


エリシアは淡々と言った。


「アレク、私は帰るが……ゆっくりしていってもかまわないぞ」


「い、いえっ! 帰ります!」


アレクは慌てて立ち上がり、女給たちから逃げるようにエリシアの後ろへ回った。


エリシアは領主へ向き直る。


「では領主様、明日の準備をしますので、私たちはこれにて失礼します」


領主はチャナといちゃつきながら、手を振った。


「なんだ、もう帰るのか。じゃあ気をつけてな」


あまりにもあっさりした返事。


(……ここに来る“口実”が欲しかっただけか)

エリシアはそう思いながら店を出た。




店の奥では、領主がレオナードに声をかけていた。


「おい、レオナード。どうだった」


レオナードは姿勢を正す。


「はい。自分たちだけで討伐に行く条件で、引き受けてくれました」


領主は鼻で笑う。


「あたりまえだ。初めからあいつらだけにやらせるつもりだ……」


そう言いかけて、ふと表情を変えた。


「……いや、待てよ。なんで“自分たちだけで”なんだ……?

 そうか」


レオナードは首を傾げる。


「おじさん、どうしたの」


領主は怒鳴った。


「お前はバカか!

 なんであいつらが“自分たちだけで行く”と言ったか分からんのか!」


レオナードは恐る恐る答える。


「……俺たちがいると足手まといだからじゃないのかな」


「だからお前はバカなんだよ!

 あいつらは、誰も見てないのをいいことに……

 島の魔石を持って帰るつもりなんだよ!」


(……そんな発想が出てくるのはおじさんだけだよ)

レオナードは心の中で思ったが、怒鳴られるのが分かっているので口には出さない。


「そうだね、おじさん」


レオナードは立ち上がる。


「じゃあおじさん、俺も明日早いから今日は帰るよ」


しかし領主はまた怒鳴った。


「バカかお前は!

 ワシを一人にするつもりかっ!

 もしワシになんかあったらどうするんだ!

 明日のことは明日考えろ! 早く座れっ!」


レオナードは、

(……絶対こう言われると思った……)

と心の中でため息をつきながら、しぶしぶ席に戻った。

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