領主の誘いとアレクの受難
麦酒を半分ほど飲んだ領主の顔は、すでに真っ赤になっていた。
そして――始まった。
「ワシはなぁ、若いころは苦労したんだ。
貧乏でな、麦酒一杯飲むのがやっとで……
それでも毎日働いて働いて、ようやく今の地位を掴んだんだ!」
(……世襲貴族が何を言っているんだ)
レオナードは、またかという顔で天井を見上げた。
エリシアは黙って聞いているような表情を保っていたが、
頭の中ではまったく別のことを考えていた。
(……島へ渡る手段はどうするか。船は欠航中……となると別の方法を探す必要があるな)
ソラトとミリィは、そんな大人たちの事情など気にも留めず、
魔術で劇的に美味しくなった肉に夢中だった。
「ミリィ、これ焼けたよ」
「んまっ! んまっ!」
鉄板の上だけ、平和そのものだ。
一方アレクは――
領主の話に、完璧な相槌と感嘆を返し続けていた。
「へえ、それは大変でしたね」
「なるほど、努力されたんですね」
「それはすごい武勇伝です」
その受け答えがあまりにも見事で、
領主はどんどん気分を良くし、話は止まらなくなる。
「ワシは若いころ貧乏だったが、頑張ってここまで来たんだ!」
領主の話は、気付けば同じ武勇伝を何度もなぞるだけになっていた。
だがアレクは微笑みながら言った。
「素晴らしいお話です。自分も見習わないといけませんね」
領主は満足げに頷いた。
「お前、思ったより悪くないぞ。気に入った!」
(……やっぱりアレクはこういうタイプを転がすのが上手いな)
エリシアはそう思いながら、麦酒を一口飲んだ。
やがて、食べ放題の制限時間が終わった。
ミリィはお腹をさすりながら言う。
「お腹いっぱい……ミリィ満足。あと帰りに甘い物買ってく」
ソラトも苦笑しながら伸びをした。
「もうしばらく肉は食べなくてもいいかも」
領主は満足げに胸を張る。
「どうだったお前たち。珍しい東の国の料理は堪能できたか。
このあとワシは上等酒場に行くんだが、エリシア君も来たまえ」
エリシアは即座に断ろうとした。
「いえ、私はこれで――」
しかし領主は不機嫌そうに眉をひそめる。
「まあそう言うな。お前たち庶民が行けるようなところじゃないからな。
これも経験だっ。わかったな」
(……面倒だが、これ以上断ると厄介だな)
エリシアは判断し、短く答えた。
「では……まあ」
領主は満足げに頷き、次にアレクへ向き直る。
「アレク君、お前も来たまえ」
アレクは困ったように笑い、言い訳を探す。
「いえ、自分はこの子たちを連れて帰らないといけませんので」
ミリィは胸を張って言った。
「パパ、ミリィは一人で帰れる!」
ソラトも続く。
「僕もいるから大丈夫だよ、おじさん」
(……余計なことを……!)
アレクは内心で頭を抱えた。
「それに自分は下戸ですし……」
領主は笑い飛ばす。
「アレク君は水でも飲んでいればいい。さあ行くぞ!」
そう言うと、アレクの腕をつかみ、半ば強引に連れていった。
アレクは振り返りながら、
(……助けてくれ……)
という目をエリシアに向けたが、エリシアはそっと目をそらした。
ソラトとミリィは、
「甘いもの何買う?」
「ミリィはケーキ!」
と楽しそうに相談しながら、夜の繁華街を帰っていった。




