領主の企みとイーラ島の謎
港町ラディの夜。
行政院が閉院すると、建物の一室だけに灯りが残る。
そこは財務課――
そして帳簿をつけているのは、領主本人だった。
老人領主は分厚い帳簿を前に、
鼻歌まじりで数字を書き込んでいる。
(入域許可の手数料は……もう少し上げても大丈夫そうだな)
満足げに頷き、次の帳簿を開く。
今度は宿舎の収入だ。
(どれどれ……収入はまずまずだな。
有料にしてから利用者が減ってるみたいだが……
そのほうが宿舎も傷まずに済むってことだ。
ワシのやり方に間違いはないわ)
自分の判断に酔いしれたように、
領主はにやりと笑う。
次に、利用者名簿を手に取った。
(今回はどんなやつが宿舎を利用してるのか……)
指で名前を追っていく。
ブッカン、ボウマナの職員。
マッカリナからの――
(ん? 王都からも来てるのか……
えーと、王都騎士団長エリシア・フェルノート……)
領主の手が止まった。
(王都の騎士団長が何をしに来てるんだ?)
さらに名簿を読み進める。
(あと連れが三人……子供もいるのか。
どうせ仕事にかこつけて旅行でもしてるんだろ。
せこい奴め)
鼻で笑いながらも、
領主の目は別の光を帯び始める。
(……でも王都の騎士団長か。
それなりに腕はあるだろうから……
これは利用しない手はないな)
領主は名簿を閉じ、
薄く笑った。
翌朝。
ラディの領主は、まだ朝靄の残る時間に騎士団駐屯地へ姿を見せた。
訓練場では、若い騎士たちが掛け声を上げながら早朝訓練をしている。
その活気ある空気の中に、領主の姿だけが妙に浮いていた。
領主は近くにいた騎士に声をかける。
「おい、君」
騎士は振り向き、すぐに領主だと気づいて背筋を伸ばした。
「あっ、これは領主様。おはようございます」
「ちょっとここに、騎士団長を連れてきたまえ」
「はい、少々お待ちください!」
騎士は駆け足で団長を探しに行った。
領主はその間、訓練場を眺めながら心の中で毒づく。
(こいつら、ちゃんと訓練してるのか?
イーラ島に出た魔物も倒せないようだから、
訓練をもっと厳しくする必要があるな)
(若僧はどいつもこいつも、すぐサボることばかり考える……
困ったもんだ)
その思考は、
昨日行政院で見せた“職員への怒鳴り”と同じ質のものだった。
やがて、騎士団長が豊かな腹を抱え、息を切らしながら現れた。
「どうしました、おじさん」
領主は満足げに頷き、声を潜める。
「おお、レオナード。いい事を思いついたぞ。
団長室で話そう」
「わかりました」
二人は並んで建物の中へ入っていく。
その領主の背中には、
“何かを企んでいる”気配が濃く漂っていた。
団長室に入ると、
領主は当然のようにソファへ腰を下ろし、
レオナード団長にも座るよう顎で示した。
レオナードは向かいのソファに腰を下ろす。
領主は開口一番、こう切り出した。
「レオナード、いま宿舎に王都マッカリナの騎士団長がいるみたいだが、知ってたか」
レオナードは目を瞬かせる。
「初耳ですね。
でも、おじさんは何でそんなこと知ってるんですか」
領主は得意げに鼻を鳴らす。
「昨日、帳簿をつけてた時に宿舎の名簿に書いてあったんだよ」
「へえ、そうなんですか……
でも、それがどうかしたんですか?」
その瞬間、領主の顔が怒りで真っ赤になった。
「だからお前は頭が悪いって言われるんだよっ!」
レオナードは慌てて両手を上げ、なだめるように言う。
「ごめんよおじさん、わからないから……
どういうことか説明してよ」
領主はさらに怒鳴る。
「ホントお前はバカだな!
子供の時からお前は、頭の悪さ屁の臭さなんだよ!」
レオナードは、
“嵐が過ぎるのを待つしかない”
という表情で黙って耐えていた。
やがて領主は落ち着き、
ふんと鼻を鳴らして言った。
「今からお前にも分かるように説明してやるから、よく聞いておけ」
レオナードは素直に頷く。
「わかったよおじさん。よろしく頼むよ」
領主は身を乗り出し、
口元にいやらしい笑みを浮かべた。
エリシアたち四人は、ラディの図書館にいた。
イーラ島――
そして八英雄の一人、剣士セリオス・グランブレードについて
詳しく調べるためだった。
エリシア、ソラト、アレクは
塵の匂いがする古い歴史書や地誌を広げ、
手がかりを探している。
ミリィはその横で、
分厚い魔物図鑑をおとなしく見ていた。
アレクが一冊の歴史書を読みながら声を上げた。
「英雄セリオスはイーラ島に、
剣の修業を兼ねて魔物退治に行ってたみたいですね」
エリシアとソラトはアレクに注目する。
アレクの手元の本は、ラディの歴史書だった。
「五百年前、イーラ島は“魔物の島”だったらしいです。
そこにセリオスは単身で渡り、
生涯をかけて魔物を駆逐したそうです」
ソラトは息をのむ。
「一生をかけて魔物を駆逐……」
アレクはさらに読み進める。
「それ以降、イーラ島はセリオスの眠る聖地として禁足地となり、
上陸する者はいなかったのですが
近年になって、セリオスが討伐した魔物の魔石が
そのまま残っていることが分かり、
今の領主が魔石の採取を始めたみたいです」
エリシアは眉を寄せる。
「いったいどれくらいの魔石があるんだ」
アレクはページをめくりながら答える。
「そのことも書いてあります。
魔石はほぼ土に埋もれていて、
地面を掘れば、いくらでも魔石が出るらしいのです。
そして驚くべきは――
緑の魔石が多く出てくるそうです」
ソラトは思わず声を上げた。
「ええっ……緑の魔石って、
あの人面犬くらい強い魔物ってことですよね」
エリシアは静かに頷く。
「やはり八英雄と名を残す者は伊達ではないということだな」
アレクは本を閉じながら言う。
「でも……欠片のヒントになるようなことは
何も書いてませんね」
エリシアは昨日の店主の言葉を思い出す。
「島に出た“見たことのない狂暴な魔物”……
あれが気になる」
その言葉を聞いたソラトは、
ふとある可能性に気づいた。
「もしかして……
欠片を飲み込んだ魔物とか」
エリシアはゆっくりと頷いた。
「その可能性は高い」
領主はソファにふんぞり返り、
レオナードに向かって得意げに言い放った。
「……イーラ島に出た魔物は、
王都の騎士団長に退治させたらいいってことだよ。
わかったか」
レオナードは眉をひそめる。
「でもそんな依頼、受けてくれるかどうかだよ。
俺だったら旅行中にそんな危ない事なんて絶対しないよ」
領主は鼻で笑い、怒りを込めて言う。
「昔だったら貴族命令でやらせられたのに、
王が貴族と自らの絶対権を解いちまったからな。
ホント、バカな王だっ」
レオナードは黙って領主の様子を見ている。
余計なことを言えば怒鳴られるのは分かっていた。
領主は続ける。
「だからこんな時には金の力なんだよ。
王都騎士団長と言っても、行政院の経費で旅行するようなやつだ。
そんな貧乏人は、店に連れていって飲み食いさせたら
コロッと言うこと聞くようになるんだよ」
レオナードは表情を変えずに黙っている。
(反論したら怒鳴られる……)
それが分かっているからだ。
領主はさらに続ける。
「絶対権がなくなっても、
しょせん貧乏人は金持ちには逆らえないのが世の中なんだよ。
どうだ、レオナードもそう思うだろ」
レオナードは、
心の中では違うと思いながらも、
怒鳴られないために言う。
「……そうだね、おじさん。俺もそう思うよ」
領主は満足げに頷いた。
「だったら王都騎士団長に、
領主様が晩飯に連れていってやると伝えておけ」
「わかった」
「あと、連れも一緒に呼んでやれ。
貧乏人にはそのほうがよく効く」
「はい、おじさん」
レオナードは立ち上がり、
心の中で深いため息をつきながら部屋を出ていった。
(……また面倒な役を押しつけられたな)
だが、彼には逆らう術がなかった。




