海の香りと偽りの名
エリシアたち四人は、
港の近くにある食事処へ入った。
ここは元漁師の主人が営む店で、
いつも新鮮な魚が入ることで地元では有名――
行政院の受付係がそう教えてくれた場所だ。
店内は木の香りが残る素朴な造りで、
壁には大漁旗や古い網が飾られている。
そこへ、海の男を絵に描いたような主人が
豪快な足取りで注文を取りに来た。
「注文は決まったかい」
エリシアは迷いなく言う。
「主人のおすすめを四人分で頼む。
多少値が張ってもかまわないぞ」
主人は目を細め、にやりと笑った。
「おっ、姉さんなかなか粋な注文の仕方するねぇ。
任せな、うまいの出すぜ」
エリシアは続ける。
「あと、この二人にミルクを。
私は白のブドウ酒で」
主人はふとエリシアを見て、
興味深そうに首を傾げた。
「おっと、姉さん。米の酒は飲んだことあるかい?」
「いや、ないが」
「だったら一度試してみねえか。
白ブドウ酒もいいが、こいつは魚料理によく合うんだ」
エリシアは少し考え、頷いた。
「ではそれで頼む」
「了解!」
その時、ミリィが勢いよく手を上げる。
「ミリィ、肉も食べたい!」
主人は一瞬困った顔をした。
「嬢ちゃん、うちは魚料理専門の店なんだ……」
ミリィはしゅんと肩を落とす。
主人はその様子を見て、
大きく息を吐き、笑った。
「……が、可愛い嬢ちゃんのためにな。
肉料理も用意しようじゃねえか」
ミリィの顔がぱぁっと明るくなる。
「ほんとっ!?」
「でもよ、自慢の魚料理も食っていってくれよな」
「ミリィ魚も好きっ! ぜんぶ食べる!」
主人は豪快に笑い、
「いいねぇ!」と言いながら厨房へ戻っていった。
エリシアはその背中を見送りながら思う。
(顔は怖いが……優しい主人だな)
店内には、
海の香りと、これから始まる食事への期待が満ちていた。
エリシアは三人に向き直る。
「で、さっき話した、ここの領主のことなんだが……」
アレクは眉をひそめる。
「でも、そんな横暴な人、本当にいるんですね」
エリシアは静かに頷く。
「私もあんな人間は初めて見たぞ。
器の小さい者が権力のある家に生まれたら、ああなるんだろうな」
アレクはため息をつく。
「職員が可哀そうですね」
「まったくだ」
エリシアは声を落とし、さらに続ける。
「そんな領主にソラトとミリィの素性が知れたら……
血筋の正当性をアピールするために利用されかねん」
アレクは真剣な顔で頷いた。
「それは十分に考えられますね」
エリシアは淡々と告げる。
「なので宿舎利用の書類には、
ソラトとミリィの苗字は“サンクティア”にしておいた」
アレクは目を丸くする。
「サンクティアって……じゃあ自分の兄妹ですか」
エリシアは即答した。
「兄妹は無理があるだろう。
ミリィは娘で、ソラトは甥でいいんじゃないか」
アレクは一瞬で難しい顔になる。
(……娘? 甥? いや、無理が……)
エリシアはさらりと言い放つ。
「まあ会うことはないと思うが、
もし領主に会うことがあった時には――
アレクのことを、ソラトは“おじさん”、ミリィは“パパ”と呼ぶんだぞ」
ソラトは素直に頷く。
「おじさんだね、わかった」
ミリィは満面の笑みで叫んだ。
「アレクパパ!」
その時、主人が大皿を抱えてやってきた。
「はいよっ、まずはこれからやってくれ」
テーブルに置かれたのは、
色とりどりの生魚の切り身が美しく盛られた大皿。
赤、白、薄桃色、透き通るような身――
まるで海そのものを切り取ってきたようだった。
アレクは目を細めて言う。
「ブッカンの魚料理に似てますが……少し違うようですね」
主人は黒い液体の入った瓶を置いた。
「東の国では、生魚をこいつで食うんだ。
小皿にとってやってみな」
四人は小皿に黒い液体を落とし、
切り身をそっとつけて口に運ぶ。
アレクは目を見開いた。
「ほう……これは美味しいですね」
ソラトも頬を緩める。
「ブッカンで食べた魚より、こっちが好きかも」
ミリィは勢いよく頬張り――
「おお、んまっ!」
その素直な反応に、主人は嬉しそうに笑った。
「姉さんは、その米の酒と合わせてみな」
エリシアは魚を一切れ口にし、
続けて米の酒を一口含んだ。
「……たしかに、白ブドウ酒よりこっちの方が合う」
主人は満足げに頷く。
「そうだろ」
エリシアはグラスを見つめながら言う。
「それに米で作っているのに、果物のような香りがするのが……また面白い」
主人は目を細め、口角を上げた。
「ほう、分かる口だな。
姉さんあんた、ただ者じゃないね」
その会話を聞いていたソラトは思った。
(エリシアさんはただの大酒飲みじゃなくて……
味の分かる大酒飲みなんだな)
主人は手を叩きながら言う。
「今から料理をじゃんじゃん持ってくるから、
みんな楽しんでくれよな!」
ミリィは両手を上げて喜んだ。
「やったっ!」
主人は豪快に笑いながら厨房へ戻っていく。
エリシアは酒の香りを楽しみながら話し出す。
「それで明日は、八英雄の剣士セリオス・グランブレードが
生涯をおくったイーラ島に渡ろうと思う」
ソラトは思わず声を上げる。
「えっ、こっちで下調べしないで、すぐ島に行くんですか」
エリシアは肩をすくめた。
「本来なら行政院の資料室で調べたいところなんだが……
あの領主に何か言われでもしたら面倒だからな」
アレクは深く頷く。
「そうですね。
話を聞いただけで、関わりたくない人物だと分かります」
その時、主人が次の料理を持ってきた。
「つぎは焼き物だ! 嬢ちゃんには肉料理を持ってきたぞ!」
ミリィは椅子から飛び上がりそうな勢いで喜ぶ。
「やったっ!」
主人は笑いながら皿を並べていく。
エリシアはそのタイミングで尋ねた。
「主人、一つたずねるが……
イーラ島に渡る定期便はあるのですか」
主人は手を止め、少し残念そうに眉を下げた。
「姉さん、イーラ島に行くつもりかい。
残念だが、イーラ島の便は今、欠航してるぞ」
エリシアは目を細める。
「それはまたどうして」
主人は声を落とし、周囲を気にしながら言った。
「なんでも……ひと月前ぐらいに、
見たこともない狂暴な魔物が出たらしいんだとか」




