ソラト一人散策
朝の陽ざしが差し込む中、
ソラトは行政院の業務開始と同時に建物へ入った。
今日はエリシア、ミリィ、アレクの三人が騎士団訓練場に行っているため、
ソラトは一人で行動している。
案内窓口には、すでに係員が座っていた。
ソラトは軽く会釈して尋ねる。
「すみません、魔導書庫ってどこですか?」
ソラトはエリシアから預かったペンダントを見せていなかったが、
係員はソラトの首にかかっているそれを一目で確認し、
“行政院の来客”と判断した。
係員は丁寧に答える。
「ボウマナには魔導書庫はございませんが、
図書館に“魔導書区”ならございます。
そちらをご案内しましょうか?」
ソラトは少しだけ肩を落とした。
(魔導書庫はないのか……)
だが、魔導書区があるなら十分だ。
「じゃあ、それでお願いします」
係員はボウマナの街の地図を一枚取り出し、
現在地と図書館の位置に丸をつけて説明する。
「こちらが行政院で、図書館はこの通りをまっすぐ進んで……
ここを右に曲がった先にございます。
魔導書区は図書館の二階にございますので、
受付でペンダントをお見せください」
ソラトは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
地図を受け取ると、
ソラトは行政院を後にした。
(どんな魔導書があるんだろう……楽しみだな)
ソラトは胸を弾ませながら、
図書館へ向かって歩き出した。
公園の奥に図書館は建っていた。
朝の光に照らされた公園は真新しく、
緑が多く、整えられた芝生の上を風が気持ちよく通り抜けていく。
中央には大きな噴水と――
八英雄の像が並んでいた。
ソラトは足を止め、像を見上げる。
(……ぼくの先祖って、どんな姿だったんだろう)
賢者の像は、
長い髭をたくわえた、いかにも“賢者”という雰囲気のお爺さんだった。
勇者の像は、
精悍な顔立ちの女性。
どちらも立派だが、
像は新しく、細部がやけに整っている。
(……たぶん想像で作ったんだろうな)
ソラトは小さく笑った。
図書館は歴史を感じる重厚な建物で、
公園のほうが後から整備されたのだろうと分かる。
(ボウマナって……民が快適に暮らせるように、
いろいろ努力してる街なんだな)
そんな印象を抱きながら、ソラトは図書館へ入った。
受付を済ませると、
ソラトは迷わず二階の“魔導書区”へ向かう。
棚には魔導書が並んでいたが――
(……基礎的なものばかりだな)
ソラトが求めているような高度な魔導書は見当たらない。
少し残念に思いながら別の棚を見ると、
「生活魔法」と書かれた札が目に入った。
ソラトは一冊を手に取り、開いてみる。
「部屋をきれいにする魔法」
「髪を乾かす魔法」
「食べ物を保存する魔法」
そして――
「肉を美味しく焼く魔法」
ソラトは思わず吹き出しそうになった。
(……こんなのもあるんだ)
少し興味が湧き、
ソラトはその魔導書を持って席に着いた。
窓から差し込む朝の光の中、
ソラトは静かにページをめくり始める。
(生活魔法って……意外と奥が深いのかも)
そんなことを思いながら、
ソラトの“知識の冒険”が始まった。
生活魔法の本に夢中になっていたソラトは、
ふとお腹が鳴ったことで、ようやく昼になっていることに気がついた。
(……やっぱり魔導書を読んでると時間が過ぎるのが早いな)
ソラトは魔導書を閉じ、本棚に丁寧に戻すと、
図書館を後にした。
「市場に行って何か食べよう」
そう思い、行政院でもらった地図を広げる。
現在地と市場の位置を確認し、歩き出す。
歩きながらソラトは、
さっき読んだ生活魔法のことを思い出す。
(簡単な魔術式で、役に立ちそうなのが多かったな……
帰ったらアレクさんにも教えてあげよう)
市場はどこの街でもにぎやかだ。
ボウマナの市場も例外ではなく、
人の声と香ばしい匂いが通りいっぱいに広がっていた。
ソラトは屋台を見て回る。
肉の串焼きが売られている。
ブッカンでミリィと一緒に食べた肉串とよく似ていた。
(肉串って、どこの市場にもあるんだな)
ソラトは屋台の前に立ち、声をかける。
「一つください」
今朝エリシアから渡された硬貨を取り出し、代金を払う。
ボウマナの硬貨は、他の街とはまた違う独自の貨幣だった。
(街ごとに違う貨幣って……やっぱり不便だなぁ)
串を受け取ると、ソラトは一口かじった。
香ばしい匂いと、甘辛いタレの味が口に広がる。
(……美味しい)
ブッカンの肉串とはタレの味が違う。
どちらが美味しいかは決めがたい。
でも――
(なんでだろう……ブッカンで食べた肉串のほうが、美味しかった気がする)
ソラトは肉串を食べ終え、
ふと隣の屋台に目を向けた。
そこには見たことのない料理があった。
米と刻んだ肉、そして野菜を炒めた料理。
香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。
ソラトは迷わず買って、
スプーンで一口すくって食べた。
(……美味しい)
米はパラパラで、噛むと肉と野菜の旨味が広がる。
何より――味付けが抜群にいい。
(これ、ミリィが絶対好きなやつだ)
そう思うと、自然と頬が緩んだ。
お腹が満たされると、
ソラトは市場の奥へ歩いていった。
奥の通りには露店がなくなり、
代わりに店舗が立ち並んでいる。
食器、日用品、生活魔導具――
いろんな店があって、歩くだけで楽しい。
(ボウマナって……生活が豊かなんだな)
そんなことを思いながら歩いていると、
ふと一軒の店が目に入った。
酒屋。
ソラトは店の外から中を覗き込む。
棚には、色とりどりの瓶が並んでいた。
ブドウ、麦、米……
いろんな素材から酒が作られている。
(今エリシアさんがいたら……絶対入ってるな)
そう思うと、少し笑ってしまった。
まだ昼過ぎ。
ソラトは地図を広げて、次に行く場所を考える。
(そういえば……村を出てから、一人でうろうろするのって初めてかも)
いつも誰かが隣にいた。
エリシア、アレク、ミリィ。
それが当たり前になっていた。
(……なんか、ちょっと寂しいな)
胸の奥が少しだけきゅっとなる。
でも、せっかくの街歩きだ。
ソラトは地図をたたみ、顔を上げた。
「よし、次はあそこに行こう!」
小さく気合を入れて、
ソラトは次の目的地へ歩き出した。
ボウマナ騎士団訓練場。
昼休憩が終わり、午後の訓練が再開された。
アレクは新人騎士たちに基礎を丁寧に教えていた。
姿勢、足運び、重心の置き方――
どれも無駄がなく、若い団員たちは真剣に耳を傾けている。
「アレクさんの教え方、分かりやすい……」
「基礎って、こんなに大事なんだな……」
そんな声があちこちから聞こえていた。
エリシアは腕に自信のある騎士たちと手合わせをしていた。
だが――
誰一人としてエリシアに触れることすらできない。
「は、速い……!」
「全然見えない……!」
エリシアは軽く汗を拭いながら、
「次」と手を上げる。
挑む者は次々と倒れ、
訓練場の空気はどこか尊敬と畏怖に満ちていた。
ミリィは――
「ミリィ対二十人、はじめっ!」
と、なぜか一人で二十人を相手に模擬戦をしていた。
もちろん、ミリィは楽しそうだ。
「そっち遅いっ! こっちもらったっ!」
次々と騎士たちが転がされていく。
飽きると、今度は剣技を披露して自慢し始めた。
「これがミリィの回転切りっ!」
騎士たちはぽかんと口を開けて見ていた。
その時――
訓練場の門から誰かが駆けてくる。
「エリシアさーん! 僕も今から参加します!」
手を振りながら走ってくるのはソラトだった。
エリシアは手合わせの途中で振り返る。
「どうしたソラト。魔導書庫はもういいのか」
ソラトは少し照れながら答える。
「魔導書庫なくて図書館に行ってたんですけど……
もう他に行くところもないし」
アレクが駆け寄ってくる。
「おかえりなさい、ソラト殿」
「アレクさん。さっき図書館で面白い魔導書見つけたので、
帰ったら魔術式教えましょうか」
アレクの目が輝く。
「それはぜひともお願いします」
そこへミリィが飛んでくる。
「ソラト! どこいってた!」
「ちょっと図書館に。
それと市場に行ったんだけど、見たことない屋台の食べ物があったよ」
ミリィは“屋台”の単語で一気に笑顔になる。
「ミリィも市場いきたいエリシア!」
ソラトはさらに続ける。
「それと、市場にいろんなお酒売ってるお店とかもありましたよ」
“お酒”の単語に、エリシアの表情がわずかに動く。
「……では、明日にでもみんなで市場に行ってみるか」
ミリィは大喜び。
アレクもどこか嬉しそうに微笑む。
ソラトも胸が弾んだ。
(明日はみんなで市場……楽しみだな)
エリシアは手を叩いて締める。
「それでは訓練を再開しようか」
三人は元気よく返事をして、それぞれの場所へ戻っていった。
ソラトは後衛の魔法使いたちのところへ向かう。
明日はみんなで市場に出かける。
そう思うと、ソラトは胸が温かくなり、
足取りが自然と軽くなった。




