鍛冶の火と魔術の式
翌朝。
行政院の馬車に揺られながら、エリシアとミリィはロウディスに案内されて鍛冶屋へ向かった。
ソラトとアレクは、ボウマナ騎士団の訓練場に招待され、そちらへ向かっている。
馬車が止まり、ロウディスが扉を開ける。
「こちらです、お二人とも」
エリシアとミリィは馬車を降り、鍛冶屋の扉をくぐった。
中には、いかにも腕の良さそうな鍛冶職人が一人、
朝の作業準備をしていた。
ロウディスが声をかける。
「おはようございます」
鍛冶職人は振り返り、目を細めた。
「おう、ロウディスか。どうした、こんな朝早くに」
その視線が、エリシアとミリィへ向く。
ロウディスは軽く咳払いして紹介した。
「こちらは王都騎士団長と……勇者です」
鍛冶職人の目が見開かれた。
「お、おう……そりゃまた、とんでもねぇお客さんだな……」
ミリィは胸を張って得意げに笑う。
「ミリィの剣、ボロボロになっちゃったから直してほしい!」
鍛冶職人は剣を見る前から、
(どんな戦い方したんだ……?)
という顔をしていた。
一方その頃、訓練場では――
アレクが若い騎士団員たちに剣術の基礎を教えていた。
「足の向きはこう。重心は前に置きすぎないように」
アレクの教え方は丁寧で、動きに無駄がない。
基礎がしっかりしているため、若い団員たちにも分かりやすい。
「すごい……」「めちゃくちゃ分かりやすい……」
団員たちは感心しきりだった。
その少し離れた場所では、
ソラトが後衛の魔法使いたちに囲まれていた。
昨晩の戦いに参加していた魔法使いが尋ねる。
「賢者殿、昨日“氷の矢”を飛ばしていましたが……
あれはどういう魔術なのですか?」
ソラトは気軽に答える。
「ああ、あれは水魔術で作った矢に、氷魔術式を上書きしてできるんですよ。
じゃあ一度やってみますね」
そう言うと、ソラトは手を軽く振った。
ブンッ。
小さな音とともに、ソラトの手に杖が現れる。
魔法使いたち全員が固まった。
「……えっ」
「い、今……杖が……」
ソラトは「あっ」と気づく。
(……あ、そういえば杖の格納魔術って、一般的じゃないんだっけ)
ソラトは苦笑しながら説明する。
「ああ、そうですね。いまのは杖の格納魔術で……
術式はすごく簡単で詠唱も無しだから、みなさんにも教えましょうか」
魔法使いたちは一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします!!」
ソラトはみんなを集め、地面に小枝で魔術式を書き始める。
「……イメージとしては“分解と再構築”みたいな感じで……
魔力は手のひらに集めて……」
魔法使いたちは食い入るように見つめていた。
(……これ、今日一日で訓練場の常識が変わるな)
アレクは遠くからその光景を見て、
静かにそう思った。
一通り事情を聞き終えた鍛冶職人は、腕を組んでミリィを見つめた。
「……勇者がまだ小さな女の子だって話は聞いてたが、
こんな可愛い嬢ちゃんだったのかい」
ミリィは“可愛い”と言われた瞬間、
ぱあっと花が咲いたように満面の笑みになる。
「えへへっ!」
鍛冶職人は笑いながら言った。
「じゃあ、ちょっと剣を見せてみな」
「はいっ!」
ミリィは嬉しそうに剣を差し出す。
鍛冶職人はそのボロボロの剣を手に取り、
刃の欠け、ひび、歪みをじっくり眺めた。
「……こりゃあ、打ち直しは無理だな。
五日もあれば新しいのを作れるが、そうするかい?」
エリシアは迷いなく頷く。
「ああ、それで頼む」
鍛冶職人は満足げに頷き、次にエリシアへ視線を向けた。
「で、次は団長のほうだな」
エリシアは自分の剣を差し出す。
鍛冶職人は刃を見て、すぐに判断した。
「これは打ち直しでいけるな……
だが、ついでだから団長にも一本打ってやろう」
そう言って、鍛冶職人はロウディスへ目を向ける。
「ロウディスが一緒に来たってことは、代金は行政院持ちなんだろ?
だったら、こんな支給品じゃなくて特注仕様で打ってやるぜ」
エリシアは思わずロウディスを見る。
「……いいのか?」
ロウディスは穏やかに微笑んだ。
「もちろんです、エリシア騎士団長」
鍛冶職人は豪快に笑う。
「両方で十日もあればできるだろうが、それでかまわないか?」
エリシアは深く頷いた。
「ああ、それでよろしく頼む」
ミリィは横でぴょんぴょん跳ねながら、
「ミリィの新しい剣、楽しみっ!」
と嬉しそうに笑っていた。
鍛冶屋の炉に火が入るのは、もうすぐだ。
宿舎の食堂で夕食を終えた四人は、
そのまま談話スペースに移ってくつろいでいた。
ソラトとミリィはデザートを頬張り、
エリシアは麦酒をゆっくり飲んでいる。
アレクは紅茶を手に、静かに話を聞いていた。
エリシアはグラスを置き、皆に向き直る。
「――まあ、そういうわけで。
私たちはボウマナに十日ほど滞在することになった」
ミリィはデザートの皿を抱えたまま、ぱっと顔を輝かせる。
「ミリィ、新しい剣たのしみ!」
エリシアは微笑みながら続ける。
「それと領主様からの伝言だ。
暇なら訓練場に行って、若い騎士たちを見てやってくれとのことだ」
アレクは真面目に頷いた。
「基礎なら自分でも教えられそうなので……やってみます」
エリシアは満足げに頷く。
「アレクの基礎は確かだからな。きっと喜ばれる」
ソラトはスプーンを置き、ふと思いついたように言う。
「ここって……魔導書庫とかないんですか?」
エリシアは即答した。
「それなら明日、行政院の受付で聞くといい。
それと――ここにいる間は、このペンダントをしてくれとのことだ」
エリシアは小さな銀のペンダントを三人に配る。
「これを見せると、いろんな施設が使えるそうだ。
魔導書庫があれば、そこも入れるはずだ」
ソラトはペンダントを手に取り、
胸の前で軽く握りしめた。
(魔導書庫……あるといいな。
明日、さっそく聞いてみよう)
ミリィはペンダントを首にかけ、
新しい剣のことを思い出してわくわくしていた。
(ミリィの剣、どんなのになるかな……!)
アレクは静かに決意を固めていた。
(明日から毎日訓練場に行って、
自分の鍛錬と若者への基礎指導に専念しよう)
エリシアは麦酒を飲みながら、
三人の表情を見て思う。
(十日間……悪くない滞在になりそうだ)
夜のボウマナ宿舎は、
昨晩の戦いの緊張とは違う、穏やかな空気に包まれていた。




