工房村と父の面影
工房村は“村”というより、こじんまりとした“町”だった。
規模こそ大きくないが、区画はきれいに整えられ、
町の入り口には広い馬車置き場が設けられている。
魔導具を買い付けに来る商人のための設備だ。
アレクは馬車を停めると、馬を馬宿へ預けに向かった。
四人は宿を取り、荷物を部屋に置いてから
町の散策へと出ることにした。
宿屋を出たところで、エリシアはふと気づく。
アレクが剣を帯びている。
「どうしたアレク、剣を持っていくのか」
アレクは少し照れたように答える。
「はい。もし父が弟子入りしていた工房が見つかれば、
師匠に父の作品を見てもらおうかと思いまして」
「そうか……」
エリシアは一度うなずき、少し考えてから言った。
「私たちはミリィの魔導具探しだから、工房ではなく店を回る。
アレクはその工房を探しに行ってくるか」
アレクは深く頷く。
「はい、そうします」
その横でミリィがエリシアの服を引っ張りながら跳ねている。
「はやくはやく! ミリィ、ファイアーボールの剣ほしい!」
エリシアは呆れたように笑いながらも、その声は柔らかかった。
「では夕飯時に宿屋で」
そう言うと、ミリィに引っ張られるようにして
エリシアとソラトは町の中へ消えていった。
アレクは一人残り、町の通りを見渡す。
(さて……どうやって父が弟子入りしていた工房を探すか)
アレクは腕を組み、工房の探し方を思案していた。
(父が若い頃に修業した工房……
名前も場所も聞いていない。どう探すべきか……)
ふと顔を上げると、
道を挟んだ向こう側に「案内所」と書かれた看板が目に入った。
(……あそこだ)
アレクは迷わず案内所へ向かった。
一方その頃、三人は直売場が並ぶ通りを歩いていた。
通りには魔導具の街灯が等間隔に並び、
その足元では小さな魔導具が自動で道を掃除している。
エリシアは感心したように呟く。
「……すごいな。魔導具の町とは聞いていたが、ここまでとは」
ソラトも目を輝かせる。
「街灯も掃除も全部魔導具なんですね……!」
しかしミリィだけは、
そんな街並みには一切興味を示さない。
「ファイアーボールの剣どこ? どこ?」
完全にそれしか頭にない。
三人は一軒目の直売場へ入っていった。
案内所では、驚くほどあっさりと工房の場所が分かった。
(……こんなに簡単に分かるとは)
教えられた場所は、町の外れ。
古い石造りの工房がぽつんと建っているという。
アレクはその道を辿り、
やがて目的の工房へたどり着いた。
そこは確かに古いが、
どこか威厳のある石造りの建物だった。
玄関は開け放たれており、
中では初老の男が一人、黙々と魔導具を制作していた。
男は剣に魔導具としての機能を装着する作業をしているようだ。
アレクは玄関から声をかけた。
「すみません」
男は顔を上げ、アレクを見た瞬間――
驚愕に目を見開いた。
「……ローデン……サンクティア……」
その声には、
懐かしさと信じられないという感情が入り混じっていた。
アレクの胸が高鳴る。
(父の名を……知っている?)
アレクは姿勢を正し、丁寧に名乗った。
「自分はアレク・サンクティアと申すものです。
ローデンは自分の父であります」
その言葉に、初老の男ははっと我に返った。
「ああ……ローデンの……そうか。
それにしても、よく似ている」
アレクは驚いた。
父の若い頃など知らない。
自分が父親似だと初めて知った。
男は工具を置き、穏やかに言った。
「私は今から休憩しようと思っていたところなんだ。
よかったら、お茶でも一緒にどうかね」
工房の隅にある小さなテーブルへとアレクを促す。
アレクは椅子に腰を下ろし、
男は魔導具のティーポットで紅茶を淹れ始めた。
香りがふわりと広がる。
男はカップを二つテーブルに置き、向かいに座る。
「それで今日は、なんでわざわざこんなところまで尋ねに来てくれたんだね」
アレクは腰の剣に手を添えながら答えた。
「実は旅の途中で近くに来たもので……
父の師匠に、父からもらったこの剣を見てもらおうと思いまして」
男は少し寂しげに目を伏せた。
「……ハーグ師匠は、もうここにはいないんだよ。
エルフは旅する種族だからね。
十年前に、どこかへ行ってしまわれたよ」
アレクは胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
話には聞いていたが、エルフは本当に突然旅に出るのだ。
男は気を取り直し、アレクの剣を指さした。
「その剣はローデンが作ったのかね」
「はい、そうです」
「ちょっと見せてもらってもかまわないかね」
アレクは剣を外し、両手で差し出した。
「どうぞ」
男は鞘から剣を引き抜き、
光にかざしてじっくりと見定める。
「……仕込んだ属性は火か。
なるほど、これなら火属性が苦手な者でも扱える仕組みにしてある」
アレクは詳しいことは分からないが、
父の工夫が込められているのだと感じ、胸が温かくなる。
男はさらに目を見開いた。
「おおっ……剣本体は名工タガネを使ったのか!」
驚嘆の声を上げ、
やがて満足げに鞘へ戻してアレクに返した。
「ローデンは……こんなすごい物を作る職人になったんだな」
アレクは胸を張り、少し誇らしげに微笑んだ。
男は紅茶を一口飲み、
遠くを見るような目でゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ローデンはブッカンで工房を立ち上げると言ってたけど……」
アレクは頷く。
「はい。父はブッカンで工房をやっています」
男は目を細め、どこか誇らしげに微笑んだ。
「それは大したもんだ。
私は師匠のそばから結局離れられなかったけど……」
そこで一度言葉を切り、
工房の窓の外――魔導具の街並みが見える方向へ視線を向けた。
「この村に残った若い同門たちにも優秀な者が多くいてね。
師匠がいなくなってから、若い同門たちであの魔導具の街を作ったんだ」
アレクは思わず息を呑む。
あの整った街並み、生活魔導具の数々――
すべてが“弟子たちの手”で作られたものだったのか。
男は続ける。
「今では、よその町から買い付けに来る商人も増えて、
町が栄え始めてる。
若い同門たちは“これからの魔導具は武器や防具より生活魔導具だ”と言ってね。
……それが正解だったんだろう」
その声には、どこか寂しさと、
それでも同門たちを誇る気持ちが混じっていた。
男は自分の手を見つめ、苦笑する。
「結局、私はそれについていけずに……
ここで昔教わったことを続けているだけなんだ」
アレクはその言葉を黙って聞いていた。
男の指先には、長年の仕事で刻まれた傷と、
魔導具職人としての誇りが確かに宿っていた。
男は少し肩を落とし、
自分の言葉を恥じるように目を伏せた。
「……愚痴みたいな、変なこと言ってすまなかったね」
その声音には、長年職人として生きてきた者の
小さな影がにじんでいた。
男は手元のカップを見つめながら続ける。
「時々、自分はもう必要とされてないんじゃないかと思ってしまって……
つい、口が滑ってしまったよ」
アレクは静かに首を振った。
「いえ。
自分は……教わったことを受け継いでいくことも、
また大事じゃないかと思います」
その言葉は飾り気がなく、
まっすぐで、優しかった。
男は驚いたように目を瞬かせ、
やがてゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう。
そう言ってもらえると、励みになりますよ」
その時、工房の入り口から声が飛んだ。
「じいさん、俺の剣できてる?」
冒険者らしい若い男が顔をのぞかせている。
男は「ああ君か」と返し、
完成した魔導具置き場から一本の剣を取り出した。
「出来とるよ。注文通りやっといた。確かめてみるか」
冒険者は剣を受け取り、
にっと笑った。
「じいさんの仕事に間違いないから確かめなくていいぜ」
そう言って代金を払い、
軽く手を振って工房を出ていく。
「ありがとう。また次も頼みに来るから。じゃあな」
扉が閉まると、
男はアレクの方へ向き直った。
「……あの冒険者は、剣の魔術式の書き換えと修理に
ここに来てくれるんだ。
“ここじゃないとダメだ”と言ってね……」
男は照れくさそうに笑い、
しかしその笑顔には確かな誇りが宿っていた。
「私を必要と思ってくれる人がいる限り……
頑張らないとな」
アレクは深く頷いた。
「はい」
工房の空気は、
さっきよりもずっと温かく感じられた。
夕刻、四人は宿の食事処でテーブルを囲んでいた。
温かい灯りの下、旅の疲れが少しずつほどけていく。
アレクは今日の出来事を思い返しながら話している。
「……自分が父に似ていて、つい懐かしくていろいろ話をしてしまったのだと」
エリシアはブドウ酒を口に含み、静かに頷く。
「なるほどな。
でもエルフの師匠がいなかったのは残念だったな。
しかし……エルフが突然旅に出るというのは本当だったんだな」
「はい。自分も、それを思いました」
その横では、ソラトとミリィが揚げた肉料理に夢中になっている。
ソラトは皿の横に添えられた黄色い果物の汁を指差した。
「この黄色い果物の汁、かけると美味しいよ、ミリィ」
ミリィは真似してかけ、一口食べる。
「すっぱ……でも、すっぱいけどミリィこれ好きかも!」
二人は味変を楽しみながら、
まるで兄妹のように笑い合っていた。
アレクはふと思い出し、ミリィに尋ねる。
「そういえばミリィ殿は、魔導具を購入できたのですか」
ミリィは不敵な笑みを浮かべ、
懐から何かを取り出した。
「ミリィのファイアーボールはこれだっ!」
小型のナイフ。
鞘から抜き、勢いよく構える。
「ファイアーボール!」
ぽっ。
ナイフの先から、小さな火の玉が生まれ、
すぐに空気に溶けて消えた。
アレクは思わずエリシアを見る。
エリシアは肩をすくめて説明した。
「あれは野営道具で、焚火の着火に使う魔導具だ」
ミリィは「ファイアーボール!」と叫ぶたびに
ぽっ、と火の玉が出るのが楽しくて仕方ない様子だ。
エリシアは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
「ミリィは火の玉が出ればそれで満足みたいだな。
……おかげで安く済んだ」
ミリィはナイフを振りながら、
何度も小さな火の玉を出しては喜んでいる。
その姿を見て、ソラトは微笑んだ。
けれど胸の奥には、ほんの少しだけ寂しさが残る。
(……結局、僕は何も買えなかったな)
旅の夕食は賑やかで、温かくて、
それでもソラトの心には小さな影が落ちていた。




