湖畔の魔導剣とミリィの涙
湖のほとりに馬車を停め、四人は昼休憩を取っていた。
エリシアとミリィは木陰に座り、
今朝、町の総菜屋で買った包み飯をのんびりと食べている。
一方、先に昼食を済ませたソラトとアレクは、
湖へ向かって立っていた。
アレクは父から譲り受けた魔導具の剣を構え、
湖面へ向かって振り下ろす。
――ボッ。
剣先からファイアーボールが放たれ、
湖面に小さな水柱が上がった。
アレクは感心したように頷く。
「なるほど……魔術式も詠唱も関係なく、
魔力を流すだけで撃てるみたいです」
今度は剣を振り下ろさず、
ただ剣先を湖へ向けて魔力を流す。
――ボッ。
同じようにファイアーボールが飛んでいく。
「振り下ろす必要もないみたいです」
ソラトは興味深そうに剣を見つめる。
「魔術式も詠唱も……剣に仕込まれているからなんですかね」
アレクは頷き、剣をソラトへ差し出した。
「おそらくそういうことなんでしょうね。
ソラト殿もやってみますか」
ソラトは嬉しそうに剣を受け取り、構えた。
「重っ……剣ってこんな重いもんなんですか」
アレクは笑う。
「そうですね。だいたいこの重さくらいです」
「みんな軽々振り回すから……びっくりしましたよ」
ソラトは改めて騎士の凄さを実感した。
そして剣先を湖へ向け、魔力を流し込む。
――ゴッ。
アレクが放ったものの三倍はある巨大なファイアーボールが
轟音とともに飛び出し、
湖の中腹で大きな水柱を上げて消滅した。
二人とも目を見開く。
アレクは驚愕の声を漏らした。
「……これは、魔力の違いということでしょうか」
その時、昼食を終えたミリィが勢いよく駆けてきた。
「ミリィもやりたい! ソラト、剣かしてっ!」
ソラトが差し出すと、
ミリィは自分の身長より大きな剣を軽々と構えた。
その姿を見て、ソラトは改めて感心する。
(……やっぱりミリィってすごい)
ミリィは大きく息を吸い込み――
「ファイアーボールっ!」
叫びながら剣を振り下ろす。
……だが、当然何も起きない。
ミリィは構え直し、もう一度。
「ファイアーボールっ!」
やはり出ない。
「ファイアーボールっ! ファイアーボールっ! ファイアーボールっ……!」
何度も何度も叫びながら剣を振り下ろすミリィ。
十回以上繰り返し、ついに動きを止めた。
そして――
ミリィはソラトの顔を見上げた。
涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「……なんでミリィだけ出ないの、ソラト」
ソラトは慌てて手を振る。
「ミリィが悪いんじゃなくて、これは仕組みが違うんだよ!
でも、魔力のない人でも使える魔導具もあるらしいから……ミリィはそれで……!」
ミリィは涙を拭いながら、震える声で聞く。
「……じゃあミリィは、それでファイアーボールできるの?」
ソラトは力強く頷いた。
「もちろん。それで魔法が撃てるよ。
ミリィも、ちゃんとできる」
ミリィの涙は止まり、
少しずつ表情に明るさが戻っていく。
エリシアも昼食を終え、湖畔にやってきた。
「親父さんに頂いた剣はどうだ」
アレクは剣を軽く掲げ、満足げに答える。
「はい、とてもいい感じです」
その横で、ミリィが勢いよく手を挙げた。
「ミリィもファイアーボールの剣買って!」
エリシアは即答する。
「そんな高い物なんか買えんぞ。
それに魔導具屋があるような大きな町は、当分なさそうだし」
ミリィはむくれて頬を膨らませる。
その時、アレクが思い出したように口を開いた。
「……たしか、この先に魔導具工房の村があるはずです。
そこなら直売もしていたと聞きましたが」
エリシアは驚いてアレクを見る。
「そんな村があるのか。よく知ってたな、アレク」
アレクは少し照れながら答える。
「はい。父が若いときに、その村で魔導具職人の修業をしていた話を
よく聞いていたので」
エリシアはふと疑問を口にする。
「でも、何でそんなところに魔導具工房があるんだ」
アレクは湖面を見ながら語り始めた。
「はい。昔その村では、エルフの魔導具職人が一人で工房をやっていたのですが、
腕の良さが噂になり、職人を目指す者たちがこぞって弟子入りしたそうです。
そのうちの一人が、自分の父です」
エリシアは「なるほど」と頷く。
アレクは続けた。
「そして多くの弟子は各地に散らばったのですが、
村で独立して工房を開く者も多数いたそうで……
今では“工房村”になっているそうです」
湖畔の風が吹き抜け、
四人の旅路がまた新しい方向へ広がっていく気配がした。
ミリィは期待に満ちた目でエリシアを見る。
「じゃあミリィ、そこでファイアーボールの剣買える?」
エリシアは苦笑しながら頭をかく。
「……値段次第だな」
ミリィはぱあっと笑顔になった。
エリシアはミリィのはしゃぐ姿を見ながら、
心の中で静かに計算していた。
(……魔導具の剣は高すぎて無理だが、
ナイフくらいなら買ってやれないこともないな。
道中で集めた魔石もだいぶ貯まっているし……)
エリシアはアレクへ向き直る。
「その村はどれくらいで着きそうだ」
アレクは地図を広げ、指で位置を確認する。
「……意外と近い。もうすぐそこです」
エリシアは頷き、決断する。
「では今日の宿はその村にしよう。
そこでミリィにも、魔法が使える何かを探してみるか」
ミリィは飛び跳ねて喜んだ。
「やったーーっ!! ミリィ、ファイアーボールの剣ほしい!」
エリシアは苦笑しながらも、どこか優しい目をしている。
アレクは馬車へ向かいながら言った。
「では、出発の準備をしてまいります」
そう言うと、アレクは手際よく馬車の準備を始めた。
ソラトはその背中を見ながら、
自分の胸の奥に小さな願望が芽生えるのを感じていた。
(……僕も、魔導具なんかほしいな)
湖畔の風がそよぎ、
四人の旅は新たな目的地――“魔導具工房の村”へ向けて動き出した。




