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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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森の夜営と黄色い魔石

川から少し離れた、森の横にある小さな高台。

馬車はそこで停まり、四人は野営の準備に取りかかった。


アレクは馬車から馬を外し、手ごろな木に繋ぎとめる。

川へ向かい、桶で水を汲み、干し草と一緒に馬へ与える。

その動きは無駄がなく、慣れたものだった。


続いて荷台からテントを取り出し、

手際よく組み立てを始める。


ソラトはその様子を横目に、ミリィへ声をかけた。


「ミリィ、暗くなる前にそこの森に狩り行くよ」


「おーっ!」


二人は元気よく森へ駆け出していった。


エリシアはアレクに声をかける。


「アレク、それでは私は薪を集めてくる」


そう言うと、静かに森の中へ入っていった。





ソラトとミリィは木々の間を進みながら、獲物を探す。


「……森猪《もりい》見つけた!」


ソラトが指さした先、

少し離れた木の陰に大きな森猪がいた。


森猪も二人に気づき、

子ども相手と侮ったのか、鼻息を荒くして突進してくる。


ソラトは反射的に手を前に出したが――


「まかせろ、ソラト!」


ミリィが鞘から剣を抜き、

地面を蹴って森猪へ向かって走り出した。


ぶつかる直前、ミリィは軽く身をひねって回避。

そのまま急所へ鋭く一突き。


森猪はあっけなく倒れた。


ミリィは剣をくるりと回して収め、胸を張る。


「どうだ、ミリィの狩りさばきは!」


ソラトは素直に拍手した。


「ミリィ、すごいよ」


褒められたミリィは、

尻尾があれば振っているだろう、というほど上機嫌だった。




エリシアは森の入口付近で、焚き火に使えそうな薪を拾っていた。

腕いっぱいに抱え、そろそろ戻ろうとしたその時――


「……! かすかに魔物の気配か?」


エリシアの表情が鋭くなる。


同じ頃、森の奥ではソラトが立ち止まった。


「えっ……今の、魔力?」


微弱だが、確かに何かが放つ魔力を感じた。


ミリィも耳をぴくりと動かし、低く呟く。


「魔物の気配!」


二人が視線を向けた先――

森の奥に、黒い影がゆらりと現れた。


それはオオカミに似た姿だが、

大きさは桁外れに大きい。

全身が真っ黒で、影そのものが揺らめいているようだった。


木の陰に入ると、影と同化して姿が消える。

だが、黄色く光る目だけが不気味に浮かび上がる。


魔物は一瞬動きを止め――

次の瞬間、爆発するような勢いでミリィへ襲いかかった。


「ミリィ!!」


ソラトは反射的に杖を呼び出し、叫ぶ。


だがミリィは振り返り、にっと笑った。


「これもまかせろ、ソラト!」


ミリィは森の木を足場に、

まるで小動物のような軽さで次々と跳び移る。


魔物の頭の高さまで一気に上がると、

最後の木を強く蹴り――


一直線に魔物へ飛び込んだ。


シュッ。


次の瞬間、魔物の首は真っ二つに割れ、

切断面から黒い霧が立ち上り、

ゆっくりと塵のように消えていった。


ソラトは息を呑む。


「すごい……ミリィ。あんな大きな魔物を一発で仕留めるなんて」


ミリィは胸を張り、得意満面。


「あんなのザコだね! ミリィの敵じゃない!」


魔物が消えた場所に近づくと、

地面に魔石がひとつ落ちていた。


ソラトはそれを拾い上げ、目を丸くする。


「あれ……この魔石、色が違う」


それは赤ではなく――

淡く光る 黄色の魔石 だった。





エリシアは薪を抱えて野営地へ戻った。

アレクはすでに焚き火用の石を円形に組み、準備を整えている。


エリシアが薪を並べている頃には、

さっき感じた魔物の気配はすっかり消えていた。


エリシアは眉をひそめる。


「……魔物の気配が消えた。

 アレク、さっき魔物の気配がしなかったか?」


アレクは手を止め、少し考えてから答える。


「やはりそうでしたか。

 自分にははっきりと分からないくらいだったので……

 気のせいかと思いましたが」


エリシアは森の方へ視線を向ける。


「森の奥に何か潜んでいるかもしれんぞ」


その時――

ソラトとミリィが森から戻ってきた。


ソラトは肩に大きな森猪を担いでいる。


「狩ってきましたよ!」


ミリィは胸を張って叫ぶ。


「ミリィが狩った! どうだ!」


エリシアは森猪を見て頷く。


「森猪か。野営食に比べたら、なかなかのごちそうだな。

 ……それはそうと、森の中に魔物はいなかったか?」


ソラトはあっさりと答えた。


「あっ、いましたよ。

 オオカミみたいな、大きな影みたいなのが一匹だけ」


エリシアとアレクは同時に顔を見合わせる。


アレクが低く呟く。


「……エイシンウルフ、ですか」


エリシアは短く頷いた。


「そのようだな」


エリシアはソラトへ向き直る。


「それで、どうなったんだ?」


ミリィがすかさず胸を張る。


「ミリィがやっつけた! あんなの敵じゃない!」


ソラトはエリシアへ黄色い魔石を差し出した。


「これ、その時の魔石です。

 じゃあ僕は川でこいつ捌いてきますね」


そう言うと、ソラトとミリィは森猪を持って川へ向かった。


アレクは黄色い魔石を見つめながら言う。


「黄色い魔石の魔物なんて……

 普通はパーティー全員でないと仕留められませんよね」


エリシアは魔石を指先で転がしながら答える。


「ああ。普通ならな」


夕暮れの森に、静かな風が吹き抜けた。





すっかり日は沈み、森の中は静かな闇に包まれていた。

野営地では焚火がぱちぱちと音を立て、

その周りには捌いた森猪の肉が串に刺されて炙られている。


ソラトは肉の焼け具合をじっと見つめ、満足げに頷いた。


「そろそろいいんじゃないですか」


そう言うと、手前の肉を取り、豪快にかぶりつく。


「……いい感じに焼けてます」


エリシアもアレクもそれぞれ肉を手に取り、

熱さに息を吹きかけながらかぶりついた。


ミリィはすでに両手に肉を持ち、

幸せそうな笑顔でむしゃむしゃと食べている。


ソラトは自分の肉を食べ終えると、

空いた場所に次の肉を突き立て、焚火で炙り始めた。


アレクは噛みしめながら感嘆の声を漏らす。


「美味しいですね……野営でこんな美味しい食事は初めてです」


ソラトは褒められて、照れくさそうに笑った。


エリシアは肉を味わいながら言う。


「ソラトの下処理が完璧だから、ここまで美味しくなるんだろう」


そう言うと、エリシアは立ち上がり、

馬車の荷台に積んである箱を開けた。


中から取り出したのは――

ブドウ酒のボトル。


ソラトとアレクは目を丸くする。


「えっ……そんなの積んでたんですか」


エリシアは元の場所に戻り、

木製のコップにブドウ酒を注ぎながら言った。


「野営になっても大丈夫なように、ちゃんと積んでおいた」


肉に合わせてブドウ酒を口に含むと、

エリシアは満足げに微笑んだ。


その横でミリィは両手の肉を食べ終え、

焼けている肉をまた両手でつかむ。


「ソラト、この肉メチャクチャおいしい!

 ソラト、料理の天才!」


ソラトは照れながらも嬉しそうに笑った。



エリシアは肉をかじりながら、ミリィへ問いかける。


「ミリィ、森の中には他に魔物の気配はなかったか」


ミリィは両手の肉を頬張りながら、もぐもぐと答える。


「なかったよ。あれだけ」


エリシアは少し考え込み、焚火を見つめた。


「ならばいいが……

 エイシンウルフは単独行動の魔物だからな。

 一匹だけ迷い込んだか」


ソラトは黄色い魔石のことを思い出し、口を開く。


「そういえば、あの魔物の魔石は黄色かったけど……

 何か違うんですか」


エリシアはコップを置き、説明を始めた。


「魔石に込められている魔力の量が違うんだ。

 赤が一番少なく、一番多いのは紫色をしている」


ソラトは「なるほど」と頷く。

色の違いは強さの違い――単純だが分かりやすい。


エリシアは続ける。


「強い魔物になるほど、魔力の多い魔石が出てくる。

 青や紫の魔石の魔物討伐は、騎士団一個小隊の戦力が必要だ」


ソラトは“一個小隊”がどれほどの規模なのか分からないが、

とにかくとんでもなく強い魔物なのだと理解した。


エリシアはブドウ酒を飲み、またコップに注ぐ。


「まあ、そこまで強い魔物はめったに現れることはないがな。

 騎士団の仕事は、今朝みたいに大量発生した魔物の駆除がほとんどだ。

 アレクのところではどうだった」


アレクは肉を噛みながら答える。


「そうですね。自分も大量発生の討伐が多かったです。

 エイシンウルフぐらいなら冒険者が討伐してしまうので、

 騎士団が出ることはめったになかったです」


その時、ミリィが突然叫んだ。


「うわっ、これメチャクチャおいしいソラト!」


ソラトは嬉しそうに笑う。


「それは森猪の肝の串焼きだよ。

 あとこれは腸で、こっちは心臓。

 森猪は捨てるところは骨くらいですから」


ソラトは次々と串をみんなに配る。


エリシアは腸の串焼きを口に運び、

噛みしめながらブドウ酒を飲む。


「……これはいけるな」


焚火の明かりが揺れ、

四人の夜はゆっくりと更けていった。





森猪一匹は、四人で見事に完食してしまった。

とくにミリィの食べる量は圧倒的で、

まるで港での魔物討伐で使ったエネルギーを

一気に補給しているかのようだった。


焚火が静かに揺れ、夜の森は深い闇に沈んでいく。


エリシアは食べ終えた串を置き、立ち上がった。


「では、そろそろ眠るとするか。

 アレク、夜警は二人で交代で行おう」


アレクは姿勢を正し、頷く。


「了解しました」


その言葉に、ソラトが反応した。


「エリシアさん、夜警って……見張りのことですよね」


「ああ、そうだ。

 だがソラトとミリィは眠るといい。

 私たち二人が交代ですれば十分だ」


ソラトは少し考え、焚火を見つめながら言った。


「……結界張っとけば、さっきの魔物ぐらいなら防げますよ」


エリシアは驚いて目を見開く。


「そんな強い結界が張れるのか」


「はい。さっきぐらいの魔物なら全然防げます」


ソラトは夜空に手を上げ、

思考の中で結界魔術式を展開した。


次の瞬間――


ソラトの頭上高くに光の玉が現れ、

それは一瞬で広がり、

光のカーテンのように野営地一帯を覆った。


淡い光が森を照らし、

まるで静かな聖域のような空気が広がる。


エリシアはその結界を見上げ、

騎士団の魔法使いが張る結界とは

まったく違う“質”を感じていた。


「……たしかに、今まで見てきた結界とは違う。

 しかしソラト、結界を張っていたらお前が休まらないじゃないか」


ソラトは首を振る。


「結界は張ってしまえば、解除するまで何もしないから大丈夫ですよ」


エリシアはさらに驚く。


「……結界は魔力を送り続けて維持すると聞いていたが、違うのか」


ソラトは焚火の明かりに照らされながら説明した。


「魔術式が複雑なんだけど……

 少しの魔力で維持できる“結界魔術”があるんですよ。

 それなら、大気にあるわずかな魔力で維持できるんです」


エリシアもアレクも、言葉を失った。


ソラトは続ける。


「リベッタ村の結界もそれですよね、たぶん。

 規模がだいぶ大きいけど。

 あとアレクさんの小瓶の封印魔術も、

 それと同じ原理だと思います」


焚火の音だけが、静かに響いた。


エリシアとアレクは、

ソラトという少年の底知れなさを

あらためて思い知らされていた。



エリシアはコップを置き、ソラトへ向き直る。


「夜警しなくていいとは、助かるソラト」


アレクも深く頭を下げた。


「ありがとうございます、ソラト殿」


突然感謝され、ソラトは慌てて手を振る。


「い、いえいえ! そんな大したことしてませんし……

 じゃあ、そろそろ眠りましょう」


エリシアは頷き、立ち上がる。


「そうだな。では、おやすみ」


ソラトとアレクは同じテントへ向かい、

エリシアがもう一つのテントに入ると――

ミリィはすでに丸くなって寝息を立てていた。




翌朝

エリシアが目を覚まし、テントを出ると、

朝の冷たい空気の中でアレクが剣を振っていた。


その姿を見て、エリシアは思わず薄く笑う。


(……さすが努力の達人だな)


そこへ、ソラトがテントから顔を出す。


「おはようございます、エリシアさん」


「うむ。では片付けて出発するぞ」


「はい!」


ソラトはテキパキとテントを畳み、

馬車へ積み込んでいく。

その手際の良さに、アレクは気づいて慌てて戻ってきた。


「す、すみませんソラト殿! すぐ馬の準備をします!」


「はい、お願いします」


その頃、ミリィが寝ぼけた顔でテントから出てきた。


「ソラト、朝ごはんの狩りいこう」


エリシアは即座に却下する。


「そんなことしてたら出発が遅れる。

 朝食は馬車に乗ってからだ」


ミリィは不満そうに唇を尖らせる。


「ミリィ、狩りして肉やきやきがいいな……」


「それは今度の野営の時だ。

 ほら、早く川に行って顔を洗ってきなさい」


ミリィはしょんぼりしながら川へ向かった。


その間にソラトは片付けを終え、

アレクは馬の準備を整える。


ミリィが戻ってくると、

エリシアに期待の目を向けた。


「つぎの野宿いつ?」


エリシアは苦笑しながら答える。


「それはまた町に着けなかったときだな。

 さあ、出発するぞ」


四人は荷物を積み終え、馬車に乗り込む。


朝の光が森を照らし、

馬車はゆっくりと街道へと走り出した。

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