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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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海を駆ける勇者

防波堤の先端に立った瞬間、肌を刺すような気配が走った。


エリシアは海を睨みつけながら言った。


「……魔物の気配がすごいな」


アレクも視線を水面へ落とし、息を呑む。


「そうですね……数がかなりいますね」


穏やかに見える海面の下には、無数の影がうごめいていた。

黒い影が重なり合い、海そのものが生き物のように蠢いている。


エリシアは腕を組み、低く呟いた。


「さて……これをどう駆除したものか……」


その言葉が終わるより早く――


水面が破裂した。


バシャァッ!!


一匹の魔物が跳ね上がり、四つに割れた口を大きく開けてエリシアへ飛びかかる。


金属光沢の肌。

縦にも横にも裂けた異形の口。

胸ビレの場所に、人の手のようなもの。


アレクが叫ぶより先に――

エリシアの体は勝手に動いていた。


キィンッ!


抜き放たれた剣が閃き、魔物は空中で真っ二つに裂けた。

防波堤に落ちた肉片は塵となって消え、赤い魔石だけが転がる。


エリシアは剣を払って言った。


「……襲い掛かってくるなら排除できるな。

 みんな、間隔をあけて」


三人は即座に動き、防波堤の上で横一列に広がった。


その瞬間――


ブンッ。


小さな音とともに、ソラトの手に杖が現れる。

その動きは、もう完全に板についていた。


そして。


海が、爆ぜた。


ドバァァァン!!


四人めがけて、海中から一斉に魔物が跳ね上がる。

十、二十、いやもっと――

空気が悲鳴を上げるほどの数。


ミリィは目を輝かせ、ソラトは集中し、アレクは剣を構えながら息を整える。


エリシアは一歩前に出て、短く叫んだ。


「来るぞ――構えろ!」


海風が吹き抜け、防波堤の上で戦いが始まった。



海面から飛び出した魔物たちは、四人に向かって一直線に襲いかかってきた。


エリシアは迫る魔物を正面から受け止める。

剣が風を裂き、金属光沢の魔物の胴を正確に断ち切った。

その動きは無駄がなく、まるで舞うように美しい。


アレクは基本に忠実な構えで迎え撃つ。

足幅、重心、剣の角度――すべてが教本通り。

だがその正確さが、次々と飛び込んでくる魔物を確実に仕留めていく。


ミリィは軽やかに跳ねるように動き、

一度の踏み込みで三匹、四匹とまとめて斬り伏せる。

小さな体からは想像できない速度と破壊力だった。


そして――


ソラトの杖の先端が光を帯びた。


「……っ!」


閃光が連射され、視界に入った魔物の頭が次々と爆ぜる。

破裂音とともに赤い魔石が防波堤に転がり落ち、

魔物の身体は塵となって消えていった。


赤い魔石の魔物はやはり弱い。

四人の敵ではなかった。


次々と海から飛び出しては倒される魔物たち。

だが――しばらくすると、ぴたりと動きが止まった。


ソラトは海を覗き込む。


「……かかってこなくなりましたね」


海中にはまだ大量の影が蠢いている。

だが、誰一匹として飛び出してこない。


エリシアは剣を軽く下げ、冷静に言った。


「無駄だと気付かれたな」


アレクも周囲を警戒しながら頷く。


「これで我々に飛び掛かってくることは、もう無くなりましたね」


エリシアは海を見つめ、静かに息を吐いた。


「そうだな……さて、どうしたものか」


海風が吹き抜ける。

防波堤の上には赤い魔石が散らばり、

海の底にはまだ無数の影が潜んでいる。


四人は次の一手を考えながら、

静かに波の音を聞いていた。



エリシアは海面に潜む影を見つめながら、隣のソラトへ声をかけた。


「ソラト、魔法で何とかならないか」


ソラトは杖を握り直し、真剣な表情で考え込む。


(水中にいる魔物に有効な攻撃……

 光魔術は水面で反射してしまう。

 火は……やらずとも結果が見えてる。

 水魔術も、水しぶきが上がるだけだろうし……)


しばらく思案した後、ソラトは杖を前に突き出した。


「……やってみます」


まず、水魔術で水の矢を生成。

続けて氷魔術で瞬時に凍らせ、鋭い氷の矢へと変える。


「いけっ!」


氷の矢が海へ向かって一直線に飛ぶ――

が、海面に触れた瞬間、速度が急激に落ち、

魔物の影に届く前に力を失って浮かび上がる。


ソラトは眉をひそめる。


「……じゃあ、もっと重いのを」


今度は氷の槍を生成。

空気が一瞬で冷え、槍が白く輝く。


「これなら!」


槍が海面に突き刺さった瞬間――


ドゴォォォンッ!!


海面が派手に爆発し、白い水柱が上がった。

だが、爆発の勢いが強すぎて、

魔物がどうなったのかすら分からない。


ソラトは水しぶきを浴びながら、苦笑いを浮かべた。


「……水の中って、意外と厄介ですね」


エリシアは腕を組み、海を睨む。


「厄介どころか、こちらの攻撃が通りにくい環境だな」


アレクは真面目な顔で頷く。


「水中戦は……本当に難しいですね」



次の瞬間だった。


ミリィが突然、防波堤の縁から海へ向かって大きく跳んだ。


「ミリィ殿!?」

アレクが思わず叫ぶ。


エリシアもソラトも目を見開く。

だがミリィは迷いも恐れもなく、海面の魔物の影の上へと着地した。


着地と同時に――


シュッ!


小さな体からは想像できない鋭さで、魔物の頭へ斬撃を叩き込む。

魔物が霧散するより早く、ミリィは再び跳躍し、防波堤へ軽やかに戻ってきた。


三人は呆然とミリィを見つめる。


ミリィは胸を張り、どや顔で言った。


「名付けて――

 ミリィ・オブ・ザ・シーブレード だよ!」


完全に得意げだ。


エリシアは思わず笑ってしまう。


「体が小さく、素早い動きのミリィだからできる戦い方だな」


アレクはその言葉に深く頷く。


(……勇者って、やっぱり格が違う……)


エリシアは海を見つめながら言った。


「そうだな……何か足場でもあれば、もっと戦いやすいんだが……」


そしてソラトへ視線を向ける。


「ソラト、人が乗れるくらいの氷の塊は作れるか」


ソラトは驚いて目を丸くした。


「えっ……人が乗っても沈まないってことですか?」


「そうだ」


ソラトは息を整え、杖を海面へ向けた。


魔術式が展開され、海面がみるみる白く凍り始める。

やがて、人が乗っても十分な大きさの氷の塊が海に浮かんだ。


エリシアは助走もつけずに跳躍し、その氷の上へ軽やかに着地する。


氷は浮かんでいるだけなので不安定に揺れる。

だがエリシアは完璧なバランスで立ち、

すぐさま水中の魔物へ剣を突き立てた。


エリシアは再び跳躍し、防波堤へ戻る。


アレクは息を呑み、ソラトは感心し、ミリィは目を輝かせた。


エリシアは、満足げに頷いた。


「うむ、これならいけそうだ」


そしてすぐに次の指示を出す。


「ソラト、この氷の島を広範囲でたくさん作ってくれ」


ソラトは少し驚きつつも、すぐに真剣な表情に変わった。


「はい、わかりました」


彼は防波堤の上から海を見渡し、

ミリィとエリシアの跳躍距離を頭の中で計算しながら、

氷の島同士の間隔を割り出していく。


(この距離なら……ミリィもエリシアさんも飛び移れるはず)


ソラトは杖を両手でしっかりと握り、

先端を沖へ向けた。


(――伸びろ)

思考とともに魔力を流し込むと、

杖はまるで生き物のように前方へ一直線に伸びていく。


アレクが思わず息を呑む。


「……すごい」


ある程度伸びたところで、ソラトは氷の魔術式を展開。

伸びた杖を海面を撫でるように横へ振り払った。


その瞬間――


バキバキバキッ……!


海面に白い筋が走り、

そこから次々と氷の島が生まれていく。

同じ大きさの氷塊が、沖へ向かって均一に広がった。


ソラトは杖を元の長さに戻し、少し照れたように言う。


「こんな感じですか」


エリシアは満足げに頷いた。


「上出来だ」



エリシアは海を見据え、剣を軽く構えた。


「では、魔物の駆除に行ってくる」


その背中が跳躍のためにわずかに沈んだ瞬間――


「ちょっと待って!」


ソラトが慌てて呼び止めた。


エリシアは振り返る。


「どうした、ソラト」


ソラトは深呼吸し、杖を構える。

魔術式が展開され、淡い光が三人を包み込んだ。


エリシア、ミリィ、アレクの身体が一瞬だけ輝く。


エリシアは腕を軽く振り、力の通りを確かめた。


「強化魔法か。ありがたい」


ミリィは拳を握りしめ、目を輝かせる。


「おおっ、なんか力がみなぎるソラト!」


そのまま勢いよく海へ跳躍した。


アレクも自分の身体に流れる力の増幅を感じていた。


(……これなら、自分でもやれる……!)


アレクはソラトに深く頭を下げる。


「ありがとう、ソラト殿。自分も行ってきます」


そして海へ向かって跳躍した。



エリシアは氷の島をリズミカルに飛び移りながら、

水中の魔物へ次々と剣を突き立てていく。

その動きはまるで舞のように滑らかで、無駄がない。


ミリィは――もはや氷に乗っているのかすら怪しい。

海面を走っているかのような速度で、

次々と魔物の頭を斬り落としていく。


アレクは強化された身体で、

基本に忠実な剣さばきをさらに鋭くし、

確実に魔物を仕留めていく。


そしてソラトは――


防波堤の上から跳ね上がる魔物を

一匹残らず、正確に撃ち落としていた。


杖の先から放たれる閃光が、

魔物の頭を次々と爆ぜさせる。


赤い魔石が海に散らばり、

魔物の身体は塵となって消えていく。


四人の連携は完璧だった。


海の上に広がる氷の島々は、

まるで四人を迎えるために広げられた舞台のように輝いていた。




海面を埋め尽くしていた魔物の影は、

いつの間にか探さなければ見つからないほどに減っていた。


そして――ついに、影は完全に消えた。


すべて駆除できたのか、何匹か逃げたのかは分からない。

だが、少なくともこの海域に魔物の姿はもうなかった。


四人は防波堤の上で周囲を見渡す。


エリシアが剣を収めながら言った。


「……とりあえず、駆逐できたようだな」


ソラトは肩の力を抜き、ほっと息をつく。


「なんとかなりましたね」


アレクはソラトの方を向き、真剣な表情で言った。


「しかしソラト殿の強化魔法には驚きました。

 あそこまで強力な強化魔法が使える魔法使いは見たことがありません」


ソラトは少し困ったように笑う。


(他の魔法使いの強化魔法なんて知らないし……

 これが普通なのかどうかも分からないんだけどな)


ミリィはソラトの袖を引っ張り、期待に満ちた目で言う。


「ソラト、またやって!」


ソラトは苦笑しながら答えた。


「また今度、魔物討伐の時にね」


エリシアは海を一瞥し、踵を返す。


「じゃあ組合所に報告して、そろそろ行こう」


三人も頷き、歩き出す。


ソラトは防波堤に散らばった赤い魔石を、

持てるだけ両腕に抱え込んでから、みんなの後を追った。


海風が吹き抜け、静けさが戻った港を四人が歩いていく。


その背中には、

“ひとつの脅威を確かに終わらせた”

という確かな重みが宿っていた。

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