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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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波間に現れた異形

翌朝。

まだ空気に夜の冷たさが残る頃、四人を乗せた馬車は港へと到着した。


アレクが馬車を港の馬車留め場に停めると、エリシアは軽く伸びをしながら言った。


「では、漁港組合所に行くぞ」


アレクは心の中で思う。

(……昨日二本も飲んでたのに平気そうだ)


四人は歩き出し、港の中央にある組合所へ向かう。


建物の中に入ると――

広い室内に、事務員らしき人が三人だけ。

朝の漁が終わった後なのだろうか、明らかに人数が少ない。


エリシアは最も近くにいた事務員へ声をかけた。


「すみません。私はこういう者ですが」


胸元のペンダントを見せる。

事務員はメガネを押し上げ、刻印を確認した。


「おお……騎士団の方ですか。お待ちしていましたよ。

 なかなか来てくださらないので、どうなったのかと心配してたんですよ」


エリシアとアレクは思わず顔を見合わせた。


(……報告していた?)


エリシアは眉をひそめる。


「行政院には報告していたということですね」


事務員は当然のように頷いた。


「はい。魔物が出始めたひと月ほど前に……。

 みなさんは、そちらから来られたのではないのですか?」


エリシアは一瞬だけ沈黙し、すぐに切り替えた。


「とりあえず、お話をお聞かせください」


その声は静かだが、確かな緊張を帯びていた。


港の外では、波が穏やかに寄せては返す。




四人は事務員に案内され、組合所の奥にある応接室へ通された。

簡素な部屋だが、壁には海図や潮の記録が貼られており、漁村らしい空気が漂っている。


エリシアは椅子に腰を下ろすと、まず自分たちがここへ来た経緯を簡潔に説明した。


事務員は深刻な顔で頷きながら聞き、説明が終わると重い声で言った。


「そういうことですか……。

 では行政院は、まだ対策を立ててくれていないわけですね」


エリシアは苦い表情を浮かべた。


「おそらくそうでしょう。

 海に魔物が出るなんて、今までにない話ですから。

 こういう前例のない案件だと、何か月、何年も対策に時間がかかるのは……

 今の行政院では当たり前のようになっています」


事務員は青ざめた。


「そっ、そんなに……。

 それでは、とてもじゃないが遅すぎます……。

 我々はどうすれば……」


沈む空気の中、ソラトがエリシアへ視線を向けた。


「エリシアさん……その魔物って、どこに現れて、どんな魔物なんだろう」


エリシアは事務員へ向き直り、落ち着いた声で言った。


「そこのところを、詳しくお話してもらえますか」


事務員は深く息を吸い、覚悟を決めたように頷いた。

両手を膝の上で握りしめ、ゆっくりと語り始める。


「……ひと月前に、沖合で漁をしていた漁船が襲われたのが始まりでした」


声は落ち着いているようで、どこか震えている。


「船の周りを、サメのような魚影がぐるぐる回っていたそうです。

 漁師がモリで突いたんです。頭に見事に刺さって……

 浮上した時に、サメじゃないと気付いたんです」


エリシアは眉をひそめ、ソラトは身を乗り出す。

アレクは無意識に背筋を伸ばした。


事務員は続ける。


「横にも縦にも裂けるように開く口。

 金属光沢の肌。

 胸ビレの場所に……人の手のようなものがあり……

 目は真っ赤だったそうです」


ミリィが小さく「こわ……」と呟く。


「モリで致命傷を負ったそれは、赤い魔石を海に落として……

 塵のように消えていったんです」


エリシアの目が鋭く光る。


「魔石を残す……間違いなく魔物だな」


事務員は深く頷いた。


「しかも一匹だけじゃなかった。何匹もいて……

 船を壊して沈め始めたんです。

 船は二隻いて、乗員はもう一艘に乗り移り……

 命からがら逃げ帰ってきました」


ソラトは息を呑む。


「行政院に報告して、討伐を待ちました。

 ですが……漁師たちも、そう長く休むわけにはいかず……

 魔物に注意しながら漁に出るようになったんです」


エリシアは腕を組み、静かに聞き続ける。


「最初は沖にしかいなかった魔物が……

 徐々に岸へ近づいてきて……

 今日は、防波堤からでも見えるところにいるんです」


アレクの表情が強張る。


「だから今日は漁に出られなかった、というわけです」


事務員は言い終えると、肩を落とした。

応接室には、海の静けさとは対照的な重い沈黙が落ちる。



エリシアは三人の顔を順に見渡した。

その視線は落ち着いているが、どこか鋭さを帯びている。


「防波堤に様子を見に行ってみるか」


アレク、ソラト、ミリィの三人は同時に頷いた。

それぞれの胸に、違う感情が灯っている。


エリシアは事務員へ向き直り、短く告げた。


「それでは我々は様子を見に行ってみます」


四人が立ち上がると、事務員は深く頭を下げた。


「どうか……よろしくお願いします」


組合所を出ると、潮の匂いが強く鼻をくすぐった。

四人は馬車へ向かい、装備を取り出す。


エリシアは剣を手に取りながら言った。


「一応、剣だけは持っていこう」


アレクも自分の剣を腰に下げ、ミリィは小さな剣を背負う。

鎧は誰も着けない。

海辺での偵察に重装備は不要だ。


ソラトはその様子を見て、胸の奥が少しだけざわついた。


(……僕も剣、持ってみたいな……)


エリシアは港の先を指さした。


「あの沖に突き出た防波堤に行ってみよう」


潮風に髪を揺らしながら、四人は歩き出す。


ソラトは海を見つめながら考えていた。


(海の魔物って……どんなんだろう)


ミリィは逆に目を輝かせている。


「まもの、なん匹たおせるかな……!」


アレクは三人の後ろを歩きながら、胸の奥で静かに決意を固めていた。


(……みんなの邪魔にだけはならないようにしなければ)


それぞれの思いを抱えながら、四人は防波堤へ向かう。

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