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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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工房の熱と父の誇り

ブッカン南西の工房地帯は、朝早くから活気に満ちていた。


広い通り沿いには大きな工房が並び、

奥まった細い路地にも、小さな工房がひしめいている。

金属を叩く音、木を削る音、魔力の火花が散る音――

この街の“心臓”がここにあると分かるほどの熱気だった。


アレクの実家は、その広い通り沿いに建つ大きな工房だった。


馬車が工房の前に停まると、アレクはエリシアに言った。


「すぐ戻りますので」


「では私が馬を見よう」


アレクは御者台から降りると、エリシアは御者台へ移り、手綱を軽く握る。


その時、ソラトが遠慮がちに声をかけた。


「……あの、アレクさん。工房って、見学とかできます?」


アレクは笑顔で頷く。


「もちろん構いませんよ。どうぞ」


「ミリィもいく!」


ミリィは勢いよく飛び降り、ソラトの腕を引っ張る。


三人は工房の中へ入っていった。




中には20人ほどの魔導具師が働いていた。


木材を削り、細工を施す者。

金属を溶かし、型に流し込む者。

真っ赤に熱した金属を叩き、形を整える者。

フェルメタルに魔術式を刻み込む者。

そして、それらを組み上げる者。


魔力の光がちらちらと舞い、

金属の匂いと木の香りが混ざり合う。


ソラトは目を輝かせていた。


(……すごい。魔導具が“作られていく”ところを見るのは初めてだ)


ミリィはあちこちを指さしては、

「これなに」「あれすごい」とはしゃいでいる。


アレクは工房に入ってすぐの場所で作業していた年配の男性に声をかけた。


「父さん、久しぶり」


年配の男性は金属を叩く手を止め、

汗を拭いながら振り返った。


その顔には、

“息子が帰ってきた”という驚きと喜びが同時に浮かんでいた。


「おお、アレクじゃないか。お帰り」


「ただいま、父さん」


アレクは一歩近づき、

真剣な表情で言葉を続けた。


「今日から旅に出ることになったんだ。それを言いに今日……」


そう言って、ポケットから家の鍵を取り出し、父へ差し出す。


「長旅になりそうだから、家の鍵を預かっておいてほしい」


父は鍵を受け取りながら眉をひそめた。


「長旅って……いったいどうしたんだい」


アレクは息を整え、

勇者パーティーに入ったこと、

欠片のこと、

小瓶の封印を開けたこと――

すべてを話した。


父は黙って聞き続けた。

途中で口を挟むこともせず、

ただ息子の言葉を受け止めていた。


アレクは最後に深く頭を下げる。


「……八英雄の遺産の謎解きには、どうしても開ける必要があって。

 すまなかった、父さん」


父はふっと笑った。


「なあに、構わんよ。

 小瓶の封印は、この日のためのものだったんだろうし」


そして、少し言いにくそうに続けた。


「……実はな、若いころに小瓶の封印解除を試みたことがあるんだよ」


「えっ……父さんが?」


父は照れくさそうに笑う。


「三か月かけても、まったく歯が立たなかったよ」


アレクは驚き、そして少しだけ笑った。


父は腕を組み、遠くを見るように言った。


「しかし……あれを解除するなんて、やはり賢者はすごいな。

 一度会ってみたいものだ」


アレクは後ろを振り返る。


木細工の作業台の前で、

ソラトとミリィが職人と楽しそうに話していた。


ソラトは魔導具の構造に興味津々で、

職人も嬉しそうに説明している。


ミリィは木くずをつまんで遊びながら、

「これなに?」「これどうやるの?」と質問攻めだ。


アレクは声をかけた。


「ソラト殿、ミリィ殿、ちょっとかまいませんか」


二人は振り向き、アレクのもとへ駆け寄る。


アレクは父へ向き直り、紹介した。


「父さん。こちらが賢者のソラト殿です」


ソラトは丁寧に頭を下げた。


「初めまして、ソラトです」


アレクの父は、少年の姿を見て目を丸くする。


「君が……リベッタ村の賢者の末裔……?」


その視線が隣のミリィへ移る。


「すると、こっちのお嬢ちゃんがグランツの勇者の……」


ミリィは胸を張り、どや顔で言った。


「そのとおり。勇者ミリィなのだ」


父は大きく息を吐き、笑いながら首を振る。


「いやあ、これは驚いた……

 でもアレクがよく勇者様に認めてもらえたもんだね」


ミリィは即答した。


「アレクは努力の達人」


アレクは耳まで赤くなる。


父も笑って頷いた。


「そうだな。アレクは昔から人一倍努力してたからな」


アレクはさらに恥ずかしそうに俯く。



父は興味津々でソラトに向き直った。


「ところでソラトくん、小瓶の封印なんだけど……

 どうやって解除できたのか教えてもらってもいいかね」


「はい。最初は魔術式の逆算をして……」


ソラトは丁寧に説明を始めた。


父は腕を組みながら「ふんふん」と頷き、

まるで弟子の話を聞く職人のように真剣だ。


「……最後の照合式は、魔力の波長を変えて総当たりしたんですよ」


「なるほど……理屈は分かっても、そんな芸当ができるとは……

 さすが賢者だ」


父が感心していると、アレクが割って入った。


「父さん、今 騎士団長を待たせているから、もう行きますね」


「ああ、そうか。それはすまなかった。

 あっ、そうだ……」


父は立ち上がり、工房の事務室へ入っていった。


しばらくして戻ってきた父の手には一本の剣。


「これは“ファイアーボール”が撃てる魔導具の剣だ。

 持っていきなさい。アレクは火属性が苦手だったから、ちょうどいいだろう」


アレクは驚き、そして嬉しそうに剣を受け取った。


「ありがとう、父さん。じゃあ……もらっていくよ」


父は今度はソラトへ向き直り、真剣な表情になる。


「ソラトくん。息子を……よろしく頼む」


ソラトはびっくりして手を振った。


「い、いえいえ!こちらこそよろしくです」


アレクは姿勢を正し、敬礼した。


「じゃあ父さん、行ってまいります!」


踵を返し、工房の出口へ向かう。


ソラトは金属加工の職人のところで遊んでいたミリィに声をかけた。


「ミリィ、行くよ」


「はーい!」


三人が工房を出ていく背中を、

アレクの父は静かに、誇らしげに見送った。


(……アレク。立派になったな)


工房の熱気の中で、

父の胸には温かい誇りが満ちていた。





三人が馬車に乗り込むと、

アレクは御者台のエリシアへ声をかけた。


「お待たせしました、団長殿」


エリシアと交代し、アレクが手綱を握る。

全員が乗ったのを確認して、馬車がゆっくりと動き出した。


エリシアはふと、後ろの荷台に置かれた剣に目を留める。


「その剣は?」


アレクは少し誇らしげに答えた。


「父から頂きました。

 ファイアーボールが撃てる魔導具の剣だそうです」


エリシアは目を細める。


「ほう……さすが大きな工房だな。

 そんな高価なものを餞別に」


アレクはぽかんとした。


「えっ、そうなんですか?」


エリシアは呆れたように言う。


「なんだ、おまえは工房の息子くせにそんなことも知らんのか」


「はい……魔導具には全く興味がなく……」


エリシアは剣を鞘から抜き、光にかざした。


「これ一本で家が買える値はするぞ」


アレクは目を見開く。


「本当でありますか……ど、どうしよう……」


エリシアはさらに剣を細かく観察し、

柄の根元に刻まれた文字を見つけた。


「しかも……剣本体は“名工タガネ”の名が刻んである。

 これは家一軒じゃすまない値がするぞ」


アレクは完全に青ざめた。


「ど、どうしよう……父さん……」


ミリィは剣を覗き込みながら言う。


「ミリィもファイアーボールやりたい」


エリシアは即答した。


「この剣は魔石が使える仕様じゃないから、ミリィは無理だな」


「むぅ……」


ミリィはしょんぼりする。


エリシアは剣を丁寧に鞘へ戻した。


「よかったなアレク。いい物もらえて」


アレクは深く息を吐いた。


(そんな高価なものだと知っていたら……

 もっとしっかりお礼を言えばよかった……)


後悔が胸に広がる。


馬車はそのまま進み、

ブッカン城壁の南門へと向かっていった。

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