平凡を超える意志
昼前に宿へ戻ったソラトとミリィは、
市場で見つけた“初めて見るお菓子”を山ほど買い込み、
紅茶を淹れてのんびりと味わっていた。
市場で散々食べ歩きをしたはずなのに、
甘いものは別腹らしい。
ミリィは、ぎっしり果物が詰まった茶色い菓子をソラトに見せる。
「ミリィはこれ一番好き。ソラトは」
ソラトは白くて雲のようにふわふわした菓子を手にしていた。
「ぼくはこれが一番かな」
「そう言われると、それも捨てがたい……」
二人はそんな他愛ない会話をしながら、
幸せそうにお菓子を頬張っていた。
その時――
部屋のドアが開き、エリシアがアレクを連れて入ってきた。
「二人とも帰っていたか。市場は堪能できたか」
ミリィは口いっぱいにお菓子を入れたまま答える。
「まだ全部まわってない。明日またいく」
ソラトも笑顔で頷く。
「美味しいものいっぱいでしたよ。あっ、これ」
そう言って、ソラトはエリシアに硬貨の入った袋を返した。
エリシアは袋を受け取り、肩掛けポーチへしまう。
そして代わりに、ポーチから小瓶を取り出した。
「ソラト。封印魔術の解除はできるのか」
ソラトは小瓶を見て、少しだけ表情を引き締める。
「封印魔術の解除方法は……魔導院の書庫で、ある程度は読みました」
エリシアは頷き、小瓶を差し出す。
「じゃあ、これを見てくれるか」
ソラトは両手で小瓶を受け取り、
光に透かすようにじっと観察した。
ミリィはお菓子を食べる手を止め、
アレクは緊張した面持ちで立ったまま見守っている。
ソラトは小瓶を受け取った瞬間、
アレクをちらりと見た。
(……誰だろう?)
そう思ったが、今は流す。
目の前の小瓶のほうが重要だ。
ソラトは両手で小瓶を包み込むように持ち、
静かに目を細めた。
「この瓶自体から……微量に魔力を感じますね。
そして、その向こうに――欠片と同じ魔力が……」
ソラトは顔を上げ、エリシアを見る。
「これって、もしかして……」
「英雄ミレイユの、それだ」
ソラトは軽く息を呑む。
「もう見つけたんですか。早いですね」
アレクは驚いた。
自分は小瓶から魔力を感じたことなど一度もなかったからだ。
(……この少年、どれほどの魔力感知を)
そんな思いが胸をよぎる。
ソラトはテーブルの上の菓子を端に寄せ、
小瓶をそっと置いた。
「じゃあ、封印魔術を見てみますね」
掌をかざした瞬間、
ソラトの意識の中に無数の魔法陣が広がった。
幾何学模様が重なり、回転し、
封印式の構造が少しずつ姿を現す。
(まずは魔術式の逆算……)
ソラトの思考が静かに加速する。
結界層が現れ、
防御魔法が幾重にも重なっているのが見えた。
(これを剥がして……)
一つ、また一つと防御層を解除していく。
そして――
最後に現れたのは、魔力適性の照合式。
“封印した者の魔力でしか開かない”
極めて厄介な封印。
ソラトは魔力の波長を微妙に変化させ、
総当たりで照合を試みる。
(……違う。これも違う。もっと……細かく)
部屋は静まり返り、
ミリィもアレクも息を呑んで見守っていた。
しばらくすると――
小瓶が、ほんの一瞬だけ光った。
ソラトは顔を上げる。
「解除できました」
その声は落ち着いていたが、
確かな手応えがあった。
ソラトは小瓶の蓋に指をかけ、
ゆっくりと持ち上げる。
静かに蓋を開け、小瓶を傾けた。
――コロリ。
欠片が転がり出て、テーブルの上で淡く光る。
その瞬間、アレクの表情が一瞬だけ変わった。
驚き、畏れ、そして……確信。
「もっ、もしかして……賢者様であられますか」
ソラトは“賢者様”と言われ、わずかに引いた。
「え、あ……その、はい……」
ミリィはお菓子をつまんだまま、当然のように胸を張る。
「ということは、こちらは勇者様……」
「その通り。ミリィが勇者様だ」
アレクは息を呑んだ。
封印魔法を、あれほど複雑な封印を――
指一本触れず、わずかな時間で解いてしまう賢者。
(……格が違う)
そう思った瞬間、
勇者の規格外も容易に想像できた。
ミリィの無邪気な笑顔の奥に潜む“底知れなさ”。
ソラトの静かな魔力の深さ。
アレクの胸の奥で、何かが強く燃え上がる。
(この人たちのそばで……もっと学びたい。
魔法剣士として、もっと強くなりたい)
気づけば、口が勝手に動いていた。
「わっ、私も……勇者様のパーティーに加えていただけないですか」
言った瞬間、アレクは自分で驚いた。
だが、その瞳は真剣だった。
エリシアもソラトもミリィも、
その“衝動の告白”を受け止めるようにアレクを見つめていた。
アレクは深く息を吸い、改めてエリシアへ向き直った。
「エリシア騎士団長殿……どうか、自分も旅に連れていってもらえませんか」
エリシアは黙ってアレクを見つめる。
(ミレイユの欠片の所有者はアレク……
欠片が必要なら、彼を連れていくのが筋だ。
だが――パーティーの決定権は私ではない)
エリシアは視線をミリィへ向けた。
「このパーティーメンバーを決めるのはミリィだ。
ミリィ、どうする」
ミリィはアレクをじっと見つめる。
勇者の“相手の力を探る能力”が静かに発動する。
アレクの魔力、体力、技量、精神力――すべてがミリィの中に流れ込む。
そしてミリィは、ぽつりと言った。
「このひと……平凡かな」
アレクの肩が落ちる。
「……やはり、そうですよね。
自分みたいな平凡な剣士が、おいそれと勇者パーティーに入れるわけないことは……分かってました」
アレクは深く頭を下げた。
「分相応ではないことを言ってしまい、誠に申し訳ございません」
そしてエリシアへ向き直る。
「団長殿。その欠片はお譲りいたします。
どうか八英雄の遺産の謎を解明してください」
エリシアは欠片が手に入る安堵と、
アレクの気持ちを思う複雑さの間で揺れていた。
(……アレク。お前は本当に真面目だな)
そのエリシアの表情を見て、
ミリィはもう一度アレクの“力”を探った。
今度は――もっと深く。
そして、ミリィはハッと目を見開いた。
「このひと……平凡。
だけど――努力が規格外!」
ミリィは勢いよくアレクを指さした。
「お前も今日から仲間だ!」
アレクは目を丸くした。
ミリィは胸を張って言い切る。
「平凡でもいい。
努力がすごいなら、それはもう平凡じゃない!」
アレクの胸の奥で、
何かが熱く弾けた。
ソラトはアレクを見て、ふと気になったことを口にした。
「で、アレクさんは英雄ミレイユの子孫ってことですよね」
アレクは背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げる。
「申し遅れました、賢者様。
自分はミレイユ・サンクティアの子孫で、アレク・サンクティアと申します」
ソラトは“賢者様”の響きに、肩をすくめる。
「え、あ……その、賢者様はちょっと……」
エリシアがそこで口を挟んだ。
「それからアレク。
私たちは目立つと困るので、勇者、賢者と呼ばずに――
ミリィとソラトと呼ぶように」
アレクは真面目に頷く。
「わかりました」
そして、ソラトとミリィへ向き直り、
深く礼をした。
「では、これからよろしくお願いします。
ソラト殿、ミリィ殿」
ソラトは苦笑いを浮かべる。
「“賢者様”よりは、だいぶマシですね……よろしくお願いします」
ミリィは少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
(勇者様でよかったのに……)
だが、すぐに笑顔になり、
アレクの肩を軽く叩いた。
「よろしく、アレク!」
その瞬間、
アレクの表情に“仲間になれた”実感が宿った。
エリシアはその様子を見て、
胸の奥が少し温かくなる。
(……いいパーティーになりそうだ)




