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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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封じられた白磁の継承

アレクの家は、訓練場から歩いてすぐの場所にあった。

二人は並んで石畳の道を歩きながら、

アレクは自然と口を開いた。


「討伐後にミレイユは屋敷ではなく、治癒院を王に頼んで建ててもらったんです」


エリシアは横目でアレクを見る。

語り口は落ち着いていて、三十歳らしい落ち着きと誠実さがあった。


「そこでミレイユは、生涯を治癒に捧げて暮らしていたそうです。

 ただ……ミレイユの子どもにはヒーラーの才がある者がいなくて。

 治癒院は、才能のある別の人が引き継ぎました。

 それで、ミレイユの子孫は治癒院から離れていったんです」


アレクは前方を指さす。


「その治癒院が、あの建物です」


エリシアは足を止めた。


歴史を感じさせる立派な建物。

入り口の前には、英雄ミレイユの像が静かに立っている。

風に吹かれた花弁が、像の足元に舞い落ちていた。


アレクは歩きながら続けた。


「私の家系は代々ハーフエルフばかりですが……

 誰一人として、英雄ミレイユのような才ある魔法使いは生まれませんでした。

 それは……私も同じです」


その言葉には、卑屈さはなかった。

ただ、事実を淡々と受け入れている声音だった。


そしてアレクは足を止め、家の前で振り返る。


「着きました。ここが私の家です」


アレクの家は外観こそ小さかったが、

門をくぐるとまず小さな庭が広がっていた。


地面には剣を振った跡が無数に刻まれている。

踏み固められた土、刃が風を切った軌跡――

毎日欠かさず鍛錬していることが一目で分かった。


(真面目な男だな)


エリシアはそう思いながら玄関へ向かう。


家に入ると、すぐ目の前に台所があった。

棚は整然と片付けられ、

食器は種類ごとにきっちりと並べられている。


エリシアは棚の中を一瞥し、ふと気づいた。


「一人で暮らしているのか」


アレクは振り返る。


「はい。実家は魔導具工房で、南西の工房地帯にあります。

 騎士団に入団した時に一人で越してきました。

 本当は騎士寮に入るつもりだったんですが……

 親戚が“この家が空いているから使っていい”と言ってくれて。

 このあたりは、私の親戚が多い場所なんです」


(治癒院の近くに親戚が多い……なるほど、ミレイユの家系)


エリシアは納得したように頷く。


アレクはエリシアに向き直って軽く頭を下げた。


「それでは、ここでお待ちください」


そう言うと、奥の部屋へと消えていく。


エリシアはその背中を見送りながら思う。


(話し方だけじゃない。

 立ち居振る舞いも、家の整え方も……

 すべてが真面目だな)


アレクの誠実さが、家の隅々にまで染み込んでいるようだった。




アレクは奥の部屋から、

掌に収まるほどの小さな陶器の薬瓶を持って戻ってきた。


その動きは無駄がなく、

まるで儀式の品を扱うような慎重さがあった。


机の上にそっと置かれた瓶は、

白磁のように滑らかで、光を受けて淡く輝いている。


「これは、私がここに移り住む十年前に父から譲り受けたものです」


エリシアは瓶を見つめた。

五百年という時間を感じさせないほど、傷ひとつない。


アレクは続ける。


「これは英雄ミレイユからサンクティア家で受け継いでいるもので……

 必ず次の世代に引き渡し、決して中を開けてはいけないと」


(やはり……そういう類のものか)


エリシアは静かに手を伸ばした。


「ちょっと見せてもらって構わないか」


「はい、どうぞ」


エリシアは小瓶をつまみ上げ、光に透かすように眺める。


「……五百年前の物にしては真新しく見えるな」


アレクは頷いた。


「その陶器は“魔力焼成陶器”といって、

 焼成時に魔力を流し込むことで劣化しにくくなるんです」


(そんな陶器があるとは……)


エリシアは初めて聞く技法に、わずかに眉を上げた。


アレクは補足するように続ける。


「ブッカンでは知られている陶器で、

 英雄ミレイユが発祥だとも言われています。

 高価な特注品なので、他ではあまり知られていないのかもしれません」


エリシアは瓶を軽く振ってみた。


カラカラ……と、乾いた音がする。


「中に何が入っているのかは?」


「分かりません」


「今まで誰も開けようとした者はいないのか」


「いなかったんじゃないでしょうか。

 英雄からの言い伝えですし……」


アレクは少し言いにくそうに付け加えた。


「それに、蓋が強力な封印魔法で……そもそも開けることができません」


エリシアは試しに蓋をひねってみた。

だが――びくともしない。


アレクは小瓶を見つめながら、静かに言葉を続けた。


「それに、これは魔力焼成陶器。

 金属より硬くなっているので……壊すことも難しいと思います」


エリシアは蓋に指をかけ、力を込めてひねってみた。

だが――まったく動かない。

封印魔法の抵抗が、指先に冷たく伝わってくる。



エリシアを見てアレクは思った。


「エリシア騎士団長殿……

 団長殿は、もしかしてこの中身が何かご存じなのでしょうか」


エリシアの手が止まる。

一瞬だけ表情が固まり、

次の瞬間には、何かを決めたように静かに息を吐いた。


小瓶を机に戻し、

肩掛けポーチへ手を入れる。


「おそらく中に入っているのは――これだ」


エリシアは、掌に収めていた“欠片”を机の上へ置いた。



アレクは欠片を見た瞬間――

ほんの一瞬だけ、瞳の奥が揺れた。


驚きか、恐れか、あるいは別の感情か。

その揺らぎはすぐに消えたが、

エリシアは見逃さなかった。


「どうだ。これを見てどう感じる」


アレクは姿勢を正し、真面目な声で答える。


「はい……何か、強い“欲”のような気持ちが沸き上がってきました」


エリシアは眉をわずかに動かす。


「で、今は何ともないのか」


「はい。この程度の感情の揺らぎなら制御できます」


その言葉に嘘はなかった。

アレクの声は落ち着いており、

精神が鍛えられていることが自然と伝わってくる。


(……日々の鍛錬は、体だけじゃないということか)


エリシアは心の中でそう思った。


彼女は欠片を指先で軽く押し、

机の中央に置き直す。


「この欠片は、マッカリナの八英雄の一人――

 ドルガンのゆかりの地で見つけたものだ」


アレクの表情がわずかに強張る。


エリシアは続けた。


「そしてこれ以外にも、勇者と賢者のところからも同じものが見つかっている」


アレクは息を呑む。

その反応を見て、エリシアは決意する。


(……譲ってもらうには、こちらも筋を通すべきだな)


エリシアはアレクの正面に座り直し、

視線をまっすぐに向けた。


「アレク。

 お前の家に伝わる小瓶の中身が“欠片”である可能性は高い。

 だからこそ――私はすべてを話す」


エリシアは、これまでの経緯を包み隠さず語った。





アレクは欠片と小瓶を交互に見つめ、

真剣な表情で口を開いた。


「団長殿のお話、よく分かりました。

 勇者様と賢者様なら……お渡ししても問題ないと思います。

 しかし、この封印を外さなければ……」


エリシアは腕を組む。


「外し方はあるのか」


アレクは少し考え込み、言葉を選ぶように答えた。


「封印魔術は……解析して解くものです。

 ですが、高位魔導師でも解くのに何か月もかかってしまうので……」


その声には、焦りではなく“現実的な困難”を理解している落ち着きがあった。


アレクはさらに思案するように視線を落とす。


エリシアはその様子を見ながら、

ふと、ある人物の顔が脳裏に浮かんだ。


(……そうだ)


エリシアは机に手を置き、静かに言った。


「封印ではないが……

 “錠を指を鳴らして開ける”魔法使いを知っている。

 彼に頼んでみよう」


アレクは目を丸くする。


「えっ……指を鳴らして……?」


エリシアは立ち上がり、肩掛けポーチを整えた。


「もう昼過ぎだ。

 彼なら、そろそろ帰っているはずだ。

 そこへ向かおう」


アレクは慌てて立ち上がり、

しかしすぐに姿勢を正して頷いた。


「はい、団長殿!」


エリシアは小瓶と欠片を丁寧に包み、

アレクの家を後にする。

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