サンクティア家の遺すもの
エリシアがハーブティーを飲み終えた、ちょうどその時だった。
団長室の扉がノックもなく開く。
「アレク・サンクティアを連れてまいりましたよ、エリシア!」
ダリオンの声が響き、その後ろから一人の青年が姿を現した。
黒髪を短く整え、淡い青の瞳。
長すぎず短すぎない耳は、典型的なハーフエルフの特徴を示している。
三十歳という年齢らしく落ち着いた雰囲気をまとい、
鍛えられた体つきは魔法剣士としての実力を物語っていた。
アレクはエリシアを見るなり、背筋を伸ばして敬礼する。
「アレク・サンクティアであります!」
エリシアも軽く敬礼を返し、席に腰を下ろす。
「楽にしてくれ」
促され、アレクも静かに椅子へ座った。
その横で――
ダリオンが、さりげなくエリシアの隣の椅子に腰を下ろそうとする。
エリシアはその挙動に気づき、
氷のように冷たい視線を向けた。
ダリオンは腰を下ろしかけた姿勢のまま固まり、
ぎこちなく笑いながら中央の席へ移動する。
「……こ、こちらに座りましょうかね」
バツの悪さを隠しきれない様子で、
ダリオンは中央席に腰を下ろした。
エリシアは何事もなかったかのように、
アレクへ視線を向ける。
「アレク・サンクティア。
英雄ミレイユ・サンクティアの子孫で間違いないか」
アレクは迷いのない声で答える。
「はい、その通りであります」
エリシアは続ける。
「単刀直入に聞く。
お前の家に代々伝わる“何か”か、言い伝えはあるのか」
アレクは即答した。
「はい。どちらもあります」
エリシアは心の中で小さく頷く。
(……やはり、か)
「それはどこにある」
「自宅にあります」
横で聞いていたダリオンは、会話の意味がまったく分からず、
目だけが忙しく二人の間を往復していた。
エリシアはダリオンへ向き直る。
「ダリオン騎士団長。
アレクをしばらく借りてもいいか」
ダリオンは状況を理解していないまま、勢いだけで答える。
「それがエリシアの望みなら、どうぞアレクをご自由に!」
(……いつの間に“エリシア”呼びになったんだ)
エリシアは一瞬だけ引っかかったが、
今はどうでもいいと判断して流した。
「では、アレクをしばらく借りる。
アレク、すぐに着替えて家に向かうぞ」
「はい、分かりました。すぐに着替えてまいります!」
アレクは敬礼し、足早に団長室を出ていった。
扉が閉まると同時に、ダリオンが身を乗り出す。
「エリシア、今のは……」
エリシアは、欠片の話をダリオンに伝えるべきか一瞬迷った。
だが――隠す理由もない。
(……まあ、話しても問題はないだろう)
エリシアはそう判断し、
静かに口を開いた。
エリシアは、ダリオンに向き直ると簡潔に“欠片”の説明を始めた。
あくまで大雑把に――だが、核心は外さない。
――ダリオンは腕を組みながら聞き、やがて眉を上げる。
「で、その欠片は……八英雄全員が持ち帰って、どこかに隠していると?」
「おそらくな。
いま三つ見つけている」
「三つ……。
で、欠片を全部集めるとどうなるんだ?」
エリシアは肩をすくめ、わずかに笑みを浮かべた。
「それは分からん。
だが――分からないからこそ、集めたくなるんじゃないか」
その言い方が妙に絵になって、
ダリオンは胸を撃ち抜かれたような顔をする。
(……カッコよすぎる)
そんな空気の中、扉がノックされる。
「失礼します。着替えました」
アレクが戻ってきた。
黒髪を整え、軽装の外出用装備に着替えた姿は、
魔法剣士らしい凛とした雰囲気をまとっている。
エリシアは立ち上がる。
「では行こうか、アレク」
「はいっ!」
アレクが元気よく返事をしたその時、
エリシアはダリオンへ向き直った。
「それから、この事は内密にしておいてくれ。
賢者と勇者を連れていることが行政院に知れたら、足止めされるかもしれん」
ダリオンはすぐに理解したように頷く。
「さっき言っていた世襲貴族の政治利用だね。
大丈夫、任せてエリシア」
(……また“エリシア”呼びになっているな)
距離感が妙に近いことに違和感を覚えたが、
今は気にしている場合ではない。
「では、しばらくアレクを借りていく」
そう言い残し、エリシアとアレクは団長室を後にした。
扉が閉まると同時に――
ダリオンは一人、椅子に座り込み、にやけた。
(エリシアと呼んでも拒否されなかった……!
これは……距離が縮まったのでは……?)
完全に浮かれていた。




