ハーフエルフの街、ブッカンへ
ブッカンの街に到着したのは、
マッカリナを発って九日目の夕暮れだった。
古い石造りの家々が並び、
どこか懐かしい雰囲気を残しながらも、
街はグランツに負けず劣らず大きく、活気に満ちていた。
行き交う人々の声、露店の呼び込み、
夕暮れの光に照らされた街並み――
旅の疲れを忘れさせるほど賑やかだ。
そんな中、ソラトはふと気づいた。
「……なんだか、ハーフエルフ、多くないですか?」
長く伸びた耳、雰囲気で分かる。
街を歩く人々の半分近くが、明らかにハーフエルフだった。
エリシアは当然のように答える。
「ブッカンの民の半分以上がハーフエルフだからな」
「ええっ、そんなにいるんですか?
でも……なんで?」
エリシアは淡々と説明する。
「理由はいくつかあるが、この地方はハーフエルフの出生率が異常に高い。
グランツが十人に一人の割合に対して、
ブッカンでは二人に一人の割合でハーフエルフが生まれる」
ソラトは目を丸くした。
「どうしてそんなに多いんですか?」
「理由はよく分かっていない。
このあたりでは魔導具に使う“フェルメタル”が多く採れるんだが、
それと関係しているという説もある。
だがそれは、定かではないが」
馬車の手綱を握りながら、エリシアは街道沿いの宿を探していた。
夕暮れの光がブッカンの古い町並みを照らし、
石畳が橙色に染まっていく。
エリシアは視線を前に向けたまま語る。
「それと……ブッカンには魔導具の工房が数多くある。
そこに働きに、ハーフエルフが他所から集まってくる」
ソラトは驚いたように身を乗り出す。
「そんなに工房が多いんですか?」
「ブッカン南西には百件以上の工房が集まって、
ひとつの工房地帯になっているぐらいだ」
「百件……そんなにあるんだ。
でも、なんでハーフエルフが……」
ソラトは少し考え、ぽつりと呟く。
「……もしかして、魔導具を作るのって、魔力がないと作れないとか?」
エリシアは短く頷いた。
「そういうことだ。
フェルメタルに魔術式を刻み込むには、魔力が無いとできない」
ソラトは納得したように息をつく。
「なるほど……だからハーフエルフが多いんだ」
エリシアは街道沿いに目を走らせ、
やがて木製の看板を掲げた宿を見つけた。
「宿があったぞ。
今日はここに泊まることにしよう」
馬車はゆっくりと速度を落とし、
夕暮れのブッカンの街に、三人の旅の一日が静かに幕を下ろしていく。
エリシアが宿の手続きを済ませると、
馬車を裏手の馬屋へ預けて戻ってきた。
「食事に行くか」
その一言で、ソラトとミリィの目が同時に輝く。
「メッチャお腹減ってたんですよ!」
ミリィは飛び跳ねる。
「にーく、にーく!」
ご飯と聞いただけでテンションが跳ね上がる二人に、
エリシアは苦笑しながら言う。
「ブッカンは南に漁村があって、魚の美味い店が多いが……
肉がいいのか?」
ミリィは一瞬だけ考えたが――
“うまいさかな”という言葉に反応して、目がさらに輝いた。
「うまいさかな……!
ミリィ、やっぱりさかながいい!」
エリシアはソラトのほうを見る。
「ソラトもそれでよいか」
ソラトは笑顔で頷いた。
「はい」
宿のすぐ近くに、灯りのともった食事処があった。
木の看板には魚の絵が描かれており、店内からは賑やかな声が漏れてくる。
扉を開けると、酒の香りと焼き魚の匂いがふわりと漂った。
客層は冒険者が多く、笑い声や武勇伝が飛び交っている。
三人は空いている四人掛けの席に腰を下ろした。
すぐに店員が注文を取りに来る。
エリシアは慣れた様子でメニューを開き、淡々と注文を告げていく。
ブッカンまでの九日間で、
ソラトもミリィも、すっかりエリシアに注文を任せるようになっていた。
そして――エリシアの選ぶ料理に外れは一度もなかった。
注文が終わると、まず飲み物が運ばれてくる。
ソラトとミリィにはミルク。
エリシアには、いつものブドウ酒。
だが――
エリシアがボトルを傾けてグラスに注いだ瞬間、
ソラトは思わず「えっ」と声を漏らした。
注がれた液体は、赤ではなく――
無色透明だった。
「今日はブドウ酒じゃないんですか?」
エリシアは注ぎ終え、ボトルを置くとソラトを見る。
「これは魚料理に合う“ぶどうの酒”だそうだ」
そう言って、グラスに口をつける。
ひと口含んで、静かに味を確かめた。
「……なるほど。これなら合いそうだ」
エリシアの表情はいつも通り淡々としているが、
その声にはわずかに満足の色があった。
ミリィはミルクを両手で抱えながら、
「さかな、さかな♪」と小さく歌っている。
料理を待つ間、エリシアが静かに口を開いた。
「明日はブッカンの行政院に、英雄ミレイユの子孫の所在を調べに行くんだが……
ソラトとミリィは宿で待っていてもらう」
ソラトとミリィは同時に「えっ」という顔をした。
エリシアは二人の反応を見て、淡々と説明を続ける。
「ブッカンの行政院には、この領地の貴族がいる。
勇者と賢者がここにいると知れば、必ず近づいてくるだろう。
足止めされると困るので、私だけで調べに行ってくる」
ソラトはすぐに理解した。
(なるほど……そういうことか)
ミリィは途中から興味を失い、
説明を聞いているふりをしながらミルクを飲み干していた。
ちょうどそのとき、
料理が次々と運ばれてくる。
焼き魚、煮込み、貝の蒸し物、香草の効いたスープ――
テーブルいっぱいに魚介料理が並び、
湯気と香りが三人を包み込む。
ソラトとミリィは、待ちきれないというように声をそろえた。
「いただきまーす」
その声に、店のざわめきが少しだけ和らぎ、
旅の夜がゆっくりと満ちていく。
海の物を口にしたことがないソラトにとって、
ブッカンの魚介料理はどれも初めての味だった。
焼き魚の香ばしさ、貝の旨み、
そしてほんのり漂う磯の香り――
どれも新鮮で、胸が高鳴る。
「海の物って……こんなに美味しいんですね。
全然知りませんでしたよ」
ソラトは感動し、食も進む。
エリシアはというと、
生の魚の切り身や貝のむき身をつまみ、
透明なブドウ酒と合わせては、静かにうなずいていた。
ミリィは丸焼きの魚にかぶりつき、
骨だけをきれいに残して満足げに笑っている。
エリシアはグラスが空になりボトルを掴む。
「日持ちがしないから、現地でしか味わうことができない。
ミラッタの実と同じで、魔導具でグランツに持ち帰って販売している商人もいるが……」
エリシアは自分のグラスにブドウ酒を注ぐ。
「値段が高すぎて、金持ちしか食べられないからな」
ソラトは“もっとみんなが楽しめればいいのに”と思い、
何か方法はないかと考えてみるが、
今は何も思いつかない。
それよりも――
目の前の料理の美味しさに意識が引き戻される。
そのとき、エリシアの近くを店員が通りかかった。
エリシアは空になったボトルを軽く掲げる。
「もう一本追加で」
ミリィも空になったミルクのグラスを高く掲げた。
「ミルクもおかわり!」
ソラトも笑って手を挙げる。
「じゃあ僕もおかわりで」
ソラトはもう、
エリシアが飲む酒の量に驚かなくなっていた。
店内のざわめきと立ちのぼる料理の香りに包まれ、
三人は海のご馳走を心ゆくまで味わった。




