南への道、三人の新しい旅
翌朝。
宿舎の外には、騎士団が用意した一台の馬車が停められていた。
幌付きで、旅用にしっかり補強されている。
騎士団員の一人がエリシアに近づき、敬礼する。
「野営セットと保存食十日分、それから水を積んでおきました。
ほかにご入用なものはありますか」
「ありがとう。それで十分だ」
エリシアは装備の入った袋を馬車に積み込み、
ミリィにも声をかける。
「ミリィ、装備をこっちへ」
「はーい!」
ミリィが抱えていた袋を受け取り、エリシアは馬車へ放り込む。
そのとき、宿舎からソラトが出てきた。
肩掛けカバンひとつという軽装だ。
「この馬車、幌がついてるんだ……」
感心しながら近づき、エリシアに挨拶する。
「おはようございます」
「おはよう。じゃあ出発するか」
ミリィも元気よく手を振る。
「おはようソラト! 今日から冒険わくわくだね!」
「おはようミリィ。野宿もするみたいだから……
狩りして、焚き火で焼いて、だよ」
「おおっ、それミリィもやりたい!」
二人はすっかりキャンプ気分だ。
そのとき、宿舎の扉が開き、
行政院監察官のカイエンが姿を見せた。
「みなさん、今から出発ですか」
エリシアは眉をひそめる。
「なんだ貴様か。また便乗しに来たのか」
「いやいや違いますよ。私も昨日はここに泊まってましてね。
馬車の音がするので窓から見たら、みなさんが見えたというわけで……
で、団長は今からどちらへ?」
「私たちはブッカンだ。
マッカリナで欠片は入手できたので、次だ」
カイエンは肩をすくめる。
「どうせちゃんと教えてくれないから、もう欠片のことはいいですよ。
それより……」
そう言って、ソラトとミリィに視線を向けた。
「昨日、王政本院でいろいろ噂を聞いたんだけど……
領地貴族たちが、自分たちの人気集めに勇者と賢者を利用しようとしてるみたいですね」
エリシアの目が細くなる。
「どう利用すると」
「利用と言っても、勇者と賢者の横に貴族も並べて、
“世襲の正当化”をする程度ですよ。
まあ、彼らが考えつくのはその程度ですから」
エリシアは深いため息をついた。
「バカバカしい話だ。
もうそんなことで民を騙せる時代ではないことにも気づかないらしいな」
横で話を聞いていたソラトが、ぽつりと口を開いた。
「でも……自分たちの時代はもう終わるって、王様が言ってたのに……」
カイエンは苦笑しながら肩をすくめる。
「王自身がそう思っていても、本院の貴族たちが同じ考えになるとは限らないからね。
それに今、実質的に国を動かしているのは行政院の役人たちだ。
王は昔みたいな絶対的権力もなく、どちらかと言えば“国の象徴”に近い存在だよ」
そして、少しだけ声を落とした。
「だからこそ……王はソラトくんに会って、何かを伝えたかったんじゃないか。
何か言われなかったかい?」
ソラトは少し考え、ゆっくり答えた。
「旅が終わってからでいいから……
グランツの行政院を手伝ってほしいって」
その言葉を聞いた瞬間、
カイエンの表情に驚きと納得が同時に浮かんだ。
「……なるほど。
王政の中で、王自身が今の体制の問題に気づいているということか」
カイエンはソラトをまっすぐ見つめる。
「ソラトくん。
私もグランツの行政院で、君の帰りを待ってますよ」
ソラトは少し照れながらも、しっかりと頷いた。
「はい。いつになるか分かりませんが……」
カイエンはソラトの手を両手で包み込み、
まるで旧友に再会したかのような温かさで握手した。
「待ってますからね」
嬉しそうに手を上下に振るカイエンに、
ソラトは少し照れながら答える。
「はい……なにができるかも分かりませんが……」
そのとき、カイエンはふと何かを思い出したように手を離した。
「あっ、そうだ」
手を軽く前に出すと――
ブンッ。
小さな音とともに、カイエンの手に一本の杖が現れた。
ソラトは驚いて目を丸くする。
「えっ……カイエンさん、それ……!」
カイエンは得意げに笑った。
「魔導院に行ったときに、校長先生に魔術式を教えてもらったんだよ。
校長は“ソラトくんから教えてもらった”って言ってたよ」
ソラトも自分の杖を呼び出して見せる。
「これ、絶対便利ですよね。
みんな知らないなら……広めたほうがいいですよね」
カイエンは目を細め、優しく言った。
「独占ではなく共有。
私はソラトくんの、そういう考え方が大好きです」
“好き”と言われた瞬間、
ソラトの耳が赤くなる。
その様子を見ていたエリシアが、
わざとらしく咳払いをした。
「……じゃあ、そろそろ出発するぞ」
「あっ、はい!」
ソラトは慌てて馬車に乗り込む。
エリシアはカイエンに軽く手を挙げた。
「ではな」
「お気をつけて。いってらっしゃい」
馬車がゆっくりと動き出す。
ソラトとミリィは荷台から身を乗り出し、
カイエンに大きく手を振った。
カイエンも笑顔で手を振り返す。
馬車が角を曲がり、姿が見えなくなるまで。
――ソラトと会ったのは、ほんの数日。
それなのに、どうしてこんなにも信頼できるのか。
カイエンは胸の奥に残る不思議な温かさを抱えながら、
静かに馬車の去った道を見つめていた。
王都マッカリナの南門を、馬車はゆっくりと抜けていった。
朝の光が幌を透かし、柔らかい影を車内に落とす。
ソラトは手綱を握るエリシアの隣に座り、外の景色をきょろきょろと眺めていた。
エリシアが横目で見る。
「どうした、ソラト」
「いや……魔物とかいないのかなと思って」
エリシアはあっさりと言う。
「町の近くの魔物は、魔石採取の冒険者が狩ってしまうから出ないぞ。
道のあるところはまず出ないから心配いらん」
ソラトは“心配”ではなく“期待”だったので、
少し肩を落とした。
エリシアは続ける。
「それに、ブッカンまでは小さな町や村が道沿いにある。
宿の心配もないぞ」
その言葉に、ソラトとミリィは同時に残念そうな顔をした。
「じゃあ……野宿なしですか」
「野営は宿があればやらん」
ミリィは頬をふくらませる。
「ミリィは狩りして、焚き火で焼き焼きしたいなー」
エリシアは少し考え、ふっと口元をゆるめた。
「今日泊まる予定の街は、珍しい“氷の菓子”で有名なところだぞ。
風呂上がりにそれを食べたくないか」
その瞬間、ミリィの目がぱあっと輝いた。
「おおっ! それ食べたいそれ食べたい!
氷のお菓子ってどんなのかなー!」
完全に頭が切り替わっている。
ソラトはそんなミリィを見て笑いながら、
(またいつか野宿できる日が来たらいいな)
と密かに思った。
馬車は南へ向かって進み、
三人の新しい旅が静かに始まっていく。




