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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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英雄ドルガンが隠したもの

ミリィはマッカリナ騎士団の要望で訓練に参加することになり、

今日はソラトとエリシアの二人だけでの行動だった。


マッカリナの街並みは、磨かれた石畳と淡い色彩の家々が続き、どこか深呼吸したくなる静けさに満ちていた。

喧騒のグランツとはまるで別世界だ。


その穏やかな通りを、二人は肩を並べてゆっくりと歩いていく。


まず向かったのは、保存されている英雄ドルガン・ストームブレイカーの旧宅。

だが――


欠片はなかった。


ソラトは魔力探知を使って隅々まで調べたが、

欠片特有の“心を引き寄せるような魔力”はどこにも感じられなかった。


エリシアは腕を組み、静かに言う。


「……やはり、持ち帰ったあとにどこかへ隠したか」


そこで二人は、子孫に話を聞くことにした。


ストームブレイカーの名を持つ家は、マッカリナに六軒。

しかも、英雄ドルガンの旧宅の近くに固まっている。


「まずは一番近い家からだな」


エリシアの言葉に、ソラトは頷いた。




一軒目のストームブレイカー家は、どこにでもある簡素な家だった。

エリシアは“500年前の英雄の調査”という名目で訪問し、

落ち着いた口調で丁寧に話を聞き出していく。


住人は気さくで、英雄ドルガンの話を嬉しそうに語ってくれた。


「昔、この区画一帯が英雄ドルガンの屋敷の敷地だったんですよ。

 でもドルガンは、暇さえあれば剣の訓練ばかりしていてね。

 今保存されている家は、あの方が訓練に使っていた小屋なんです。

 ほとんどあそこで暮らしていたらしくて」


ソラトは思わず息をのむ。

英雄の生活が、少しだけ身近に感じられた。


住人はさらに続ける。


「英雄ドルガンが亡くなったあと、

 勇者家のように保護家門ではなかったストームブレイカー家は、

 広い敷地の税が負担になってしまってね。

 土地を手放して、今の状態になったらしいんです」


エリシアは静かに頷き、核心に触れる。


「このあたりで、一番事情に詳しい方は?」


住人は少し考え、答えた。


「表通りで武器屋を営んでいるストームブレイカー家が、

 一番詳しいと思いますよ。

 代々、英雄ドルガンの武具を管理していた家系ですから」


エリシアは礼を言い、家をあとにした。




外に出ると、ソラトは小さく息をついた。


「……なんか、いよいよ“英雄の足跡”って感じですね」


エリシアは淡々と歩き出す。


「そうだな。

 武器屋のストームブレイカーが鍵を握っている可能性は高い。

 行くぞ、ソラト」


ソラトは頷き、エリシアの後ろを追う。





店主エドラン・ストームブレイカーは、

がっしりした体格に穏やかな目をした男だった。

店兼自宅は、かつて英雄ドルガンの屋敷の一部を残して改築した建物で、

どこか古い石の匂いが残っている。


壁には、代々受け継がれてきた武具が飾られていた。

英雄の名を冠する家系らしい、重厚な雰囲気が漂う。


エリシアは落ち着いた声で尋ねた。


「で、代々受け継がれている物とか、言い伝えとかは無かったですか?」


エドランは腕を組み、少し考え込む。


「そうですねえ……

 引き継いだ武具も、この店の一代目がけっこう売ってしまったみたいでして。

 でも“これだけは手放してはいけない”と言われた装備一式は、残してありますよ。

 言い伝えは……特に思いつかないですね」


エリシアはすぐに切り込む。


「主人、その装備を見せてもらってもいいですか」


「ええ、どうぞ。

 そこのケースに飾ってある非売品がそうですよ」


店の奥に置かれたガラスケースには、

戦士が身に着ける武器と防具の一式が丁寧に飾られていた。


エドランは誇らしげに言う。


「英雄が魔王討伐に使っていた装備が見れる――

 という噂で、冒険者の客寄せになるんですよ」


エリシアとソラトはケースに歩み寄った。


「どうだ、ソラト」


ソラトは魔力を探る。

だが――


「……ありませんね」


エリシアは別の品を指す。


「その紋章の入ったペンダントはどうだ」


ソラトは首を振る。


「全然です。

 それに……ちょっとこれは小さすぎて……」


エリシアは軽く頷いた。


「そうか。

 確かにこれは小さすぎるかな」


そしてエドランに向き直る。


「あと、倉庫に昔からあるという品も見せてもらってもかまわないですか」


「ええ、別にかまいませんよ。

 こっちへどうぞ」


エドランが裏口へ向かう。

エリシアとソラトはその後ろをついていく。


倉庫へ向かう廊下は、店よりもさらに古い石造りで、

英雄の屋敷の名残が色濃く残っていた。






倉庫から戻ってきた三人は、店の奥の作業台の前で足を止めた。


ソラトは肩を落としながら言う。


「……欠片の気配、なかったですね」


エリシアは腕を組み、短く息を吐いた。


「やはり地下室とか……そういう場所に隠したのかもしれん。

 主人、ここに地下室はありませんか」


エドランは首を横に振る。


「いや、ここには地下室はないですね。

 屋敷の地下室は、取り壊された区画のどこかにあったんでしょうな」


エリシアの眉がわずかに動く。


(……もし欠片が地下室に隠されていたとしたら、

 今は埋め立てられていて探せなくなっている可能性が高い)


嫌な予感が胸をよぎる。


「ソラト、欠片の魔力探知の距離はどれくらいまで出来るんだ」


ソラトは申し訳なさそうに答える。


「……もし地下室にあったとして、

 地上から探知するのはちょっと無理かも……」


エリシアは一瞬だけ顔をしかめた。


(マズいな……いきなり詰んだかもしれん)


そんな空気を察したのか、エドランが遠慮がちに口を開いた。


「それで……騎士団長は何か探しておられるので?

 もしかして……伝説の何かとか……」


エリシアは一拍置き、落ち着いた声で答えた。


「実は――勇者と賢者の自宅に、

 八英雄全員が持ち帰ったと思われる“邪悪な物体”が発見されたんです。

 もし知らない者がそれを手にすると禍が起こる危険性がある。

 だから今、見つけて処理しているところなんです」


ソラトは思わずエリシアの顔を見る。


エリシアは小声で囁いた。


「嘘は言ってないぞ」


確かに、事実だ。

だが言い方があまりにも“それっぽい”ので、ソラトは苦笑するしかなかった。


エドランは青ざめた顔で頷いた。


「おお……そ、それは恐ろしいことだ……

 なんとか見つけないと……!

 団長さん、英雄ドルガン旧宅の地下は行きましたか?」


エリシアは目を瞬かせる。


「いいえ。あそこに地下があることすら知りません」


エドランは少し興奮気味に続けた。


「マッカリナの地下深くに鍾乳洞があるのはご存じですよね。

 あれに繋がる“地下道”があるんですよ。

 ドルガンは、真っ暗な鍾乳洞で剣の訓練をしていたという話があって」


エリシアの目が鋭く光る。


「それで――どこに入り口が?」


エドランは迷いなく答えた。


「旧宅の裏にありますよ」


ソラトの胸が高鳴る。


(……やっぱり、地下だ)


エリシアはすぐに踵を返した。


「行くぞ、ソラト」


ソラトは大きく頷き、エリシアの後を追った。


英雄ドルガンが隠した“欠片”が、

いよいよ姿を現そうとしている。






旧宅の中を抜け、裏口の扉を開けると、

そこには狭い庭が広がっていた。


その中央に――

地面に埋め込まれた、頑丈な金属の蓋があった。


まるで“何かを閉じ込めるため”に作られたような、重々しい造りだ。


エリシアは蓋を見下ろし、低くつぶやく。


「そうか……鍾乳洞は魔物がいるから、こんな蓋があるのか」


ソラトの目が一気に輝いた。


「魔物出るんですか」


エリシアは肩をすくめる。


「たいした魔物じゃないから、どうということはないが……

 ここの鍵を行政院に取りに行かないとだな」


蓋には、分厚い金属の錠がかけられている。


ソラトはその錠に手を伸ばし――

指をぱちんと鳴らした。


カチャッ。


錠が、あっさり外れた。


エリシアはしばらく外れた錠を見つめ、

ゆっくりとソラトへ視線を向ける。


「……便利な魔法だな。

 指を鳴らすだけで錠が開くのか」


ソラトは照れくさそうに笑う。


「指を鳴らしたのは演出で……そのほうがカッコいいかなって」


エリシアはじっとソラトを見つめ、

真顔で言った。


「悪用するんじゃないぞ」


「しませんしませんそんな事!

 考えもしませんでしたよそんなこと……」


(……マッカリナに着いたときの

 カイエン監察官の気持ち、ちょっと分かるかも)


ソラトは心の中で苦笑した。


エリシアは蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。


地下へ続く暗い階段が、ぽっかりと口を開けていた。


冷たい空気が、地上へと流れ出してくる。




人ひとりが通るのがやっとの幅しかない、急な階段。

エリシアは迷いなく先に足を踏み入れた。


「蓋は閉めておこう」


ソラトは頷き、蓋をゆっくり閉める。

金属の重い音が響き、通路は一瞬で真っ暗になった。


ソラトはすぐに魔法を使う。


「灯光」


エリシアの頭上に、ふわりと光の玉が現れ、

狭い通路を柔らかく照らした。


エリシアは階段を降りながら言う。


「通路が狭くて大きな魔物は上がれないだろうが、

 ザコが外に出るといけない。結界を張っておいてくれ」


「はい」


ソラトは振り返り、入口に結界を張る。

淡い光が壁に吸い込まれるように広がり、通路を封じた。


二人は再び階段を降り始める。


ソラトはふと、前を行くエリシアの姿に目を向けた。

カジュアルな普段着。武器も防具もない。


(……え、装備なし?)


「エリシアさん、魔物が出るのに装備無しで大丈夫なんですか」


エリシアは軽く振り返り、当然のように言う。


「ああ、そうだったな。

 たいした魔物はいないだろうから大丈夫だろう」


そして、ソラトを見てニッと笑った。


「もし強そうなのが出てきたら、お前に任せたぞ」


ソラトは胸が高鳴るのを抑えきれず、思わず声が弾んだ。


「はいっ、まかせてください!

 僕、魔物と戦ったことないけど……頑張ります!」


エリシアは前を向き直り、階段を降り続ける。


「頼もしいな」


その言葉が、ソラトの胸にじんわりと広がった。


暗闇の中、光の玉が揺れ、

二人の影が長く伸びていく。


地下の奥で、何かが待っている。




狭い階段通路は、どこまでも続いているように思えた。

湿った空気が肌にまとわりつき、足音だけが反響する。


ようやく階段の終わりが見えたとき――

二人の前に、広大な空間が広がった。


ソラトは光の玉を高く上げ、光度を強める。


ぱっと、洞窟全体が昼のように明るくなった。


天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、

地面と繋がった鍾乳石は太い柱のように林立している。

広い空間を縫うように、複数の洞窟が通路のように繋がり、

まるで巨大な迷路のようだった。


ソラトは息を呑む。


「すごい……街の下に、こんなのがあるなんて」


エリシアは周囲を見渡しながら言う。


「魔物がいなければ、マッカリナの観光名所にでもなってただろうに」


ソラトは鍾乳石の柱を見上げながらつぶやく。


「こんなところにも魔物は住んでいるんですね」


エリシアは即座に訂正する。


「“住んでいる”というより、“入ってくる”が正しいだろう」


ソラトは振り向く。


「えっ、入ってくるって……どこから入るんですか」


エリシアは洞窟の奥を指しながら説明する。


「この鍾乳洞は、すべて調査されたわけじゃないからはっきり分からないが……

 東の“魔物が多くいる森”のどこかと繋がっているという話だ。

 そこから紛れ込んでくるんだろう」


ソラトは思わず背筋を伸ばす。


エリシアは続ける。


「街の外にも二カ所、入り口の穴があるが、そこもここと同じように塞いである。

 そういえば、町の中にも一カ所入り口があると聞いたことがあったが……

 ここのことだな」


ソラトはエリシアの横顔を見る。


「エリシアさんは、ここに来たことはないんですか」


「まあ、ここは誰も来ない場所だ。

 魔物もザコばかりだから、冒険者も入らない

 もう何十年も入り口は塞がれたままだ」


エリシアは一歩前に出て、洞窟の奥を見据えた。


「それはともかく――欠片の手掛かりを探そう」



エリシアは鍾乳洞の床を慎重に踏みしめながら歩き出した。


「まずはこのあたりから探してみるか」


ソラトは周囲に意識を広げ、欠片の魔力を探る。

すると、胸の奥に微かなざわつきが走った。


「なんか……欠片とは少し違う魔力を感じますよ」


エリシアは即座に反応する。


「さっきから魔物の気配を感じるから、そいつらのじゃないか」


ソラトの目が輝く。


「魔物いるんですか、どこどこ」


エリシアは顎で示す。


「正面、少し右。洞窟の中だ」


ソラトは目を凝らす。

暗闇の奥で、何かがゆっくりと動いた。


やがて――

人間ほどの大きさの“巨大なネズミ”のような影が姿を現した。

体は泥のような粘液に覆われ、ドロドロと音を立てている。


エリシアが短く言う。


「スラッグラットだ。奴はバカみたいに襲い掛かってくるぞ」


ソラトは右手を上げ、杖を呼び出した。

ブンっと小さな音とともに杖が現れる。


エリシアは念を押す。


「あと、洞窟は壊すんじゃないぞ」


ソラトは真剣に頷き、杖を構えた。


スラッグラットはソラトに気づくと、

甲高い鳴き声を上げて一直線に突っ込んでくる。


ソラトは魔導院の書庫で覚えた魔術式を展開した。


杖の先に光が集まり――

細い閃光が放たれる。


閃光はスラッグラットの額に命中し、

ぼふっ、と小さく爆ぜた。


頭部が吹き飛び、

スラッグラットはその場に崩れ落ちる。


そして、塵のように消えたあとには、

赤く輝く魔石がひとつ残った。


エリシアが満足げに頷く。


「なかなかうまくやったな、ソラト」


ソラトは自信満々の顔で振り返る。


だが――

エリシアはその顔をじっと見つめ、静かに言った。


「スラッグラットは群れで行動するから、まだ来るぞ」


「えっ」


ソラトは慌てて正面を見る。


洞窟の奥から、

次々とスラッグラットが飛び出してきた。


十匹、二十匹、三十匹――

まるで黒い波のように押し寄せてくる。


ソラトは息を整え、

一体ずつ確実に光の魔法で撃ち抜いていく。


閃光が走り、爆ぜ、魔石が転がる。

そのたびに洞窟の壁が淡く照らされ、影が揺れた。


やがて――

スラッグラットの姿は見えなくなった。


ソラトはまだ杖を構えたまま、洞窟の奥を睨む。


エリシアが静かに言う。


「気配は消えた。もう出てこないぞ」


ソラトはようやく肩の力を抜いた。


胸がどくどくと高鳴っている。

初めての戦闘――

それは恐怖よりも、圧倒的な興奮のほうが勝っていた。



エリシアは剣の代わりに鋭い視線を前へ向け、ゆっくりと歩き出した。


「それじゃ、欠片探しを再開するぞ」


ソラトは周囲に散らばる赤い魔石を見て、思わず口にする。


「この魔石は回収しなくていいんですか?

 買い取ってもらえるんですよね」


エリシアは淡々と答えた。


「その赤い魔石は魔力が少ない。全部集めても晩酌程度にしかならないぞ。

 それに今拾ったら邪魔になるだけだ。必要なら帰りに拾うといい」


ソラトは少し肩を落としたが、足元に落ちてる魔石を一つ拾うとポケットに入れる。

(初めて倒した魔物の魔石だし、残りは帰りに拾って帰ろう)

と密かに決めた。


エリシアは周囲を見渡しながら言う。


「で、どうだ。このあたりは」


ソラトは魔力探知を広げる。


「魔石の魔力以外は感じません……」


「じゃあ、もう少し奥に進むか」


二人は右奥の洞窟へ進んだ。



エリシアが眉をひそめる。


「また魔物の気配だ。この向こうだな」


洞窟を抜けると、再び広い空間に出た。

ソラトは光の玉を高く上げ、光度を強める。


二人は前に進み、すぐソラトは何かを感じる。


「この感じは…」


だがその時――

エリシアが指をさした。


「なんだ、あれは」


そこには、明らかに“たった今掘られた”穴があった。

周囲には掘り返された土が散乱し、

鍾乳洞の自然な形とは明らかに異質だった。


ソラトは驚きの声を漏らす。


「誰かが穴を掘ったのかな……?」


エリシアは即座に否定する。


「誰がこんなところで穴を掘るんだ」


その時――

穴の中から、スラッグラットが顔を出した。


泥にまみれた巨大ネズミのような魔物。

だが、その口には“箱のようなもの”を咥えている。


バキッ。


スラッグラットはその箱を噛み砕き、

中身を――飲み込んだ。


次の瞬間、魔物は呻き声を上げ、体を震わせ始めた。


ぐらり、と揺れた体が膨れ上がる。

皮膚が裂けるように伸び、筋肉が盛り上がり、

頭には角が生え、口には鋭い牙が並んだ。


五倍ほどの大きさになったところで、動きが止まる。


エリシアは低くつぶやいた。


「なんだこれは……気配がさっきと違うぞ」


ソラトも魔力の流れを感じ取り、息を呑む。


「魔力も……強くなってますよ」


エリシアは一歩後ろに下がり、真剣な表情になる。


「これは……丸腰ではちょっとまずいな」


巨大化したスラッグラットは、

二人を見つけた瞬間、低い唸り声を上げた。


洞窟の空気が、一気に張り詰める。





騎士団訓練場では、ミリィが模擬戦の真っ最中だった。


勇者とはいえ、まだ六歳の女の子。

最初は誰もが手加減していた。

だが――それは一瞬で吹き飛んだ。


ミリィの動きは、常人のそれではなかった。


跳ぶ。

滑る。

回り込む。

空中から急所へ剣を当てにいく。


その戦い方は“平面”ではなく“立体”。

ジャンプ力もスピードも、規格外。


騎士団員が何人束になっても、

ミリィの模擬剣は次々と急所を正確に叩き、

誰一人としてミリィに触れることすらできなかった。


模擬戦が終わる頃には、

騎士団員たちは息を呑み、

勇者が“特別な存在”であることを体で理解していた。


尊敬のまなざしがミリィに向けられる。


ミリィは胸を張り、上機嫌で言う。


「じゃあ次はミリィの必殺技を披露するよ」


「おおっ!」


歓声が上がり、ミリィはさらにご機嫌になる。


(こんな騎士団相手なら、丸腰で十分だよね)


ミリィは心の中でそう思っていた。






一方その頃、鍾乳洞では――

ソラトとエリシアが巨大化したスラッグラットと向かい合っていた。


ソラトは杖を構えながら言う。


「とりあえず強化魔法かけときますね」


淡い光が二人を包み、

エリシアは身体が軽くなるのを感じた。

筋肉がわずかに強くなり、反応速度が上がる。


「助かる、ソラト。

 奴が突進してきたら二手に分かれるぞ」


「わかりました」


その瞬間――

巨大スラッグラットが地面を砕く勢いで突進してきた。


二人は左右に跳ぶ。


エリシアは驚いた。


(強化魔法……ここまでスピードが上がるのか)




スラッグラットは、低い唸り声を上げながらエリシアを追い回していた。

エリシアは鍾乳石の柱を蹴り、滑るように身を翻し、牙の軌道を紙一重でかわす。

だが――武器がない以上、反撃はできない。


ソラトは距離を取り、杖を構えた。


「――光閃」


杖の先に集まった光が、鋭い閃光となって放たれる。

だが、スラッグラットの額に届く直前――


ぱん、と小さく弾けた。


その一瞬、ソラトは見た。

スラッグラットの前に、薄く輝く“壁”がちらりと現れたのを。


(防護障壁……魔術!?

 魔物がこんなの使うなんて……)


驚愕は一瞬で思考の奥に沈む。

巨大化した魔物――つまり、飲み込んだ“何か”の影響だと理解する。


(エリシアさんに武器を……!)


光属性で剣を具現化することはできる。

だが、魔力を持たない人間が握れば、形を保てず霧散してしまう。

ソラトは必死に別の手段を探る。


その間にも、エリシアは素手で応戦していた。

スラッグラットの頭に拳を叩き込むが、泥のような体に吸収されてしまう。


「……っ!」


次の瞬間、スラッグラットが頭を振り上げた。

エリシアの体が、布切れのように高く跳ね上げられる。


ソラトの心臓が跳ねた。


(あの高さから落ちたら……!)


考えるより先に、体が動く。

杖を構え、魔力を一気に流し込む。


「――伸びろっ!」


赤い杖が、ぎゅん、と音を立てて伸び始めた。

瞬く間に長大な棒へと変わり、先端はエリシアのすぐ近くの天井へ突き刺さる。

反対側はソラトの足元に深くめり込み、長い支柱のように固定された。


宙に投げ出されたエリシアは、反射的にその杖を掴む。


「……っ!」


そのまま滑り降り、ソラトのそばに着地した。


エリシアは息を整えながら、伸びた杖とソラトを交互に見つめる。


「……お前、そんな芸当ができたのか」


ソラトは胸をどきどきさせながら、息を詰まらせて答えた。


「この杖の特性なんです、初めて使いましたけど」


エリシアは短く笑う。


「助かった。だが――まだ終わってないぞ」


ソラトは素早く魔石を取り出し、エリシアに差し出した。


「エリシアさん、これ持って!」


エリシアは状況が飲み込めないまま、黙って手を差し出す。

ソラトはその手に魔石を握らせ、すぐに魔術式を展開した。


エリシアの指の隙間から、まばゆい光が漏れ出す。


次の瞬間――

握られた魔石を核に、光が形を成し始めた。


細く、鋭く、白い刃が伸びていく。

光の粒が舞い、やがて一本の“光の剣”がエリシアの手に具現化した。


ソラトは息を整えながら説明する。


「これは……さっきの魔石を媒介にして、具現化の維持をしています。

 魔力消費が大きいので、長くは持たないと思いますが……」


エリシアは剣を軽く振り、重さを確かめるように刃を見つめた。

光の剣は、彼女の動きに合わせて淡く揺らめく。


「助かる、ソラト」


短く、しかし確かな信頼のこもった声だった。


エリシアは光の剣を構え、巨大スラッグラットへ向き直る。

ソラトは伸ばしていた杖を一気に縮め、元の長さに戻した。


その瞬間――

巨大スラッグラットが、地面を砕く勢いで突進してきた。


洞窟全体が揺れるような衝撃。

二人に向かって、黒い質量が一直線に迫る。


エリシアは光の剣を握り直し、

ソラトは杖を構えて魔力を集中させる。


鍾乳洞の空気が、再び張り詰めた。




突進してきた巨大スラッグラットの質量が、洞窟の空気を震わせる。

ソラトは横へ跳び、エリシアも紙一重で身を翻して避けた。

すれ違いざま、エリシアは光の剣を振り抜く。


だが――


キィンッ!


刃は見えない壁に弾かれ、火花のような光が散った。


「……防護障壁か」


エリシアは舌打ちし、距離を取る。


ソラトも攻撃魔法を放つ。


閃光が一直線に走るが、やはりスラッグラットの手前で弾ける。

防護障壁が、まるで薄い膜のように魔法を受け止めていた。


(くそ……!)


ソラトは意地になり、連続で光閃を撃ち込む。

杖の先から次々と光が放たれ、スラッグラットの側面へ雨のように降り注ぐ。


ぱん、ぱん、ぱん――!


洞窟の壁が明滅し、影が激しく揺れた。

だが、スラッグラットは防護障壁に守られ、傷ひとつ負わないように見えた。


しかし――


エリシアはその攻撃の“残滓”を見逃さなかった。


スラッグラットの体表に、いくつか黒く焦げた跡がある。


(……防護障壁は、全身を同時には覆えない)


エリシアは確信し、叫ぶ。


「ソラト! 今のヤケクソ攻撃をもう一回やってくれ!」


「えっ……はいっ、わかりました!」


ソラトは再び杖を構え、魔力を一気に流し込む。


閃光が連続で放たれ、スラッグラットの側面へ叩きつけられる。

防護障壁が展開されるたび、光が弾け、空気が震えた。


その瞬間を――エリシアは逃さない。


地面を蹴り、一直線に駆ける。

スラッグラットの注意がソラトに向いた一瞬、エリシアは跳躍した。


光の剣が、白い軌跡を描く。


「――はあっ!」


振り下ろされた刃は、防護障壁の“死角”を正確に突き破った。


光の剣は、スラッグラットの首を

音もなく切り離す。


巨大な体がぐらりと揺れ、崩れ落ちる。

切断面から、泥のような体が塵となって消えていく。


静寂が戻った鍾乳洞に、

ぽとり、と何かが落ちた。


――欠片。


エリシアは光の剣を握ったまま、ゆっくりと息を吐いた。


「……終わったな」


ソラトは胸を押さえながら、ほっと笑う。



エリシアの握っていた光の剣が、ふっと輪郭を失い――

次の瞬間、霧のように消えた。


エリシアは手を開く。

そこに残っていたのは、輝きを失ったただの石だった。


「……魔力切れか。危ないところだったな」


淡々とした声の奥に、わずかな安堵が混じる。


ソラトは指をさした。


「エリシアさん、あれ……」


視線の先には、地面に落ちている物体。

不思議な輝きを放つ“欠片”だった。


エリシアは近づき、つまみ上げる。


「ああ。やはり欠片だったな。

 魔物が変化する……ただならぬ物質だ」


エリシアはそれを見つめながら、静かに言う。


「これで――八英雄全員が持っていたことが確信になった」


ソラトは複雑な表情で呟く。


「でも……こんな絶対見つけられないようなところに隠してるなんて。

 やっぱり……探しちゃダメなのかも……」


エリシアは意地悪そうに口元をゆがめた。


「じゃあソラト、探すのはやめようか」


「いやいや探しますよっ!」


ソラトは慌てて手を振る。


「ここで止めたら眠れないどころか……目覚めも悪くなりますよっ!」


言ってから、自分でも意味が分からず顔が熱くなる。


(眠れないのに目覚めが悪いって……何言ってんだ僕)


エリシアはくすりと笑い、欠片をポケットにしまった。


「じゃあ――そろそろ上に上がろう」


「はい。あっ、魔石も拾っていきますね。

 でも……一つ持ってて役に立ちましたね」


エリシアは振り返り、少し呆れたように言う。


「なんで一つ拾ってたんだ」


ソラトは照れくさそうに笑う。


「もし帰りに忘れたらヤダなと思って……

 だって初めて魔物を倒した記念だし」


エリシアは肩をすくめた。


「まあ、そんなこと言ってるのも今だけだ。すぐに飽きてくる」


「じゃあ今のうちに楽しんどかないとだね」


二人の声が鍾乳洞に柔らかく響き、

戦いの緊張がようやくほどけていった。

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