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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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王都の夜と、欠片の影

三人を乗せた馬車は、夕刻の王都を静かに走っていた。

窓の外には、仕事を終えた人々が家路につき、店の灯りがひとつ、またひとつと灯り始める。


ミリィは途中で目を覚まし、エリシアの腕の中で大きなあくびをした。


「……おなかすいた」


エリシアは苦笑しながらミリィの頭を軽く撫でる。


「ちょうどいい。宿舎の近くで食事をして帰ろう」


馬車が止まり、三人は降りて宿舎近くの酒場へ入った。

騎士寮が近いこともあり、店内には兵士たちが多く、賑やかな声が響いている。


エリシアが姿を見せると、数人の兵士が慌てて立ち上がった。


「団長っ……!」


エリシアは手を軽く振り、座るよう促す。


兵士たちは安堵したように席へ戻り、三人は奥の空いたテーブル席に腰を下ろした。


ソラトはメニューを手に取るが――

見慣れない料理名ばかりで、どれが何なのかさっぱり分からない。


エリシアはメニューを開きもせず、店内を見回してから店員を呼んだ。

どうやらこの店の料理はすべて把握しているらしい。


店員が注文を取りに来る。


「ソラト、何か食べたいものはあるか」


ソラトはメニューを見つめたまま固まる。


「……すみません、全然わからないので……エリシアさんに任せます」


エリシアは小さく頷き、ミリィを見る。


「ミリィは?」


「お肉! お肉食べたい!」


「はいはい。じゃあ肉料理をひとつ」


エリシアは慣れた調子で注文を続ける。


「それとミルクはあるか」


「はい、ございますよ」


「じゃあミルクを二つ。

 私は――いつものやつで」


店員は「かしこまりました」と頭を下げ、厨房へ戻っていった。



料理を待つあいだ、エリシアは手提げ鞄から一枚の紙を取り出した。


「で、明日は“欠片”を探しに行くんだが……」


エリシアは紙をテーブルに広げた。

文字がびっしりと書かれているが読めない部分も多くある。


「これは博物館にあった“八英雄”の名簿を書き写したものだ」


指先で一つの名前を示す。


「ここに“ドルガン・ストームブレイカー”とある。

 街の名前は文字がかすれて読めないが、

 マッカリナに同じ名前の英雄の資料が残っている。

 広場には英雄像もあるから、まずここだな」


ソラトは紙を覗き込みながら、英雄の名前の響きに胸が高鳴る。

ミリィはすでに興味を失い、ミルクが来るのを待っている。


ちょうどそのタイミングで、店員が飲み物を運んできた。


エリシアは紙を丁寧に畳んで鞄へ戻す。

ミリィは両手でコップを掴み、勢いよくミルクを飲み始めた。


ソラトは――エリシアの“いつものやつ”が気になって仕方がない。


エリシアの前に、ボトルとグラスが置かれる。

エリシアは慣れた手つきでグラスに注ぐ。


赤い液体が、酒場の灯りを受けて深く輝いた。


ソラトは思わず身を乗り出す。


(なんだ……ブドウ酒か。

 でも……一本まるごと一人で飲むの?)


エリシアはソラトの視線に気づき、淡々と言う。


「気にするな。これは軽い」


ソラトは心の中でツッコむ。


(いや、軽いとかそういう問題じゃない気がする……)


エリシアは、その赤い酒を一口飲む。


「いまでもドルガン・ストームブレイカーの住居は保存されている。

 明日はそのあたりから調べてみよう」


ちょうどそのタイミングで、店員が料理を運んできた。


パンとサラダ、湯気の立つスープ。

香ばしく焼かれた肉と、油で揚げた鶏肉が大皿に山盛りになっている。

酒場のざわめきの中で、料理の匂いがふわりと三人を包んだ。


ミリィはフォークを握りしめ、

大皿から鶏肉をひょいと持ち上げ――


「ん~~~っ!」


満面の笑みでかぶりついた。

その幸せそうな顔に、ソラトもつい笑ってしまう。


エリシアは焼いた肉をひと切れつまみ、

赤い酒を静かに口に運ぶ。

その動きは慣れていて、どこか絵になる。


ソラトはパンを手に取り、半分に切った。

そこへサラダと焼いた肉を挟み、ぎゅっと押しつぶす。


それを見たエリシアが、少しだけ目を細めた。


「ソラトは“グランツスタイル”の食べ方をするのか」


ソラトは嬉しそうに頷く。


「これ、ガルドさんから教わった食べ方なんですよ。

 今いちばんのお気に入りですね」


そう言って、豪快にかぶりつく。


パンの香りと肉汁が混ざり合い、

ソラトの顔に自然と笑みが浮かんだ。



ソラトはパンにかぶりつきながら、ふと気になっていた疑問を口にした。


「でもエリシアさん……欠片って、子孫が持ってるんじゃないんですか?」


エリシアは焼いた肉をつまみ、赤い酒を一口飲んでから答える。


「まずそれはないだろうな。

 もしどこかに隠されていなければ、

 “人を魅了する欠片の魔力”で、とっくに話題になっているはずだ。

 そんな話は一度も聞かない」


ソラトは思わず息をのむ。

確かに、隠し通すのは難しい。


エリシアは続ける。


「八英雄は持ち帰ったあと、どこかに隠している。

 賢者は地下室だったし、勇者はペンダントの中だった。

 ……まあ、理由は分からんがな」


ソラトは少し考え込み、ぽつりとつぶやいた。


「……そんな、みんながバラバラに持ち帰って、

 見つからないように隠したものを……

 探して集めるって……もしかして、やっちゃダメなんじゃ……」


その言葉に、エリシアはわずかに目を細めた。

否定はしない。

ただ、静かに現実を突きつける。


「ソラトの言うことは分かる。

 だが考えてみろ。

 もしここで探すのをやめて、謎を放置してみろ。

 ……もう二度と、夜ぐっすり眠れなくなるぞ」


ソラトは胸の奥がズキッと痛む。

エリシアの言葉は、痛いほど正しい。


これは――

たぶん集めてはいけない。

 解いてはいけない謎だ。


でも、分かっていても、やらずにはいられない。

もし危険だと分かったら、その時やめればいい。

そう思い直し、ソラトは顔を上げた。


「……ですよね。

 慎重にやれば、問題ないですよね」


エリシアは迷いなく頷く。


「そうさ。慎重にやれば、何も問題はない」


そう言って、エリシアはグラスに赤い酒を注ぐ。

ボトルは空になった。


通りかかった店員に声をかける。


「もう一本持ってきてくれ」


ミリィも負けじと手を挙げる。


「ミリィもミルクおかわり!」


店員は笑顔で頷き、厨房へ戻っていった。


ソラトは、エリシアの空になったボトルを見つめながら思う。


(……慎重に、ね)


その視線に気付いたエリシア。


「今の飲みかたは慎重だ、何も問題はない」






宿舎のベッドに横になったソラトは、天井をぼんやりと見つめていた。

酒場の喧騒がまだ耳の奥に残っているような気がする。


(……エリシアさん、ボトル二本空けたのに全然普通だったな)


父は半分で顔が赤くなり、母はグラス一杯で眠ってしまう。

それを思い出して、ソラトは小さく笑った。


だが、すぐに思考は別の方向へ向かう。


(いや、そんなことより……欠片の謎は、本当に解明して大丈夫なんだろうか)


胸の奥が少しだけざわつく。

八英雄がわざわざ隠したものを、今の自分たちが掘り返していいのか――

そんな不安が、どうしても頭をよぎる。


けれど、エリシアの言葉がすぐに浮かんだ。


――放置したら、もう二度とぐっすり眠れなくなるぞ。


(……確かに、そうだよな)


ソラトは自分の胸に手を置く。

怖さよりも、知りたいという気持ちのほうが強い。

その好奇心の強さが、エリシアと似ていると思うと、

なんだか少し嬉しくなる。


(まだ欠片のことは何もわかってない。

 わかってないのに悩んでも仕方ないよな)


それに――王の言葉も頭に残っている。

グランツの行政院のこと。

自分が帰ってきたら手伝ってほしいと言われたこと。


考えることが山ほどある。

でも、考えることは嫌いじゃない。

むしろ、胸の奥がじんわり温かくなるほど楽しい。


(……明日から、どうなるんだろう)


そんなことを思いながら、

ソラトの意識はいつの間にか静かに沈んでいった。


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