皮紙に残された二つの言葉
ソラトは身を乗り出し、父に尋ねた。
「で、父さん、何が書いてあるの」
父は、二つ折りにされて木箱に入っていた皮の紙をそっとテーブルに広げた。
長い年月を吸い込んだように黒ずみ、カビがびっしりと浮いている。
「うーん……結論から言うと、傷みすぎて字が読めないな」
ソラトは覗き込む。
確かに、ほとんどの文字はカビに覆われ、判別できない。
だが父は、かすかに残った線を拾い上げるように目を細めた。
「……勇者……グランツ……この二つだけは読める」
「勇者……グランツ……」
ソラトが呟いたそのとき、奥の部屋から祖父が戻ってきた。
手には古びた巻物を抱えている。
「グランツの街はのう……五百年前、魔王を討伐した英雄の一人、勇者が余生を過ごした場所じゃ」
祖父は巻物をテーブルに置いた。
紙は黄ばみ、端はほつれ、触れれば崩れそうなほど古い。
「わしが若いころ一度行ったことがあってのう。勇者のお屋敷が残っていて、ちょっとした観光名所じゃった」
ソラトは思わず尋ねた。
「そこに勇者の子孫も?」
「もちろんじゃ。代々血は受け継がれておる。わしらと同じようにな」
ソラトは息をのむ。
皮紙にあった“勇者”と“グランツ”の文字が、祖父の言葉と重なっていく。
「じゃあ、他の英雄たちの子孫も?」
祖父は眉を寄せ、首を振った。
「それは分からん。わしらの先祖は討伐の記録をほとんど残しておらんのじゃ。この巻物一つだけで、後は魔法の研究ばかりでのう」
祖父は巻物を軽く叩く。
「書いてあるのも、魔王の強さと、討伐後に王様からこの土地を賜ったことくらいじゃ。もちろん、この箱のことも書かれておらん」
その横で父は、皮紙をなんとか読めないかと四苦八苦していた。
角度を変え、光に透かし、目を細める。
「……うーん……どこかに読めるところは……」
だがカビの層は厚く、文字はほとんど沈んでしまっている。
父は指先でそっと表面を擦ってみた。
その瞬間――
皮紙は“パリッ”と乾いた音を立て、端からボロボロと崩れ始めた。
「うわっ……!」
父は慌てて手を引いたが、崩れた欠片がテーブルに散らばった。
しばらく固まったあと、深く息を吐く。
「……だめだ、これは……もう触れんほうがいいな」
父は気持ちを切り替えるようにソラトへ向き直った。
「それじゃあ、今日はこのくらいにしておこう。
あとは明日だな……ソラトの魔力も試してみたいし」
その言葉に、ソラトの心臓が小さく跳ねた。
自分に魔力があるのか。
もしあるなら、それは何を意味するのか。
その夜、ソラトはなかなか寝付けなかった。




