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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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書庫の夕陽と旅立ちの前夜

翌朝、ソラトは早足で魔導院へ向かった。

昨日の講義と実技の興奮がまだ胸の奥に残っていて、

眠気よりも期待のほうが勝っていた。


校長室に行くと、校長はすでに準備を整えていた。


「おはよう、ソラトくん。

さあ、魔導書庫へ案内しよう」


校長に続いて廊下を歩き、

重厚な扉の前に立つ。


校長が鍵を回すと、

扉はゆっくりと開いた。


その瞬間――

ソラトは思わず息を呑んだ。


「……広っ……!」


そこは、ソラトの想像をはるかに超える空間だった。


天井まで届く巨大な本棚が、

迷路のように果てしなく並んでいる。

魔力で浮かぶ梯子、

自動でページをめくる補助魔導具、

古い皮紙の匂い。


まるで“知識の海”そのものだった。


校長は微笑む。


「ここが、この国最大の魔導書庫だよ。

四、五日では……いや、一ヶ月あっても読み切れないだろうね」


ソラトはすぐに理解した。

ここは“底なし”だ。


だが――

その底なしの深さが、むしろ嬉しかった。


「じゃあ、行ってきます!」


ソラトは駆け出し、

攻撃魔法と防御魔法の棚へ向かった。



時間を忘れるほどの集中


火球の強化式。

風刃の回転数。

土壁の強度計算。

魔力循環の効率化。


ソラトは次々と本を開き、

必要な部分を頭に叩き込んでいく。


ページをめくる音だけが、

静かな書庫に響いた。


気づけば――

昼を過ぎ、

午後を過ぎ、

夕方になっていた。


ソラトは食事のことなど完全に忘れ、

まるで機械のように魔導書を読み続けていた。


校長は書庫の入口からその様子を見ていた。


「……すごい集中力だ、ソラトくん。

まるで魔導書が彼のほうへ吸い込まれていくようだ……」


ソラトの目は真剣で、

一度読み始めたらページから視線を外さない。


その姿は、

“学ぶ者”というより――

“知識を喰らう者” に近かった。


校長は思わず息を呑む。


(……やはり、ただ者ではない)



そして夕陽が書庫の窓を赤く染める頃、

ソラトの視線はようやく魔導書から離れた。

そしてつぶやいた。


「…もうこんな時間」





ガルド家に戻ったソラトは、

椅子に座るなり勢いよく夕食に手を伸ばした。


昼を食べていない身体は正直で、

空腹が一気に押し寄せてくる。


「うまっ……!」


肉を頬張り、スープを飲み、パンをちぎっては口に運ぶ。

その食べっぷりは、まるで何日も食べていなかったかのようだった。


その様子を見て、カトラが笑いながら声をかける。


「ほらソラト、これもおあがり」


そう言って差し出されたのは、

薄い生地にたっぷりのチーズをのせて焼き上げた料理。

香ばしい匂いがふわりと広がる。


ソラトは目を輝かせた。


「うわっ、めちゃ美味しいですよ、これ!」


かぶりつくと、チーズがとろりと伸び、

香りと塩気が口いっぱいに広がった。


気づけばもう一切れ手に取っている。


カトラは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに言った。


「今日はよく食べるね。

もしかしてお昼食べてないんじゃないの?」


ソラトは口を動かしながら答えた。


「そうなんですよカトラさん。

魔導書に夢中で、ご飯食べるの忘れてたんです」


「でも魔導院って、どこで食事できるのかも知らないですけど」


カトラは腰に手を当て、

“まったくもう”という顔をする。


「ダメだよちゃんと食べないと。

アンタ、いま育ちざかりなんだからね」


そう言って、

肉と野菜をたっぷり盛った皿をソラトの前に置いた。


ソラトは素直に「ありがとうございます!」と頭を下げ、

また勢いよく食べ始める。


カトラはその姿を見ながら、

どこか楽しそうに微笑んでいた。


一方、テーブルの端では――


ガルドが、

残り二本になったミラッタ酒を

ちびちびと大事そうに飲んでいた。


「……あいつ、ほんまよう食うなぁ」


ぼそりと呟きながら、

どこか誇らしげな目でソラトを見ていた。





翌朝、ソラトが出かけようと玄関に向かったとき、

カトラが台所から顔を出した。


「ちょっと待ちな。はい、これ持って行きな」


差し出されたのは、布に包まれた弁当だった。


「わっ、ありがとうございます!」


ソラトは嬉しそうに受け取り、

魔導院へ向かって駆け出した。





魔導書庫に入ると、

昨日と同じように静かな空気が迎えてくれる。


ソラトは席に着くなり、

魔術式を頭に叩き込む作業を始めた。


ページをめくる音だけが、

広い書庫に淡々と響く。


昼になれば、

カトラの弁当を忘れずに食べる。


サンドイッチ、焼き野菜、ハーブの香りがする肉。

どれも温かい味がして、

ソラトは自然と笑顔になった。


時折、校長がやってきては

「その魔術式はね……」

「昔はこういう理論があってね……」

と雑談を交えながら休憩を促してくれる。


そんな日々が四日続いた。





四日目の昼。

ソラトがカトラの作ったサンドイッチを食べていると――


書庫の扉が静かに開き、

エリシアが姿を見せた。


「ソラト、旅の準備はできたぞ。

明日出発する」


そう言って、

ソラトの隣に腰を下ろす。


エリシアはソラトの弁当箱を覗き込み、

しばらく黙ったまま見つめてくる。


ソラトは慌てて説明した。


「これ、カトラさんが作ってくれたんです。

おいしいですよ。食べます?」


エリシアは無言のまま一つつまみ、

そのまま口に運んだ。


もぐもぐ……

そして、また黙る。



「明日の朝迎えに行くから、準備しておくように」


サンドイッチを食べ終えたエリシアは、

再び弁当箱をじっと見つめ、

ゆっくりと顔を上げてソラトを見る。


ソラトは慌てて言った。


「あっ、帰ったら準備しておきます!」


しかしエリシアはまだ無言で見つめてくる。


ソラトは困って、

弁当箱を少し押し出した。


「あっ……よかったら、もう一つどうぞ」


エリシアは無言のままサンドイッチをつまみ、

立ち上がって食べながら書庫を出ていった。


ソラトはぽつりと呟く。


「……エリシアさん、よっぽどお腹すいてたのかなあ」


書庫には、

サンドイッチの香りと、

ソラトの小さな苦笑いだけが残った。




夕方。

ソラトは読み終えた魔導書を丁寧に棚へ戻し、

書庫全体をゆっくりと見渡した。


果てしなく続く本棚。

まだ触れていない分厚い魔導書の山。

四日間読み漁っても、ほんの一部にしか触れられていない。


(……まだこんなにあるのに。

全部読みたいな……)


名残惜しさが胸に残る。

旅が終わったら、必ずまた来よう――

ソラトはそう心に決めた。


帰ろうと扉へ向かったその時、

書庫の入口に校長が姿を見せた。


「ソラトくん、明日出発なんだってね」


「はい。さっきエリシアさんが来て、そう言ってました」


校長は手に持っていた包みを差し出した。


「これを持っていきなさい」


ソラトが受け取ると、

中から深い紺色のローブが現れた。

布は軽いのにしっかりしていて、

触れると微かに魔力の流れを感じる。


「えっ……これ、すごい……」


校長は懐かしそうに微笑んだ。


「私が昔、冒険者をやっていた頃に使っていたローブだよ。

防御性能が高くて、魔力の流れも整えてくれる。

ソラトくんの旅に役立つはずだ」


ソラトは目を丸くし、

慌てて頭を下げた。


「えっ、こんなのもらっていいんですか!?

ありがとうございます!」


校長は軽く笑いながら言った。


「それとね、旅が終わったらまた続きを読みに来るといい。

ソラトくんの顔は……まだ読み足りない顔をしているからね」


ソラトは照れくさそうに笑った。


「えへっ、バレちゃってます。

じゃあ、今度また続きを読みに来ますね」


校長は真剣な目で頷いた。


「必ず来るんだよ。

……じゃあ、気をつけて行ってきなさい」


「ありがとうございました校長!

じゃあまた今度、必ず!」


ソラトはローブを抱え、

手を振りながら書庫を後にした。


校長はその背中を見送りながら、

静かに呟いた。


「……あの子は、きっと帰ってくる。

そして――もっと大きくなって戻ってくるだろうね」


夕暮れの光が書庫に差し込み、

ソラトの影が長く伸びていった。


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