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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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五百年ぶりの賢者、その名はソラト

翌朝。

ソラトは朝食を終えると、部屋に戻って出発の準備を始めた。


校長からもらった紺色のローブをそっと羽織る。

軽いのにしっかりしていて、肩に乗せた瞬間に魔力の流れが整うのが分かった。


鏡の前に立つと、カトラが後ろから顔を出した。


「おっ、そんなの持ってたのかい。カッコいいじゃないか」


ソラトは照れながら振り返る。


「昨日、校長先生からもらったんだ。

昔、冒険者だった時に使ってたローブなんだって」


「へぇ……魔導院の校長先生のローブねぇ」


カトラは感心したようにローブを眺め、

ふと思いついたように言った。


「それで魔法の杖を持ったら、いかにも“魔法使い”って感じが出るんじゃないかい」


「じゃあ……」


ソラトは手を前に出し、魔力を流す。


ブンッ


杖が手の中に現れた。


ソラトは杖を握り、

それっぽいポーズをとってみる。


カトラは腕を組んで首をかしげた。


「うーん……その杖じゃイマイチ感じが出ないねぇ」


「えぇっ!? でもこの杖、見た目以上に性能すごくて……!」


ソラトが慌てて弁解していると――


カラカラカラ……


外から馬車の車輪の音が聞こえてきた。


「あっ、エリシアさんが迎えに来た!」


ローブの裾を整え、杖を消し、

荷物を手に取ると、勢いよく玄関へ走り出した。


カトラはその背中に声をかける。


「気をつけて行っといで! 帰ってきたらまた美味しいもん作ってあげるよ!」


ソラトは振り返って大きく手を振った。


「行ってきます!」


朝の光の中、

ソラトはローブを揺らしながら外へ飛び出していった。




ソラトが外に出ると、

家の前には――


貴族が使うような豪華な馬車 が止まっていた。


深い紺色の車体に金の装飾。

馬は白く、毛並みは手入れされ、

御者もきちんとした制服を着ている。


ソラトは思わず足を止めた。


「えっ……これ、ぼくの迎え……?」


てっきり荷馬車が来ると思っていたので、

あまりの差に頭が追いつかない。


そのとき、店の裏口からガルドが顔を出した。


「おお、ソラト。もう行くのかい。

……すごい馬車のお迎えだな」


ソラトは苦笑いしながら肩をすくめた。


「ぼくも荷馬車だと思ってたから、びっくりしましたよ。

それじゃあガルドさん、行ってきます!」


ガルドは大きく手を振る。


「気ぃつけてな」


ソラトは笑顔で頷いた。


馬車のドアがゆっくりと開く。


中には――


エリシア。

ミリィ。

そして、ソラトの知らないハーフエルフの男性。


エリシアが軽く顎をしゃくる。


「さあ乗れ、ソラト」


ミリィは手を振りながら笑っている。


「おはよーソラト! 今日から旅だよ!」


男性は穏やかな微笑みを浮かべていた。


「席は空いていますよ。どうぞ」


ソラトは深呼吸し、

ローブの裾を整えて馬車に乗り込んだ。



馬車のドアが閉まり、

ゆっくりと車輪が動き出す。

街の石畳を踏む音が、規則正しく響いた。


エリシアがソラトのローブを一瞥し、

ふと問いかける。


「その冒険者の装備はどうしたんだ」


ソラトは一瞬きょとんとしたが、

すぐに自分のローブのことだと気づいた。


「あっ、このローブですか。

校長先生にもらったんです。

昔、冒険者だった時のローブなんだって」


エリシアは短く頷く。


「そうか。良いものをもらえてよかったな」


それから、少しだけ声を落として続けた。


「……それでこれからなんだが、

王都マッカリナに向かう」


ソラトは思わず姿勢を正した。


「王都……?」


エリシアは真っ直ぐソラトを見る。


「王がソラトに会いたいんだそうだ。

この馬車も、その迎えとしてよこしたものだ」


ソラトは目を丸くした。


「えっ……王様が、僕に……?」


ソラトは不安そうに眉を寄せた。


「何で王様が僕なんかに会いたいなんて……」


その疑問に、隣のハーフエルフの男性が静かに口を開いた。


「それは私が説明しましょう」


ソラトは思わず男性を見つめる。

(……そういえばこの人、誰?)


その表情を読んだのか、エリシアが補足する。


「彼は行政院監察官のカイエンだ。

定期報告でマッカリナに行かなければならないらしく、この馬車に便乗してきたんだ」


カイエンは肩をすくめて笑った。


「ホント助かりましたよ。乗合馬車は狭いですから」


エリシアは冷たい目で言い放つ。


「貴様のせいでこの馬車は狭くなったがな」


「うっ……」


カイエンはバツの悪そうに視線をそらし、

すぐにソラトへ向き直った。


「まずソラトくん。

君はいま、この国の王政府では“話題の人物”なんだよ」


ソラトはぽかんと口を開けた。


「ええ……なんで?」


エリシアが腕を組んで答える。


「行政院に、この旅の申告をしたせいだ」


カイエンが頷き、説明を続ける。


「ソラトくん。

この世界の“勇者”と“賢者”は唯一無二で、血筋にしか誕生しない……

これは知っていたかね?」


ソラトは首を横に振った。


「いえ、知りませんでした」


カイエンは指を一本立て、語り始める。


「勇者は、強大な“魔”が発生するとき、

それに対抗するように誕生してきた存在だ。

そしてこの世界を守ってくれる」


馬車の揺れに合わせて、カイエンの声が静かに響く。


「だが――勇者だけではどうすることもできない“魔”が発生したことがある。

五百年前だ」


ソラトは息を呑む。


カイエンは続けた。


「そのとき誕生したのが“賢者”だ。

勇者と並び立ち、世界を救った存在……」



馬車の車輪が違う石畳へと乗り換わり、わずかに揺れが変わった。

その変化に合わせるように、カイエンは声の調子を落とす。


「それと――賢者誕生の兆しは“災厄”とも“変革”とも言われているんだ」


ミリィが目を丸くし、エリシアは無言で耳を傾ける。

ソラトはその言葉を聞いた瞬間、胸の奥に微かなざわめきを覚えた。

父から同じ話を聞かされていた。

だが、ここで口を挟む必要はないと判断し、ただ静かに頷くだけに留める。


カイエンは続けた。


「五百年前の“災厄”は魔王ゴルダークの出現。

 そして“変革”はナラカム王国の誕生だった。

 ナラカム王国ができる以前、この大陸は小国が乱立し、争いが絶えなかった。

 それを一つに束ね、戦乱を終わらせたのが初代ナラカム王だよ」


馬車の窓から差し込む光が、カイエンの眼鏡に一瞬だけ反射する。


「そして、その王を支えていたのが五百年前の賢者。

 ――ソラトくんの先祖なんだ」


ソラトは視線を落とす。

自分の先祖について、家ではほとんど語られなかった。

むしろ“普通の家族”として暮らしてきたのに、他人のほうが自分の血筋を詳しく知っているという事実が、どこか現実味を欠いて感じられる。


カイエンは柔らかい口調で締めくくった。


「つまり、この王家にとってソラトくんの祖先は特別な存在なんだ。

 本来なら勇者と同じく“国家の保護家門”として扱われるべき家系――それが君だよ」



ソラトはふと胸の奥に引っかかる疑問を口にした。


「五百年前……それより前の勇者や賢者って、どんな人たちで、何をしてたんだろう?」


カイエンは腕を組み、少しだけ視線を上に向ける。


「記録が残っているのはナラカム王国が誕生した頃からだ。それ以前のことは、正直よく分からないんだよ」


「なるほど……」

ソラトは静かに頷く。

知らないことが多いのは自分だけではないのだと、少しだけ肩の力が抜けた。


カイエンは話を続ける。


「五百年ぶりに賢者が現れた。王が君に会いたいと言っている理由も、まあそのあたりだろうね」


その言葉に、ミリィが得意げに胸を張った。


「ミリィ、この前もう王様に会ったんだよ!」


「へぇ……ミリィはやっぱりすごいんだね」


素直に褒められたミリィは、ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せた。


エリシアがその様子を横目に、ソラトへ向き直る。


「したがって、我々の“八英雄めぐりの旅”はそれが済んでからだ。

 まあ、マッカリナにも八英雄の一人――“戦士”がいたようだから、ちょうどよかったが」


「なんですか、騎士団長。その八英雄めぐりの旅ってのは?」


カイエンが興味津々で身を乗り出す。

エリシアは淡々と答えた。


「八英雄めぐりと言っても、勇者と賢者はすでに見つけている。だから正確には六英雄めぐりだな。

 ……貴様に教えられるのはここまでだ」


「えっ、なんで教えてくれないんですか。余計に気になるじゃないですか」


「それは貴様に“欠片”を見せたりすると大変なことになるからだ」


「欠片? なんですそれ」


「お前に言えるのはそこまでだ」


「なにその気になるように仕向けた話し方……団長、わざとやってるでしょ」


カイエンがむくれたように言うと、エリシアは無言で横に置いていた包みを開いた。

カイエンは思わず身構える。

“欠片”が出てくるのではないかと。


しかし――


「ミリィ、クッキーでも食べよう」


包みから出てきたのは、ミリィのお気に入りのクッキーだった。

ミリィは満面の笑みでそれを受け取り、さっそくかじりつく。


エリシアは次にソラトへ視線を向ける。


「ソラト」


短く名を呼び、同じクッキーを手渡す。

ソラトは少し驚きながらも受け取った。


そして最後に、エリシアはカイエンへクッキーを差し出す。


「君にもあげよう」


「いや、私は結構です……」


カイエンは遠慮しつつも、どこか悔しそうに視線をそらした。


馬車の中には、歴史の重さと、仲間たちの温度が入り混じった、奇妙に心地よい空気が流れていた。

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