魔導院で暴かれた規格外の才能
校長室には、
ブンッ、ブンッ
という軽い音と、校長の「おおっ!」という声が響き続けていた。
校長は自分の杖を消したり出したり、
まるで新しい玩具を手に入れた子どものように繰り返している。
「これは便利だ、ソラトくん!
しかも簡単な魔術式で素早くできるのがとてもいい」
ソラトは校長の興奮ぶりに苦笑しつつ、
魔術式の構造を思い返す。
「ですね。
ところどころ魔術式の圧縮と簡略化で、スピード重視で設計してますよね」
校長は深くうなずき、
「これは魔導書にして生徒に教えねば……!」と
すでに教育者モードに入っていた。
ソラトは「あ、それいいですね」と頷き、
ふと思い出したように言った。
「ところで校長先生、杖の使い方なんですけど……」
校長の動きがピタッと止まる。
「ああ、そうだった。
で、ソラトくんは杖の何を教えてほしいんだね」
ソラトは真剣な顔で答えた。
「全部です」
校長は一瞬だけ目を丸くし、
すぐに満足げに頷いた。
「なるほど。
じゃあまず“魔法の杖とは何か”から講義しよう」
そこからの一時間――
校長の熱のこもった説明と、
ソラトの鋭い質問が途切れることはなかった。
校長は黒板に魔力回路を描きながら言う。
「……とまあ、この原理のおかげで魔法の威力と精度が上がるわけなんだよ」
ソラトは深く頷き、
少し考えてから口を開いた。
「だったら応用で、杖に追加性能を付与することもできるんじゃないですか?」
校長の目が輝く。
「おっ、よくそれに気づいたね。
どれ、ソラトくん、ちょっと杖を貸してみたまえ」
ソラトは杖を呼び出し、校長に渡す。
校長は杖を握り、魔力を流し込んで拡張機能を探る。
そして――薄く微笑んだ。
「あったよ、ソラトくん。ほら、これだ」
ギュイーン……
赤い杖はにゅるりと伸び、
部屋の端まで届くほど長くなった。
「おおっ!」
ソラトが驚く間もなく、
杖はまた縮んで元の長さに戻る。
校長は感心しきりだった。
「これは魔力消費次第で、まだまだ伸ばせるみたいだ。
こんな機能は初めて見たよ」
ソラトは思い出したように言う。
「なんでも東の大陸の杖らしいです」
「なるほど、それで……」
校長は納得したように頷き、杖をソラトに返した。
「まあ講義はこんなものかな。
じゃあ次は外に行って実技を試そう」
ソラトは元気よく返事をした。
「はいっ!」
校長室の空気が、
一気に“実戦モード”へ切り替わった。
校長とソラトは校舎の裏にある魔導実技場へ向かった。
いくつもの区画に分かれた広い訓練場で、
魔力の残滓が空気に薄く漂っている。
校長は的の並ぶ区画に入り、ソラトへ向き直る。
「じゃあここで、攻撃魔法の射撃精度がどのくらい変わるか試してみたまえ」
「はい」
ソラトは深呼吸し、まずは杖なしで試すことにした。
手を前に出し、掌の前に小さな火の玉を作る。
魔力が集まり、空気がわずかに熱を帯びる。
そして――
シュッ
火球が飛び、的に当たった。
だが穴は中心から少し外れている。
校長は小さくつぶやいた。
「ほう、火属性か……いや、しかし魔力の質が妙に澄んでいるな」
杖なしでも十分な威力と精度。
校長は内心で「なかなかやる」と思っていた。
次に、杖を使って試す。
ソラトは杖を軽く前に出し、
“腕の延長”としてイメージする。
その瞬間、杖の先に火の玉が生まれた。
さっきと同じ大きさ――
だが、杖があるだけで魔力の流れがまるで違う。
「いきます」
ドンッ!
火球はさっきより明らかに速く飛び、
的の中心に穴を開けた。
その勢いのまま、
的の後ろに積まれていた砂山が――
ボフッ!
吹き飛んだ。
ソラトは目を丸くした。
「こんなに違うんだ……すごっ」
杖を握る手が、わずかに震える。
恐怖ではなく、純粋な興奮。
校長は腕を組み、満足げに頷いた。
「うむ……これは相性がいいどころの話ではないな」
校長はソラトに向き直った。
「じゃあ次はソラトくん、思いっきり火力を上げてみたくはないかね」
ソラトの目が一気に輝く。
「やってみたいです」
「じゃあ、ちょっと場所を変えよう」
二人は実技場の奥へ移動した。
そこは他の区画とはまるで違っていた。
向こう側には分厚い石壁がそびえ、
その手前には砂で作られた巨大な壁が積み上げられている。
まるで砲撃試験場のような迫力だ。
校長が説明する。
「ここは攻撃魔法を最大まで試せる実技場だよ」
ソラトは石壁を見上げながら言った。
「確かに……あの壁なら大丈夫かも」
校長はにやりと笑う。
「だが、それだけじゃないぞ」
そう言うと、横の壁に取り付けられた小さな蓋を開け、
中の穴に魔石を一つ入れた。
次の瞬間――
バシュンッ
石壁の向こう側に、淡い青色の半透明の防護壁が展開された。
空気がわずかに震え、魔力の膜が光を揺らす。
校長は胸を張る。
「魔導具で作った防護壁だ。
この三重の壁を貫くのは、まず無理だろうね」
石壁
+
砂壁
+
魔導具の防護壁
三重の防御。
ソラトはごくりと唾を飲んだ。
(……ここなら、思いっきり撃てる)
リベッタ村で氷の矢を撃った時のことが脳裏に浮かぶ。
あの時は軽く撃っただけなのに、木が簡単に折れた。
(……あれを全力で撃ったら、どうなるんだろう)
胸の奥が熱くなる。
怖さよりも、純粋な好奇心が勝っていた。
ソラトは杖を前に出し、
まず水魔法で杖の先に“水の槍”を形成した。
校長が目を丸くする。
「えっ、水属性……?」
次の瞬間、ソラトは氷の魔術式を展開した。
水の槍が――
キィンッ
と音を立てて瞬時に凍りつく。
校長の驚きはさらに深まる。
「氷属性……?」
ソラトは深呼吸し、狙いを定めて――
「いきます!」
ドンッ!!!!
氷の槍は凄まじい勢いで飛び出し、
空気を裂く音が実技場に響いた。
次の瞬間――
ドガァァァァン!!!!
砂山が爆発したように吹き飛び、
砂煙が巨大な柱のように舞い上がる。
そしてその奥の分厚い石壁が――
粉々に砕け散った。
破片が地面に降り注ぎ、
防護壁が青い光を揺らしながら衝撃を受け止める。
校長は目を見開き、
口をぱくぱくさせたまま言葉を失っていた。
ソラトは呆然としたまま、杖を見つめる。
「……こんなに違うんだ……すごっ」
自分の魔法に、自分で驚いていた。
大爆発のような音と砂煙に驚き、
他の区画で実技練習していた生徒たちと担任教師が駆けつけてきた。
担任教師は目を丸くしながら言う。
「校長……これはいったい……」
校長は石壁の残骸を見つめたまま、
震える声で答えた。
「……今はまだ……よく分からないから……
あとで説明する……とにかく授業に戻りなさい」
「は、はい分かりました!」
教師と生徒たちは慌てて立ち去っていく。
校長は胸を撫でおろした。
(……防護壁を展開しておいて本当に良かった……)
砂煙が落ち着くと、校長はソラトの方へ向き直った。
「ソラトくん。
いまのは……水属性と氷属性だよね」
「はい、そうです」
校長は眉をひそめる。
「火も水も氷も……完璧に使っているように見えたけど……
ソラトくんの適合属性はどれなんだい」
ソラトはきょとんとした顔で首をかしげた。
「え、適合って何ですか?」
校長室に戻ったソラトと校長は、
魔法の基礎から応用まで、みっちり三時間の講義を続けていた。
校長は黒板に属性図を描きながら言う。
「……ということだから、属性も系統も“扱える”だけなら誰でもできるんだよ。
ただし“適合度”には個人差があってね。
普通は一つか二つだけ高いものがあるんだ」
校長はチョークを置き、ソラトを見つめた。
「ソラトくんのように、すべての属性と系統で高い適合を示すなんて……
魔法学的には本来あり得ないんだよ」
そして、少しだけ声を落とした。
「……でも、それが可能なのが“賢者”なんだろうな」
ソラトは深く頭を下げた。
「今日は色々教えてくれてありがとうございました」
校長は笑顔で手を振る。
「いやいや、こちらこそ勉強になったよ。
新しい魔法まで教えてもらってね」
そう言うと、校長は嬉しそうに自分の杖を
ブンッ、ブンッ
と出したり消したりしている。
ソラトはふと思い出したように言った。
「それと……ちょっとお願いがあるんですが」
「ん、何だね」
「ここには魔導書がたくさんあると聞いたんですけど」
「この国最大の魔導書庫があるよ」
ソラトの目が輝く。
「それ、読ませてもらってもいいですか?」
校長は即答した。
「ああ、もちろん構わないよ。
でも今日はもう遅いから、明日なら」
「やった! じゃあ明日また来ます!」
ソラトは嬉しそうに校長室を飛び出していった。
校長はその背中を見送りながら、
胸の奥に言葉にできない感覚を覚えていた。
(……あの子には、特別な“何か”がある)
ソラトが校長室から出ていった直後――
コンコン と軽いノックが響いた。
校長が「どうぞ」と言うと、
扉が静かに開き、身なりの整ったハーフエルフの男性が入ってきた。
長い耳、淡い銀髪、落ち着いた瞳。
行政院の制服をきっちり着こなし、
どこか“品のある空気”をまとっている。
「こんにちは、校長」
校長は顔を上げ、少しだけ表情を和らげた。
「カイエンくんか。いつもの見回りかね」
カイエンは軽く頷く。
「ええ、いつもの視察ですよ。
ところで……さっきの少年は?」
校長の顔がわずかに曇る。
「まあ、いずれ君の耳にも入ることだから言っておこう。
彼は――リベッタ村のソラト・リヴェルだよ」
カイエンは一瞬だけ考え込み、
すぐに小さく目を見開いた。
「ソラト……リヴェル……
ああ、もしかして――あの賢者の子孫。
さっき上の階で彼の魔法を見ましたけど……
なるほど、納得ですね」
校長は眉をひそめ、
少しだけ厳しい声で言った。
「カイエンくん。
ソラトくんを政治利用しようなんて考えちゃいかんよ」
カイエンは慌てて両手を振った。
「そんなことは考えてませんよ!
私は王政派じゃありませんし」
校長はじっとカイエンを見つめ、
やがて小さく息を吐いた。
「……まあ、それならいいんだが」
そしてふと思い出したように笑う。
「あっ、そうだカイエンくん。
さっきソラトくんから“新しい魔法”を教えてもらったんだ」
校長は手を前に出す。
ブンッ
音とともに、杖が手の中に現れた。
カイエンは目を見開き、
完全に度肝を抜かれた。
「ええっ!?
なっ、何ですか今のは……!」
校長は得意げに胸を張る。
「杖を収納する魔術だよ。
君にも魔術式を教えてあげよう」
カイエンは即答した。
「ぜひお願いしますっ!」
その声は、
普段の冷静さからは想像できないほど食いついていた。
校長室には、
新しい魔術を前にした二人の興奮が満ちていた。
魔導院を出て街道を歩きながら、
ソラトは胸の中で静かに決意を固めていた。
エリシアとミリィと旅立つ前に――
もっと魔法を覚えたい。
その思いが、今日の講義でさらに強くなっていた。




