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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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欠片が呼ぶ、八英雄の道へ

夕暮れの光が差し込むガルドの家は、柔らかな温もりに満ちていた。

窓から射し込む橙色の光がテーブルを照らし、湯気を立てるスープと、カトラが豪快に焼き上げた塊肉の表面をきらりと光らせる。


ソラトは椅子に腰を下ろすと、勇者邸での出来事を最初から最後まで語り始めた。

言葉を選ぶ余裕もないほど興奮していて、時折スプーンを握る手が宙で止まる。


ガルドは腕を組み、ゆっくりとうなずきながら聞いていた。


「そうかい。向こうからソラトくんを見つけてくれたのか。それはすごいな」

感心したように目を細める。

「勇者は人を見る目があるって話は聞いたことがあるけど……まさかそんな能力だったんだな」


ソラトはスプーンを置き、身を乗り出す。


「それに……勇者があんな小さな女の子だったなんてビックリしましたよ。先に教えてくれたらいいのに」


ガルドは笑いながら肩をすくめた。


「グランツじゃ誰でも知ってる話だから、気づかなかったよ」


その横で、カトラが焼き上げた肉をざくざくと切り分けていた。

包丁が肉を割るたび、香ばしい匂いがふわりと広がる。


「そうだよ、有名な話」

カトラは会話に加わりながら、手を止めない。

「しかもめちゃくちゃ強いんだよ、あの子。あの年でもう魔物討伐に行くんだからね……」


大きく切り分けた肉を皿に盛り、ソラトの前に置く。


「はいソラト、いっぱいおあがり」


ソラトは思わず背筋を伸ばし、両手で皿を受け取った。


「あっ、ありがとうございます」


皿の上に盛られた肉は、村で見たどんなごちそうよりも大きかった。

表面は香ばしく焼け、立ちのぼる匂いがソラトの鼻をくすぐる。

その迫力に、彼は思わず目を丸くした。


「いただきます」


ナイフを入れると、刃がすっと沈んだ。

驚くほど柔らかい。

そのまま一口運ぶと、濃い目の味付けが舌に広がり、香ばしさと強い旨味が後から追いかけてくる。


「うわ、うまいです」


思わず声が漏れた。

カトラは満足そうに笑い、焼きたての塊肉をさらに切り分けながら言う。


「そのパンにサラダと一緒に肉を挟んで食べるといけるわよ」


食卓の中央に置かれた丸いパンを手に取り、ソラトはナイフで二つに割った。

サラダを敷き、肉を挟み、勢いよくかぶりつく。


「……ホントだ、すごくいける。こんな食べ方はじめて」


カトラは胸を張り、どや顔で言う。


「だろ。これがグランツスタイルの食べ方だよ。

いろんなソースもあるから、味変するといくらでも食べれるんだから」


そう言って、色とりどりのソースの容器をソラトの前に並べる。


ソラトは夢中で食べながら、口の端を少し汚しつつ言った。


「この食べ方すごくいいです」


その瞬間、ふとロックの顔が浮かんだ。

これは間違いなくロックが気に入る。

リベッタに帰ったら絶対教えよう――

そんな考えが自然に胸の奥から湧き上がる。


ガルドは肉を切り分けながら、ふと真面目な声を落とした。


「で、ソラトくんは……勇者のパーティーメンバーに入るのかね」


「うん、入ります」


迷いのない返答だった。

ガルドもカトラも、思わず手を止めてソラトを見る。

その瞳には、少年の無鉄砲さではなく、確かな意志が宿っていた。


ソラトは続ける。


「欠片を全部集めるには、八英雄がいた場所がヒントなんです。

でも英雄たちが討伐後に住んでいた場所って、みんなバラバラで……。

馬車が無いと何年もかかっちゃうんですよ」


パンを割りながら、ソラトは言葉を重ねる。


「だからエリシアさんがナラカム政府を使って、馬車と旅の準備をしてくれるそうなんです」


ガルドは目を丸くした。


「政府が……?」


「はい。勇者の行動は、この国では最優先に守られてるそうですから」


ソラトは肉を頬張り、思い出したように言った。


「それと……勇者のパーティーメンバー探しもかねてなんですよ」


ガルドは興味深そうに眉を上げる。


「それでソラトくん、それはいつ出発するのかね」


ソラトはパンに肉と野菜を挟み、茶色のソースをたっぷりとかけた。

どうやらこの食べ方がすっかり気に入ったらしい。

かぶりつきながら答える。


「旅の準備はすぐできるけど……役所の手続きに時間がかかるらしくて。

五日くらいってエリシアさんが言ってました」


その間も、ソラトはいろんなソースを試していた。

どれも美味しくて、甲乙つけがたい。


「手続きが終わったら知らせに来てくれるんだとも言ってました」


ガルドは「なるほどなぁ」と深くうなずき、

カトラはサラダを盛りながら、次の疑問を投げかけた。


「ところでその欠片を全部集めるのに、どれくらいかかるんだい」


ソラトは少し考え、博物館でエリシアと話した内容を思い出す。


「エリシアさんと一緒に調べた感じだと……

早ければ一年かからないと思います」


ガルドとカトラは顔を見合わせた。

一年という時間は、長いようで短く、短いようでやっぱり長い。


ソラトはそこで、ふと何かを思い出したように顔をあげた


「あっ、そうだガルドさん。

次にリベッタ村に行ったら……ちょっと帰るの遅くなるって、お願いします」


ガルドは驚いたように目を丸くした。

勇者たちとの旅を“帰りが遅くなる”程度に捉えている――

ソラトが特別な存在になっていくのをガルドは感じた。


だがすぐに、ガルドの表情は優しい笑みに変わった。


「もちろんだとも。

ソラトくんの家族には、私からちゃんと伝えておくよ」


そして肉を噛みしめながら、ふと声を和らげる。


「でも実はな、村を出発する前にリヴェルさんはこうなることを予想していたよ。

だから心配せずに行くといい」


その言葉は、ソラトの胸にじんわりと染み込んだ。

彼は笑顔で大きく頷く。


最後の肉をパンに挟み、今度はソースをつけずにかぶりつく。

香ばしい旨味が口いっぱいに広がり、ソラトは満足そうに目を細めた。


完食。


カトラは、まるで自分の子どもを見ているような嬉しそうな顔をした。


「ほんとに美味しそうに食べてくれて嬉しいねぇ。

ここにいる間はまたグランツ名物用意するから、楽しみにしてなさいよ」


ソラトは満腹の幸福感に包まれながら、ぽん、とお腹を軽く叩いた。


「ありがとうカトラさん。楽しみです」


その時、ガルドが「あっ」と声を上げた。


「そうだソラトくん、君に渡すものがあったんだ。

ちょっと取ってくるから」


立ち上がるガルドに、ソラトは驚いて顔を上げる。


「えっ、何ですか」


ガルドはニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめた。


「それは……持ってきてからのお楽しみだ」


ソラトは考えるより先に、ぽつりと口にしていた。


「杖ですか」


ガルドは苦笑しながら、

「まったく、鋭いなぁ」と言いたげな顔で物置小屋へ向かった。





ガルドが物置小屋から戻ってくるのに、さほど時間はかからなかった。

手にしているのは、身の丈の半分ほどの赤い棒状の物。

魔法の杖というより――ただの棒にしか見えない。


ガルドは少し照れたように笑った。


「これは昔、東の大陸から来た旅人から買い取ったんだが……」


カトラが果物を切りながら、思い出したように口を挟む。


「ああ、十年くらい前のあの人ね。

ナラムも魔石も持ってなくて困ってたあの人」


ガルドは頷く。


「それで、東の港まで行く馬車の代金で買ってほしいと言われてな。

つい買ってしまったんだけど……」


ガルドは少し困った顔をした。

ソラトはカトラが切ってくれた見たことのない果物を受け取り、一口食べて「おおっ」と目を輝かせながら話を聞いていた。


ガルドは続ける。


「鑑定に出して、確かに“魔法の杖”だと証明はできたんだが……

使える魔法使いがいないんだよ」


カトラは切り分けた果物をソラトの皿に置き、

「ほら、これも食べな」と微笑む。


ソラトは果物を頬張りながら、ガルドの話に耳を傾けた。


ガルドは赤い杖を見つめ、ゆっくりとソラトに差し出す。


「どうも異国の杖だからなのか、魔力の問題なのかは分からないが……

ソラトくんなら使えるんじゃないかと思ってな」


ソラトは果物を食べながら、もう片方の手で杖を受け取った。


その瞬間――


ソラトの表情が、はっと変わる。


次の瞬間、杖が――


ブンッ


小さな音を立てて、杖が赤い光の粒になって消滅した。


ガルドとカトラは目を見開き、

ソラトは手の中に残った“何もない空間”を見つめたまま固まる。


果物をほおばったまま、ぽかんとした顔で二人を見る。


杖が消えた。

そして――


ブンッ


小さな音とともに、ソラトの手の中に赤い杖が再び現れた。


ガルドもカトラも、口を半開きにしたまま固まる。


ソラトは果物をもぐもぐしながら、まるで当たり前のことを言うように口を開いた。


「杖って……魔法の杖のことだったんだ」


二人は同時にソラトを見る。

“何を言っているんだこの子は”という顔。


ソラトは続ける。


「リベッタ出発する前に魔導書庫で魔導書読んでたら、

杖を格納する魔導書ってのがあったんですよ。

それで、おじいちゃんの散歩の杖で試したんだけど……

何にもならないから変だなと思ってたんですよね」


果物をもう一口。


「……あの魔導書、魔法の杖を格納する魔術式だったみたいです」


ガルドは額に手を当てた。


「いやぁソラトくん……謎が解けたのは良かったけど……

そんな魔術、聞いたことないよ」


ソラトは赤い杖を軽く持ち上げながら言う。


「じゃあ、たぶん先祖のオリジナル魔術式なのかも」


しばらく杖を眺めた後、ソラトは素朴な疑問を口にした。


「ガルドさん、これってどう使うものなんですか」


ガルドは苦笑しながら肩をすくめる。


「もちろん私にはわからないよ、ソラトくん」


ソラトは次にカトラを見る。

カトラは困った顔で首を横に振り、「無理無理」と言いたげに手を振った。


そこでガルドがぽんと手を打つ。


「そうだ、明日勇者邸のエリシアさんに聞けばいいじゃないか。

あの方なら魔法使いの知り合いもいるだろうし」


ソラトはぱっと顔を明るくした。


「そうだね、じゃあそうします!」


そう言って杖を両手で前にかざし、深く礼をする。


「魔法の杖、ありがとうございました。大事に使います」


その瞬間――


ブンッ


赤い杖は光の粒になって消えた。


ガルドとカトラは、

“分からないことを聞かれずに済んだ”という安堵の表情で、同時に大きく息を吐いた。

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