名も無き村の真実
博物館の中は、ひんやりとした空気に満ちていた。
五百年前の勇者から始まり、六人の勇者たちが残した装備や小物が、
武勇伝のパネルとともに展示されている。
観光客はまばらで、
足音が石床に軽く響くたび、
この場所が“歴史そのもの”であることを思い出させた。
ソラトとミリィは、エリシアの後ろをついて歩く。
三人は、五百年前の勇者の展示の前で足を止めた。
エリシアがガラスケースを覗き込み、
指先で一枚の古びた紙を示す。
「これが、五百年前の勇者が残した“パーティーメンバーの名簿”だと言われているんだ」
ガラス越しに見える紙は、
ところどころ破れ、文字も薄れている。
名前と、町や村の名が並んでいるが、
劣化が激しく読めない部分も多い。
ソラトはガラスに顔を近づけ、
薄れた文字を追いながらつぶやく。
「こんな昔のものが……まだ残ってるんですね」
エリシアは名簿の一番上を指した。
「ここに“セラフィナ・ガーディア”と書いてあるだろ。
あれが五百年前の勇者の名だ」
ソラトは勇者の名前よりも、
その下に書かれた名前に目を奪われた。
劣化でほとんど読めない。
だが――
“リヴェル” の文字だけは、はっきりと残っていた。
「えっ……その下に書いてる名前……
リヴェル……名も無き村って……」
エリシアは展示ケースの前に立ち、
古びた名簿を指し示しながら説明を続けた。
「歴史では、賢者リヴェルは辺境地リベッタ村で余生を過ごしたと記載されている。
そしてここに書かれているのは、五百年前の“八人の英雄”とその出身地だとされている」
ソラトは名簿を見つめながら、ふと疑問を抱いた。
「えっ……勇者は、なんでこんなものを残してるんですか」
エリシアは真剣な顔でソラトを見つめ、
なぜか少し呆れたように、しかし誇らしげに言った。
「それはな……勇者は代々、自分の偉業を後世に残すのが大好きなんだよ」
ソラトは「なんかよく分からないけど……まあいいか」と思った。
勇者って、そういうものなのかもしれない。
ミリィは名簿を覗き込みながら、
「ミリィも大きくなったらいっぱい残す」
エリシアは苦笑しながらミリィの頭を軽く押さえた。
「……そういう意味じゃないんだがな」
エリシアは再びガラスケースに向き直り、
名簿の文字を指でなぞるように見つめた。
「でもさっき思ったんだが……ソラトの父は村の代表者だな」
「そうです。うちは代々村の代表をやってると聞いてます。
まあ、小さな村ですし」
「それはいつからだ」
ソラトは首をかしげる。
「ええっと……それはよく分からないですけど……」
エリシアは静かに言葉を重ねた。
「そもそも、大陸南西の辺境地に五百年前に“村”があったのか。
賢者が住むまで、あそこには魔物がいたはずだ。
もし人が住んでいたとしても……村と呼べるようなものではなかっただろうと思う」
ソラトの胸の奥で、何かが“カチッ”と噛み合った。
――そうか。
ソラトは名簿を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「ここに書いてある“名も無き村”は……
出身地じゃなくて、魔王討伐の後に住んだ場所……」
そして、さらに気づく。
「そうか……リベッタ村って……」
エリシアは静かに頷いた。
「そう。
賢者リヴェルの名から付けたんだと思う」
展示室の静けさが、急に重く、温かく感じられた。
自分が生まれ育った村の名前。
自分の家の名前。
そして五百年前の英雄の名。
それらが一本の線で繋がった瞬間だった。
エリシアは周囲を見回し、観光客が近くにいないことを確認すると、
そっとポケットから二つの欠片を取り出した。
ガラスケースの前で、欠片を合わせる。
カチリ。
二つの欠片は、まるで最初からそうであったかのように
ぴたりと噛み合った。
「この二つはここで繋がるが……これだけでは何なのか分からない」
エリシアは欠片を見つめながら、
自分の中で組み上がっていく仮説を言葉にしていく。
「これにはまだ他にもあって、
全ての欠片を繋げると“何か意味のあるもの”になるんじゃないかと、
そう思ったんだ」
ソラトは欠片よりも、
ガラスケースの中の古びた名簿に視線を向けていた。
その様子を見て、エリシアは小さく笑う。
「ソラトは、私の考えが分かったようだね」
ソラトはゆっくりと頷いた。
「欠片は……八英雄全員が持っていて、
持ち帰った場所がここに書いてあるということ……」
エリシアは嬉しそうに目を輝かせた。
「そうさ!
どうだいソラト、なんかわくわくしてこないか!」
ソラトは顔を上げ、
子どものように目を輝かせた。
「わくわくします、エリシアさん!」
二人の声が展示室に軽く響く。
好奇心の強さでは、この二人はきっと気が合う。
その横でミリィはというと――
展示物にも歴史にも興味がなさそうに、
ひとり大きなあくびをしていた。




