二つの欠片が重なる時
勇者邸の応接室は、外の喧騒とは別世界のように静かだった。
柔らかな陽光がレースのカーテン越しに差し込み、
磨かれた木のテーブルには紅茶の香りがふわりと漂っている。
侍女が紅茶とクッキーを丁寧に並べ、
一礼して部屋を出ようとしたその時、
装備を外した女性兵士と、先ほどの幼い少女が入ってきた。
女性兵士は侍女に軽く頭を下げる。
「ありがとう」
侍女が静かに扉を閉めると、
二人はソラトの向かいに腰を下ろした。
少女は座るなり紅茶に砂糖をどっさり入れ、
スプーンでぐるぐるかき混ぜ始める。
その無邪気さが、この場の緊張を少しだけ和らげた。
女性兵士は背筋を伸ばし、丁寧に自己紹介する。
「私の名はエリシア。この子はミリィと申します」
ソラトは慌てて姿勢を正し、
「ぼ、ぼくはソラト。ソラト・リヴェルです」
と名乗った。
その瞬間、エリシアの表情が変わった。
驚き、確認、そして確信が混ざったような目。
「リヴェル……君はもしかして、リベッタ村から……?」
「はい、そうです。リベッタ村から、グランツに住んでる勇者に会いに来ました」
ソラトは胸をなでおろすように息をつく。
「まさかこんなところだと思ってなかったので……どうしようかと焦ってたところなんです。
エリシアさんに声をかけられて、本当に助かりました。
でも……なんでぼくに声をかけてくれたんですか」
エリシアは一瞬だけ視線を落とし、
言葉を慎重に選ぶようにしてから静かに口を開いた。
「それはともかく……君はリベッタ村の“賢者の子孫”なんじゃ……?」
ソラトは目を瞬かせた。
「ええ、そうですけど……よく分かりますね」
エリシアはソラトをまっすぐ見つめる。
その視線には、ただの興味ではなく“確認”の色があった。
「それで……何故、勇者に会いに?」
その横でミリィは、紅茶とクッキーを幸せそうに食べている。
まるでこの場の緊張など存在しないかのように。
ソラトは、これまでの経緯を丁寧に話した。
地下室で見つけた古い木箱。
その中にあった欠片。
同封されていた傷んだ皮紙から読み取れた「グランツ」と「勇者」の文字。
そして欠片を見たロックの異様な反応。
エリシアは一言も遮らず、真剣に耳を傾けていた。
ミリィは紅茶にクッキーを浸しながら、時々「ん〜」と満足そうに頷いている。
ソラトが話し終えると、エリシアは静かに息をついた。
「なるほど……その欠片が何なのか調べるために勇者へ会いに来た、というわけですか。
して、その欠片は今持ってらっしゃる?」
ソラトは胸元に手を当てた。
「はい、ここに」
ペンダントをつまむ指が、ほんの少し震える。
――見せても大丈夫だろうか。
ロックのように豹変されたらどうしよう。
そんな不安が一瞬よぎる。
だが、勇者なら。
勇者の仲間なら。
きっと大丈夫だ。
そう信じて、ソラトは首からペンダントを外し、
ハート型のカバーを開いて欠片を見せた。
エリシアは身を乗り出し、欠片を凝視する。
「なるほど……これは――」
言いかけた、その瞬間。
隣で紅茶を飲んでいたミリィが、
ぱちん、と目を見開いた。
「あっ、ミリィと同じやつ」
そう言って、胸元のロケットペンダントをつまむ。
勇者の紋章が刻まれた銀のロケット。
ミリィはそれをぱかっと開いた。
中には――
ソラトが地下室で見つけた欠片と、
同じ色、同じ形の欠片が収められていた。
エリシアはミリィのロケットを見て、すぐに眉をひそめた。
「ミリィ、ダメじゃないか。相手がリヴェル殿だからよかったが……
絶対に中を人に見せるなと言われているだろう」
叱られたミリィはしゅんと肩を落とし、
「ごめんなさい……」
と小さくつぶやいた。
エリシアは深く息をつき、
二つの欠片をそっとテーブルに並べた。
三人は自然と身を乗り出す。
近くで見ると、二つの欠片はよく似ているが――
微妙に形が違う。
ミリィが首をかしげる。
「なんか、ミリィのほうが少し小さい」
エリシアも頷いた。
「確かに……大きさも、形も違うようだ。
リヴェル殿は何かお気づきになりましたか」
ソラトは二つの欠片を見比べ、
ふと胸の奥で何かが“カチッ”と噛み合う感覚がした。
「えーと、そうですね……今気づいたんですけど……」
そう言って、ソラトは二つの欠片をそっとつまみ上げた。
まるでパズルのピースを扱うように、
角度を変え、向きを変え、
“合う場所”を探す。
そして――
「ほら、ここがピッタリはまりました」
エリシアはソラトから二つの欠片を受け取り、
接合部分をじっと見つめた。
偶然ではありえない。
まるで最初から“ひとつ”だったかのように、
欠片同士はぴたりと噛み合っている。
エリシアはしばらく考え込み、
やがて静かに口を開いた。
「リヴェル殿の家系に……何か伝承とか、なかったですか」
ソラトは、エリシアの堅い言い回しに
“この人、真面目すぎるんだな”と少し思う。
「そういえば父さんが一つ言ってましたね。
賢者の血筋にハーフエルフが誕生する時、
世界はひとつの“兆し”を示す……とか」
エリシアはその言葉を聞くと、
ソラトの耳に視線を向けた。
「なるほど……その兆しが今というわけか。
リヴェル殿は見た目が人間寄りだから気づかなかったが……
ハーフエルフなんだな」
ソラトは少し照れたように頷く。
「そうなんです。
あっ、あと……僕のことはソラトでいいですよ。
話し方も普通にしてもらった方が楽ですし」
エリシアは一瞬驚いたように目を瞬かせ、
それからふっと笑った。
「……わかった、ソラト。
実は私も、硬いしゃべり方は得意ではないんだ。
一応、騎士としての礼儀だからな」
その言葉に、ソラトは肩の力が抜けた。
ミリィはというと、クッキーを紅茶に浸しながら無邪気に言う。
「エリシア、いつもかたいよ」
「ミリィ……」
エリシアは苦笑した。
応接室の空気が、ようやく“会話の場”へと変わっていく。
エリシアは欠片をそっとテーブルに置き、
ソラトの言葉を反芻するように目を閉じた。
「じつはソラト……勇者の血筋にも似たような伝承があってな。
“大いなる魔が現れる時代には、勇者が誕生する”と」
ソラトは息を呑む。
エリシアは続けた。
「この勇者の家系には、並外れた剣術を持つ者が生まれる。
それが“大いなる魔”が現れる兆しなんだ。
そして――それがまさに今というわけなんだよ」
ソラトは、さっき見た訓練場の光景を思い出す。
大勢の兵士たちの掛け声、剣の音、緊張感。
あれはただの訓練ではなく、“戦いの準備”だったのか。
「エリシアさんが誕生したことで、
グランツでは大いなる魔と戦う準備をしているわけですね」
「……は?」
エリシアが目を瞬かせる。
ソラトも固まる。
「え?」
エリシアは本気で困惑した顔で言った。
「なんで私の生まれと?」
ソラトは当然のように言う。
「だって、勇者が誕生と……」
エリシアは額に手を当て、深くため息をついた。
「ソラト。勇者は私じゃないぞ」
「えっ」
「勇者はミリィだ。
私はミリィの保護者役だよ。
勇者と言っても、まだ子どもだからな」
ソラトは固まったまま、ゆっくりとミリィの方を見る。
ミリィは――
紅茶に浸したクッキーを頬張りながら、
口の周りをクッキーの食べかすでいっぱいにして、
にやりと笑った。
「勇者だよ」
その笑顔は、
“世界を救う者”とは思えないほど子どもっぽくて、
けれどどこか底知れない光を宿していた。
ソラトの頭の中で、
理解と混乱がぐるぐると渦を巻く。
ソラトは気になっていた疑問を口にした。
「じゃあ、この五百年の間も勇者は何度も生まれてきてるのですか」
エリシアは紅茶を一口飲み、落ち着いた声で答える。
「だいたい五十年から百年の間に勇者は誕生しているんじゃないかな。
詳しいことは博物館に行くと分かるぞ」
“博物館”という言葉で、ソラトは今朝のことを思い出した。
門の前で、ミリィが自分を指して言ったあの一言。
――規格外。
ソラトは気になって仕方がなく、思い切って聞いた。
「そういえば……博物館の前で、僕のことを“規格外”って言ってましたよね。
あれって何だったんですか」
エリシアは「ああ」と軽く頷き、表情を引き締めた。
「そうだな。話はそこからしないといけない。
あれはミリィが、ソラトの“能力”を言っていたんだよ」
ソラトは思わず聞き返す。
「能力……」
エリシアは紅茶のカップをそっと置き、
ソラトの目をまっすぐ見て語り始めた。
「勇者の能力は、剣術だけじゃないんだよ。
他人の“能力”を知ることができるんだ」
ソラトは思わず身を乗り出す。
エリシアは続けた。
「知ると言っても、具体的に数値が見えるとかじゃない。
“感じ取る”ような感覚らしい。
その能力で、ミリィはソラトの能力を“規格外”と言ったんだ」
ミリィはクッキーをかじりながら、
「うん」
と満足げに頷いている。
口の周りは相変わらずクッキーの食べかすだらけだ。
ソラトは自分の胸を指さしながら、
「ぼ、僕の……能力……?」
とつぶやく。
エリシアは淡々と、しかしどこか誇らしげに説明を続ける。
「その勇者の能力が何に役立つか、分かるか。
魔物の討伐パーティーを作るのに役立つんだよ」
ソラトは息を呑む。
勇者が仲間を選ぶための力――
それは、ただの“便利な能力”ではなく、
世界の命運を左右する力だ。
エリシアは欠片を見つめながら言った。
「それで今、私たちは“大いなる魔”の討伐に向けて、
パーティーメンバーを探しているところだった……というわけなんだよ」
その言葉に、ソラトの胸の奥で何かが静かに震えた。
自分がここに来た理由と、
勇者たちが探していた“誰か”が、
ゆっくりと一本の線で繋がっていく。
ミリィはソラトを見上げ、
クッキーの食べかすだらけの口でにこっと笑った。
「ソラトがミリィの初めての仲間だよ」
その無邪気な声は、
どこか決定的な響きを持っていた。
ふいに、エリシアが二つの欠片を手に取り、じっと見つめた。
その目が、わずかに細められる。
――何かに気づいた。
エリシアは欠片の角度を変え、裏側を確かめ、
そして小さくつぶやいた。
「ちょっと博物館に行ってみよう。
気になることがある」




