ガルドに送り出されて勇者邸へ
翌朝。
朝日が石畳を白く照らし、街はすでに活気づいていた。
ガルドの荷馬車は大通りを軽快に走り、
ソラトはその横で、街の朝の匂いと音を胸いっぱいに吸い込んでいた。
パン屋の香ばしい匂い。
露店の準備をする人々の声。
冒険者たちの足音。
村とはまったく違う“朝のざわめき”が、街の鼓動として響いている。
次の角を曲がれば市場があるというところで、
ガルドは手綱を引き、馬車を止めた。
「この道をあと少し行くと勇者邸が見えてくるよ。
広い敷地だから、すぐにわかるよ」
ソラトは馬車から身を乗り出し、
まだ見えない“勇者”の家を想像して胸を高鳴らせる。
ガルドは少し残念そうに肩を落とした。
「本当に市場は来ないのかい。楽しいところだよ」
ソラトは馬車から降りながら、
申し訳なさと期待の入り混じった表情で答えた。
「うん、市場も行きたいんだけど……
勇者のことも気になるから、先にそっちに行くよ」
ガルドは苦笑しつつ、どこか誇らしげにうなずく。
「そうかい。じゃあ市場めぐりはまた今度案内しよう」
ソラトは嬉しそうに笑った。
「ありがとうガルドさん。じゃあ行ってきます」
朝の光の中、ソラトは勇者邸へ向かって歩き出す。
その背中を、ガルドはしばらく見送っていた。
しばらく歩くと、視界の先に高い鉄柵が現れた。
その向こうには、村では見たこともないほど広大な敷地が広がっている。
ソラトは一目で悟った。
――ここが勇者邸だ。
鉄柵に沿って歩くと、広い庭で大勢の兵士たちが朝の訓練をしているのが見えた。
掛け声、剣の打ち合う音、走り込む足音。
その向こうには堂々たる大きな屋敷がそびえ、
手前には別の建物――観光客向けの勇者博物館らしい施設が建っている。
門の前には警備兵が二人。
その間を観光客たちが次々と通り抜けていく。
ソラトも流れに合わせて門をくぐった。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
昨日の夜、ふと思い出した“最初の目的”が、
今ようやく目の前に形を持って現れたのだ。
入場は無料だった。
だが、博物館の入口には「入館料 500ナラム」と書かれた札が掲げられている。
その瞬間、ソラトは気づいた。
――あ、僕……お金持ってない。
そもそも500ナラムがどれほどの価値なのかも分からない。
それに、博物館に入れば勇者に会えるのかどうかも分からない。
ソラトは、リベッタ村でロックに会いに行くような感覚で、
“勇者の家に行けば普通に会える”と思っていた。
だが、目の前の光景は、そんな甘い期待を軽く裏切る。
観光客たちは楽しそうな笑顔で、博物館へ吸い込まれていき、
兵士たちは淡々と警備を続けている。
勇者邸は確かにここにあるのに、
そこに住む“勇者”という存在は、ソラトの想像よりずっと遠い。
博物館の前で立ち尽くし、
庭で訓練する兵士たちをぼんやり眺めながら、ソラトはどうするべきか考え込んでいた。
――とりあえず出直して、市場に戻ってガルドさんのところに行こうか。
そう思い始めた、その時だった。
訓練している兵士たちの列の中から、
二つの人影がソラトの方へ向かって歩いてくる。
一人は鎧を身にまとい、腰に剣を下げた女性兵士。
もう一人は――小さな女の子。
年の頃は五、六歳。
だが、彼女もまた小さな鎧を着て、小さな剣を腰に下げている。
ソラトは思った。
――子ども用の装備なんてあるんだ。
だが、二人の歩みは迷いがなく、
まるでソラトを“見つけた”かのように一直線に向かってくる。
ソラトの胸がざわつく。
――え、僕……何かまずいことした?
逃げるわけにもいかず、ただその場で固まる。
やがて二人はソラトの目の前に立った。
小さな女の子が、じっとソラトを見上げる。
まるでソラトの内側まで見透かすような、澄んだ瞳で。
そして――
小さな指が、ソラトをまっすぐ指し示し、
あどけない声でこう言った。
「このひと規格外」
その一言が、朝の空気をぴたりと止めた。




