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賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


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ガルドの家に迎えられて

ガルドの自宅は、彼が経営する冒険者向け道具屋の裏にあった。

場所は西門から広場を抜けてすぐ。

夕暮れの街の喧騒が少しだけ遠のき、店の裏手には落ち着いた空気が漂っている。


馬車は店の裏へ回り、納屋の前で止まった。

ちょうど閉店準備をしていたのか、裏口の扉が開き、

ガルドの妻と、従業員の若者が顔を出した。


「アンタ、おかえり。ご苦労だったね」

妻が手を拭きながら声をかける。


「おかえりなさい」

従業員も軽く頭を下げた。


妻の視線が、ガルドの隣に座るソラトへ向く。


「おや、その子は……?」


ガルドは馬車から降りる準備をしながら答えた。


「リヴェルさんとこのソラトくん。しばらくこっちに滞在するだよ」


妻はそれだけで状況を察したようだった。


「あらそう。じゃあすぐに部屋を用意するわね」


そう言うと、ソラトの方へ向き直る。


「ソラトくん、よろしくね。私はカトラよ。カトラって呼んでちょうだい」


てきぱきとした口調に、ソラトは少し緊張したように背筋を伸ばす。


「は、はじめましてカトラさん。ソラト・リヴェルです」


カトラは目を細め、ふっと笑った。


「あらあら、可愛いわね。じゃあ部屋の準備するからね」


そう言って、カトラは自宅の方へ軽やかに歩いていった。


ソラトはその背中を見送りながら、

カトラのテンポの速さに少し圧倒されていた。

リベッタ村とは違う“街の人の動き”が、こんなところにも表れている気がした。



ガルドは馬車から軽やかに降りると、すぐに従業員へ声をかけた。


「オットー君、とりあえず布巻の箱は縫い場に。野菜は明日市場に卸すから、そのまま積んでおいてくれ」


「はい、わかりました」


オットーは返事をすると、すぐに荷台へ向かい作業を始めた。

その手際の良さに、ソラトはまたひとつ“街の人の動きは速い”と実感する。


ガルドはソラトの方へ向き直った。


「ソラトくん、私は店の方に行くけど、一緒に来るかね」


ソラトの目がぱっと輝く。

店の中を見たくて仕方がなかったのだ。


「いきますっ」


二人は裏口から店内へ入った。



店内では、女性従業員が二人、棚の整理や帳簿の確認をしていた。

夕暮れの光が窓から差し込み、道具や薬草の瓶が柔らかく照らされている。


ガルドの姿に気づいた二人は、同時に顔を上げた。


「あっ、おかえりなさいませ」


そして、ガルドの隣に立つソラトへ視線が移る。


ソラトは目が合った瞬間、びくっと肩を跳ねさせ、慌てて頭を下げた。


「ソッ、ソラトです、初めましてっ」


その必死さに、従業員の一人がくすっと笑う。


「可愛らしい」


もう一人も微笑んでうなずいた。

どうやらソラトは女性受けがいいらしい。


ソラトは顔を赤くし、視線を泳がせる。


ガルドは持っていた袋を従業員に手渡した。


「これはリヴェルさんのアクセサリー」


従業員の一人が袋を受け取り、ぱっと表情を明るくする。


「あっ、助かります。この前の入荷分はもうなくなってて、客によく聞かれるんですよ。次の入荷はいつかって」


もう一人も頷きながら言う。


「最近、冒険者の間でこのアクセサリーの噂が広まってるらしいんですよ。値段倍にしても売れますよ」


ガルドは横目でソラトを見る。

しかしソラトは店内の棚や道具に夢中で、会話など耳に入っていない。

薬草の瓶、ロープ、魔導具の部品、冒険者向けの装備——

見たことのないものばかりで、目が泳いでいる。


ガルドは従業員にそっと身を寄せ、小声で言った。


「次の入荷まで売り切れない程度の価格設定で」


従業員も何かを察したように同じく小声で返す。


「了解です」


二人の間に交わされたのは、商人同士の“暗黙の呼吸”。


その一方で、ソラトは棚の奥に並ぶ奇妙な形の道具を見つけ、

「これ何に使うんだろう……」と小声でつぶやきながら、

まるで宝物庫に迷い込んだ子どものように目を輝かせていた。


ガルドは店内を見回すソラトのもとへ歩み寄る。


ソラトは手のひらに収まる筒状の道具を、

まるで謎解きの鍵でも探すように、いろんな角度から眺めていた。


「それは光棒の魔導具だよ」


ガルドが声をかけると、ソラトはぱっと顔を上げた。


「これが……魔導具……」


その声には、おそれと興味が入り混じった震えがあった。


「貸してごらん」


ガルドは光棒を受け取り、片手で握る。

軽く息を整え、頭の中で短く念じた。


――灯せ。


次の瞬間、筒の先端から柔らかな光がふわりと広がった。

棚や瓶が淡く照らされ、影が揺れる。


ソラトは息を呑んだ。

目を丸くし、光に吸い寄せられるように一歩近づく。


「……すごい……!」


光に見入ったまま、ソラトはそっと口を開く。


「魔導具って……父さんから少しだけ聞いたことがあります。

魔力がなくても魔法が使える道具、って」


ガルドは驚いたように眉を上げた。


「おや、リヴェルさんが? そうか、なら話が早いね」


そして続ける。


「その通り、魔導具は魔力を持たない人間でも魔法が使える道具なんだよ。

これは灯光の魔法だけど、他にも攻撃魔法や防御魔法、回復系のものもある」


ソラトは小さく息を呑んだ。

父から聞いた話よりも、ずっと具体的で、ずっと広い。


ガルドは光棒を軽く振り、壁に光を当てる。

影が揺れ、瓶がきらりと反射する。


「でもね、今グランツで人気なのは生活に役立つ魔導具なんだ」


「例えば灯光の魔導具なら、夜にロウソクの代わりに使える。

しかもロウソクより明るい。

他にも、調理用の魔導具、

部屋をきれいにする魔導具、服を洗う魔導具なんてのもある」


ソラトは思わず前のめりになる。


「……そんなにいろいろ……」


「明かりの魔導具ならそこまで高くないが、

他の魔導具は価格も高いし、予約待ちでなかなか手に入らない」


ガルドは光棒から小さな透明の石を取り出した。

淡い光を内側に閉じ込めたような、不思議な輝き。


「そして魔導具を使うには、この魔石が必要なんだよ」


ソラトはその石を見つめ、

父が話していた“魔石”という言葉を思い出す。


「これが……魔石……」


ガルドは満足そうにうなずいた。


「この魔石の魔力で人間でも魔法が使えるんだ」


父から聞いた“知識”が、

今、目の前の“現実”として繋がっていく。

その瞬間、ソラトの胸の奥で、世界がまたひとつ広がった。





店内の空気が、ゆっくりと“仕事の終わり”の色に変わっていく。

女性従業員の二人は帳簿を閉じ、外衣服を羽織りながらガルドに声をかけた。


「それではガルドさん、今日はこれで」


「ああ、ご苦労さん。明日もよろしく頼むよ」


ガルドが軽く手を上げると、ふと思い出したように声を弾ませた。


「荷馬車に野菜を積んであるから、欲しいのがあったら今晩のおかずに持って帰りなさい」


二人はぱっと笑顔になり、声をそろえる。


「わあ、いつもありがとうございます」


どうやらこういう“おすそ分け”は日常らしい。

二人は「今日は何にしようか」「あのカブ美味しかったよね」と話しながら、

裏口から楽しげに帰っていった。


店内に残ったのは、ガルドとソラトだけ。

明かりの魔導具の柔らかな光が、棚の影を長く伸ばしている。


ガルドはソラトへ向き直り、

一日の終わりにふさわしい穏やかな声で言った。


「ソラトくん、じゃあそろそろ我々も家に行こう。

また明日、ゆっくり見るといいよ」


ソラトは大きくうなずいた。

初めて見るものばかりで胸がいっぱいだったが、

それでも“もっと見たい”という気持ちが溢れていた。


二人は裏口へ向かい、

夕暮れの残り香が漂う外へと歩き出した。



裏口を出て家へ向かう道を歩いていると、

ソラトの頭の中に、ふいにひとつのことが浮かんだ。


――あ、そうだ。勇者の家にも行かなきゃ。


思い出した瞬間、ソラトは自分で苦笑した。

「いろいろあり過ぎて、

こんなこと忘れるなんて、僕って……」と。


でも、思い出したら少しだけ胸が弾んだ。

明日はまた、違う“初めて”が待っている。

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